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第12章 マムーチョ辺境侯爵領

第4話 ローゼン帝国

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ローゼン帝国はこのユーラリアン大陸一の国家である。

現皇帝のヴァルケンは齢《よわい》百二十八歳だが、見た目は五十代半ばぐらいの容姿だった。目元も鋭く、筋骨隆々で皇帝というより将軍といったような雰囲気を漂わせていた。

彼は剣術にも長けていたが、政治的にも有能で大変な野心家でもあった。

伝説のように語られる勇者物語は、ローゼン帝国が勇者召還をして、その勇者と共に戦いをして魔族から人々を守ったとされていた。ローゼン帝国の皇家には表に出していない文献や遺物もあり、多少の脚色はあるが勇者物語は真実の話である。

だからこそヴァルケン皇帝は、ローゼン帝国がユーラリアン大陸の人々を守ったのだから、ローゼン帝国にすべての国々が従うべきだと考えたのだ。

彼が皇帝になるとすぐに、皇帝の権威を取り戻すために国内の貴族の引き締めをした。最初は多くの反発を招いたが、武力を使って従わない貴族を次々と粛清した。最初は抵抗する貴族もいたが、多くの貴族が皇帝への忠誠を誓ったことで、次第に国内での反発は無くなったのである。

国内が安定すると服従しない近隣の小国を次々に攻め落とした。それにより兵士は精強になり、戦争で得られる捕虜や爵位、そして領地を求めて、貴族達は皇帝への忠誠を更に誓ったのである。

数十年前に帝国ほどではないが、小国とは呼べないほどの大きさのヴィンチザード王国へ戦争を仕かけた。

ヴィンチザード王国は平和な国だった。それほど武力も強くなく、簡単に勝てると考えていた。そしてヴィンチザード王国を落とせば、他の国家も脅威に感じて属国か従属すると、皇帝は考えていた。

しかし、ヴィンチザード王国に戦争で負けてしまったのである。
一人の魔術師により、大魔法で大量の兵士が殺された。確実に勝利するために優秀な貴族や将軍を派遣したのに、次々と暗殺されたのである。

大敗といえるほどの敗戦で国力は落ち、ヴァルケン皇帝の野望は頓挫したのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


ヴァルケン皇帝はヴィンチザード王国への復讐を誓い、何十年もかけて敗戦の損失を回復して、十分な兵士の数と優秀な指揮官を育てた。魔道具の開発にも力を入れたのである。

皇帝は帝国の国力が回復して、戦力も本当に回復しているのか確認をする決断をした。

一度は帝国に従属した小国で、敗戦を知って裏切って独立していた国家に戦争を仕かけた。ローゼン帝国はその小国の王族と貴族は皆殺しにして、国民は全員奴隷にしたのが3年前だった。

圧倒的な勝利で帝国の国力が完全に回復して、武力も以前よりも強固になったのを確認したのだった。

(フハハハ、これでヴィンチザード王国に復讐ができるぞ!)

皇帝はこのように考えながらも、前回の敗戦を教訓にして、油断なくヴィンチザード王国の情報を徹底して集めたのである。

最初の報告でヴィンチザード王国の元王族であるデンセット公爵が、王位を狙っている可能性が高いと報告があった。

デンセット公爵は反乱《クーデター》を起こす雰囲気はないが、現国王を追い詰める為にヴィンチザード王国内を疲弊させていた。しかし、国内から塩の供給が始まり、デンセット公爵が不利になってヴィンチザード王国に復興の兆しが見えていた。

皇帝は即座に決断する。雪解けを待ってヴィンチザード王国へ宣戦布告して同時に侵攻を開始すると。

戦争が遅くなるほど不利になると考えたのだ。その為の準備を着々と進めた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


順調に戦争の準備が進んでいたが、年を越した頃から予想外の報告が皇帝に次々と入った。

最初は大賢者がヴィンチザード王国にいるとの報告であった。皇帝はその情報は大して重要視しなかった。勇者物語に出てくるような大賢者とは別物だと思い込んだのだ。

それに同時にもたらされた情報が神の啓示のように感じたからだ。

『バルドーがヴィンチザード王国の王宮を辞めた』

以前の戦争で優秀な将軍や参謀を暗殺したバルドーが、ヴィンチザード王国の王宮からいなくなったのだ。報告は遅かったのだが、念のために何度も確認してそれが確実であること、大貴族に疎まれ生まれ故郷に戻ったドロテアの元に行ったことも確認されたのである。

手放しで安心できる状況ではないが、ローゼン帝国としては歓迎する事態なのは間違いなかった。

数日後に本格的に兵をヴィンチザード王国方面に移動させるように命令を下した。しかし、その数日後にまた信じられないような報告が入り始めた。

大賢者の知識と能力は驚愕するような内容ばかりだった。そして大賢者が王都にいて、一緒にドロテアとバルドーも行動していると知らせが届いた。

そして大賢者には伝説のハル様が一緒に行動しているとあったのである。
皇帝は伝説のハル様のことが一番信じられなかった。もし本物のハル様だとすれば、ヴィンチザード王国ではなく、過去に勇者召還をしたローゼン帝国に来るはずだと思ったのだ。

ただ大賢者の知識が帝国をはるかに凌駕することは確認された。皇帝はハル様が大賢者テックスという人物に知識を授けたのではないかと考えた。

すぐにハル様と大賢者テックスをローゼン帝国にお迎えするために人を派遣した。しかし、人を派遣した翌日には、ヴィンチザード王国は危険なデンセット公爵を排除して、腐敗する貴族を排除したと知らせが入った。

ヴァルケン皇帝は戦争の開始を見合わせたのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


あまりにも荒唐無稽と思われる報告が多かったが、そんな嘘の報告をしてくるとは皇帝も思えなかった。

方針を情報収集と工作活動に切り替えたが、大賢者テックスの情報はそれほど集まらず。大賢者テックスやハル様と極秘で派遣した使者も会えていなかった。

そして今度はホレック公国で色々なことが起き始めた。伝説の英雄エクス様の一族や伝説のドラ美様の存在。気付けばホレック公国は滅亡していた。

海のあるローゼン帝国としては、ホレック公国はそれほど魅力のある国ではなかった。
勝手にヴィンチザード王国から財貨を吸い上げてくれ。雌伏のローゼン帝国にとっても都合が良く、ヴィンチザード王国を滅亡してから滅ぼせば良いと考えていたのである。

ホレック公国が滅亡してフォースタス公国が建国された。フォースタス公国を建国したフォースタス公王はすぐに帝国に亡命してきた。公王から話を聞いたが、そこでも信じられない話ばかりであった。

それでも滅亡のどさくさに紛れて、ローゼン帝国が唯一魅力に感じていたダンジョン島は帝国の支配下にすることができた。

そして皇帝は英雄エクスの一族とドラ美様を帝国にお迎えしようと考えたのである。

しかし、帝国から何度もエクス自治連合に使者を送っても、会うこともできなかった。そんな状態が一年以上続いたのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


ヴィンチザード王国とエクス自治連合の発展と国力増加に、ヴァルケン皇帝は焦れて決断をした。

ドラ美様の目撃情報が半年以上前からなくなった。様子を窺う為にダンジョン島にいるホレック公国やフォースタス公国の残党に支援して戦争に踏み切ったのである。

皇帝としては戦争に勝てなくても構わなかった。ドラ美様の存在の確認とエクス自治連合の持つマッスルという戦力の確認もしたかったのだ。マッスルの話は支配下になった者達から話を聞いていたが、信じられない話も多かったからだ。

そして負ければ賠償としてダンジョン島を差し出し、そのついでにドラ美様やマッスル、英雄エクス様の娘と自称するエアルに会えると考えたのだ。

しかし、戦争は予想外の結末に終わった。ドラ美様も姿は見せず、マッスルも参加しなかった。そしてエクス自治連合は戦争に勝っても、賠償の受け取りも拒否したのである。

そして、エクス自治連合は帝国ではなく、ヴィンチザード王国の支配下に入ってしまった。

全てが裏目となり、皇居で皇帝は高価な家具や装飾を壊して暴れまわった。

追い詰められた皇帝は、自らマムーチョ辺境侯爵のお披露目の式典に顔を出す決断をしたのであった。
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