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繫華街 3
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まるの反対側近くに位置するバーのカウンターを、ママさんや私、5人が占領するように座ってしまう。
ママさんの店もまるも0時までだが、ここは朝まで営業しているバーだ。カウンター越しにアルコール提供するだけで‘接待’の有無で言えば無し。だから朝まで営業が出来るのだ。こういう規制は年々厳しくなっていると繁華街の人には聞いている。決まった数人しか知り合いはいないけれど、一人で飲んでいても耳にするから。
「さっき、須藤さんの車でしたよね?」
「そうね。運転が本間さんで、助手席に野沢さんがおられたから若さんでしょうね」
「しばらく見てないんですけど…最後にうちに来られたのはいつでしたっけ?」
「3ヶ月近くなるかしらね。若さんがお越しにならないのは、うちに問題がないということだと思っていいわよ。ねぇ、マスター?」
「はい」
私を挟んで女性スタッフとママさんが話をするけれど、私はその内容よりも皆さんの名前が出てくるのを、まだ待っているのに出て来ない。イチゴのマティーニに添えてあるイチゴを口に入れると
「玖未ちゃん、まるには若さんは来られない?」
と女性の一人に聞かれた。
「…若さんがどなたかわからないから来られてないんだと思います」
「そっかぁ。すっごいワイルドイケメンだよ~」
「あれは、ワイルドフェロモン男っていうのよ」
「それは否定出来ないけれど、私は野沢さんのレンズ越しの視線に犯されたい」
「私は本間さんの…ウフフフッ…クールな表情からのキラースマイル…何ならウインクつき…想像だけで悶絶…イケそうよ」
3人のお好みはそれぞれのようだが、私には関係のない人たちの話だ。
全部を区別して知っているわけではないけれど、この繁華街の店は須藤組というところがオーナーの店と、須藤組から借りる形でオーナーがいる店に二分される。どちらにしても須藤組の繁華街ということだ。
でも、まるはどちらでもない。ゲンさん所有の土地で営業している。だから須藤組のワイルドイケメン、メガネイケメン、キラースマイルイケメンっていう人たちにお目にかかることはない。
もしかしたら、私もこれだけ繁華街の住人になっているので見かけたことがあるのかもしれないけれど、まだ隣で皆さんが盛り上がっているようなフェロモンお化けも、視線で孕ませそうな人も、スマイルとウインクでイカせてくれる人も見覚えはない。
「野沢さんとママが同い年くらいですかぁ?」
「そうね、45前後でしょ」
「捨てがたいけど…私は30の若さんか本間さんで」
「二兎を追う者は一兎をも得ずだよ、リア」
「一兎でも無理な相手だもんねぇ」
まだまだ盛り上がっている話だが、私は私の隣の人がリアさんだと名前が分かって少しホッとした。
「おかわり、いかがされますか?」
「シルバー·ウィングをお願いします」
「わ~ぉ」
「キツイのいくね~玖未ちゃ~ん」
皆さん、いい感じに酔っぱらい始めているので
「みんな最後の一杯よ。これで解散」
ママさんが手をポンポンと叩く。私はそっと時間を確かめて…2時過ぎか…帰るには早いな…と考えながら、ウォッカベースのカクテルをチビチビと飲んだ。
ママさんたちと解散後、私はすぐ近くの同じようなバーへと向かう。
さっむ…まだ2月だもんね。何も記録をとったわけではないけれど、一日の最低気温と最高気温は2時頃と14時頃でないかと思いながらコートのポケットに手を入れる。あぁ…でも日の出直前がきゅっと一番冷えてるかな…だけどもう明るくなるというのが目に見えて、夜の終わりを告げてくれる時間帯なので嫌な寒さではない。
最初は壁かと勘違いしたバーの入口を静かに開ける。バーの入り口って、地下にあったり、ここのように様々な趣向が凝らしてあることが多いと思う。やっと入口を見つけて扉を開こうとしたら、押しても引いても開かないスライドさせるドアだったなんてこともあった。
極小さく
「いらっしゃいませ」
とカウンター内から呟くように言ったオーナーに会釈だけして、コートを脱いでハンガーにかける。黒いコートを脱いでも、黒いタートルネックと黒いセミワイドフレアパンツに黒いブーツ。コーディネートを考えることなく、お洒落ではなくとも、とりあえずどの店にも入れるというように仕上がるオールブラックは便利だと思っている。
「もう飲んで来られた?」
2人のお客さんが2つ席を空けているのと同じように、私も2つ空けて座るとオーナーがおしぼりを手渡しながら静かにそう聞いてくる。
「はい、ウィスキーをお湯割りで下さい」
冷えました…その一言までは声にならない。今日はここで日の出直前まで過ごせばいい。
ママさんの店もまるも0時までだが、ここは朝まで営業しているバーだ。カウンター越しにアルコール提供するだけで‘接待’の有無で言えば無し。だから朝まで営業が出来るのだ。こういう規制は年々厳しくなっていると繁華街の人には聞いている。決まった数人しか知り合いはいないけれど、一人で飲んでいても耳にするから。
「さっき、須藤さんの車でしたよね?」
「そうね。運転が本間さんで、助手席に野沢さんがおられたから若さんでしょうね」
「しばらく見てないんですけど…最後にうちに来られたのはいつでしたっけ?」
「3ヶ月近くなるかしらね。若さんがお越しにならないのは、うちに問題がないということだと思っていいわよ。ねぇ、マスター?」
「はい」
私を挟んで女性スタッフとママさんが話をするけれど、私はその内容よりも皆さんの名前が出てくるのを、まだ待っているのに出て来ない。イチゴのマティーニに添えてあるイチゴを口に入れると
「玖未ちゃん、まるには若さんは来られない?」
と女性の一人に聞かれた。
「…若さんがどなたかわからないから来られてないんだと思います」
「そっかぁ。すっごいワイルドイケメンだよ~」
「あれは、ワイルドフェロモン男っていうのよ」
「それは否定出来ないけれど、私は野沢さんのレンズ越しの視線に犯されたい」
「私は本間さんの…ウフフフッ…クールな表情からのキラースマイル…何ならウインクつき…想像だけで悶絶…イケそうよ」
3人のお好みはそれぞれのようだが、私には関係のない人たちの話だ。
全部を区別して知っているわけではないけれど、この繁華街の店は須藤組というところがオーナーの店と、須藤組から借りる形でオーナーがいる店に二分される。どちらにしても須藤組の繁華街ということだ。
でも、まるはどちらでもない。ゲンさん所有の土地で営業している。だから須藤組のワイルドイケメン、メガネイケメン、キラースマイルイケメンっていう人たちにお目にかかることはない。
もしかしたら、私もこれだけ繁華街の住人になっているので見かけたことがあるのかもしれないけれど、まだ隣で皆さんが盛り上がっているようなフェロモンお化けも、視線で孕ませそうな人も、スマイルとウインクでイカせてくれる人も見覚えはない。
「野沢さんとママが同い年くらいですかぁ?」
「そうね、45前後でしょ」
「捨てがたいけど…私は30の若さんか本間さんで」
「二兎を追う者は一兎をも得ずだよ、リア」
「一兎でも無理な相手だもんねぇ」
まだまだ盛り上がっている話だが、私は私の隣の人がリアさんだと名前が分かって少しホッとした。
「おかわり、いかがされますか?」
「シルバー·ウィングをお願いします」
「わ~ぉ」
「キツイのいくね~玖未ちゃ~ん」
皆さん、いい感じに酔っぱらい始めているので
「みんな最後の一杯よ。これで解散」
ママさんが手をポンポンと叩く。私はそっと時間を確かめて…2時過ぎか…帰るには早いな…と考えながら、ウォッカベースのカクテルをチビチビと飲んだ。
ママさんたちと解散後、私はすぐ近くの同じようなバーへと向かう。
さっむ…まだ2月だもんね。何も記録をとったわけではないけれど、一日の最低気温と最高気温は2時頃と14時頃でないかと思いながらコートのポケットに手を入れる。あぁ…でも日の出直前がきゅっと一番冷えてるかな…だけどもう明るくなるというのが目に見えて、夜の終わりを告げてくれる時間帯なので嫌な寒さではない。
最初は壁かと勘違いしたバーの入口を静かに開ける。バーの入り口って、地下にあったり、ここのように様々な趣向が凝らしてあることが多いと思う。やっと入口を見つけて扉を開こうとしたら、押しても引いても開かないスライドさせるドアだったなんてこともあった。
極小さく
「いらっしゃいませ」
とカウンター内から呟くように言ったオーナーに会釈だけして、コートを脱いでハンガーにかける。黒いコートを脱いでも、黒いタートルネックと黒いセミワイドフレアパンツに黒いブーツ。コーディネートを考えることなく、お洒落ではなくとも、とりあえずどの店にも入れるというように仕上がるオールブラックは便利だと思っている。
「もう飲んで来られた?」
2人のお客さんが2つ席を空けているのと同じように、私も2つ空けて座るとオーナーがおしぼりを手渡しながら静かにそう聞いてくる。
「はい、ウィスキーをお湯割りで下さい」
冷えました…その一言までは声にならない。今日はここで日の出直前まで過ごせばいい。
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