彼の愛は不透明◆◆若頭からの愛は深く、底が見えない…沼愛◆◆ 【完結】

まぁ

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策を弄する 1

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車が屋敷に着いた時、ちょうど里が歩いて帰るのとすれ違いそうになり、右京が車を止めてウインドウを下ろした。

「里、急ぐ?」
「いや…明日、3限目だけだからそうでもないけど?」
「ちょっと聞きたいことがあるからさ、中に戻って」

それだけでくるっと踵を返す里は俺と右京の弟のようでもある。

屋敷の玄関は広く、ひとつだが、そこから廊下を右へ進むと組員たちの生活スペース、左へ進むと親父や俺、そして近い者たちのスペースになっている。どちらへ進んでも曲がり角がある廊下は中庭を囲むような設計だ。

「飲むの?」

だだっ広いLDKのソファーに座った俺たちにキッチンから里が聞く。

「飲むよ」
「みんな1本だけにしときなよ?」

右京の返事にすぐ缶ビールを3本持ってきた里は

「こんな時間に酒盛りして、腹が出てみっともないオッサンにはならないで」

と続けた。

「労ってくれるところ、早速ですが…里」
「何?」
「繁華街で見ることのある、里くらいの年齢の女性…でも学生には見えないですね…」
「学生ではないかな。黒ってイメージの美人。あれ、顔もちっちゃいから余計に黒に埋もれてるんだよ。知ってる?」
「…髪型は?」
「黒髪ロングです。肩甲骨辺りまではあるでしょうか、若?」
「若?若に何かしてきた?」
「全く接触していませんよ」
「なのに、若?」
「前髪を作ってないロングで何とか学生に見えないが、ゾクゾクする美人」
「ああ…そういうこと…」

里が俺の言葉に頷き、右京が呆れたように鼻で笑った。

「あんな美人がフリーなわけないだろう?」
「そこは関係ない。切ればいいだけの話だ」
「俺、その子たぶん知ってる」
「さすが、繁華街で‘自称パトロール’という遊びをしている里ちゃん。あれ、誰?我らが若様がご所望なんだけれど?しかもマジときた。まともに須藤で行って引かれる時のことを考えてシンチョーに、声も掛けずに帰って来たんだ」

右京が喋るから里の知ってることが聞けない。

「里、あの女性の名前、年齢、職業もしくは学校、アルバイト、交遊関係、住所、家族構成…これらで知っていることを教えてください。それ以外のことも知っていることを全て」
「そんなの全然知らないけど、繁華街の入り口にまるって食堂があるだろ?」
「ありますね。唯一と言っていいほど、あの繁華街で独立している店です」
「あそこのお姉さんだと思うよ?店では髪をオールバックポニーテールにきゅっと結んでる人」
「名前」
「さあ?…クミって呼ばれていたと思うけど、それ以上は知らない」
「いつからおられますか?まるには1年ほど行っていませんけど、私たちも行ったことはあるんですよ」
「そうなの?」
「そうそう。何かあれば、あそこのゲンさんとは連絡が取れないと困るんだよ」
「うちの店と隣接していますから」
「なるほど…うーん…その1年ほどの間に来たんじゃない?」

まるか…近くにいるじゃないか…

「たまに繁華街の店に出入りしているみたいだよ?」
「明日、まるで飯」
「ちょうど1年ほど…ゲンさんに挨拶という体で参りましょう」
「それって、まんま‘須藤の若’だよね?いいの?」
「クミが繁華街の住人なら、どうせそこは隠せないところだ。明日行く…まだ攻めはしないから安心しろ、里」



夜20時頃に里をまるへ行かせて店内の混雑度を確かめる。繁華街の裏手の駐車場で俺と右京、野沢が乗る車を挟んで2台の車を止め

「滞納金回収対象者を待っていた頃を思い出す」

と右京が呟くと

「大した回数、やってないでしょう」

と野沢が眼鏡をくいっと上げた。

‘ちょっと空いた。カウンターは空いたから来て’

里からメッセージが来ると

「出る」

俺が一番に車を降りる。

「マジで先に出るのやめろよ、やめて…下さい、若」

慌てて車を降りてスーツのボタンを閉めながら俺の僅かに左前に立つ右京と、隣の車に合図しながら俺の僅かに右後ろへ立つ野沢。そして車から二人ずつ降りて来た4人の組員は少しだけ間隔を開けて歩く。これが繁華街を見回る時の基本的な形だ。もちろん、車を見張っておく組員は残っている。

いつもならここから繁華街へ入ると、奥へ向かうのだが今夜は反対側へ向かって歩くので、見知った顔たちは一瞬不思議そうにするものの

「お疲れさまです」「おはようございます」「こんばんは」

思い思いに声を掛けてきた。それに片手を上げて応えるのは右京の役目だが、無駄に声を出しては応えない。部分的に見た奴らが、俺たちが特別扱いする者や店があるというように受け止めると店同士の力関係のバランスが崩れかねない。だから外で応じることはなく、定期的に店を見回るのだ…この、まる以外の話だが。

「違う子だったら笑うな」

そう言ってからすりガラスの引き戸を引いた右京は

「こんばんは、ゲンさん。ご無沙汰してますが変わりありませんか?失礼します」

とピシッと止まって一礼してから1歩中へ入ると、体を横へ避けて俺を通した。

「失礼します。お久しぶりです、ゲンさん。隣をはじめ、うちがご迷惑を掛けていることはないかと、本日は伺いました」
「ない。ご苦労さん」

チラッと俺を見て手を上げたゲンさんの向こうに、あの女…いた。手を上げた感じでは客と思っていないだろうゲンさんの前へ、カウンター越しに立つと

「じゃあ、仕事は終わったってことで、飯食わせてもらう」

そう言い椅子に手を掛けると

「客か?3人ならテーブル空いてんぞ」

と顎で示される。

「ここでいい。里、来てたのか。食ったか?」
「食った」
「飲むか?」
「いや、帰る」
「伝票置いていけ」
「ありがとう。ゲンさん、クミちゃん、ごちそうさま」

情報収集したのか?ヒラヒラと手を振って出て行く里に

「ありがとうございました」

淡々とした女の声が当たる。やはり温度のないそれにゾクゾクする…と思いながら座ると

「クミちゃんっていうの?前に来た時には見なかったよね?何クミちゃん?」

とさっさと座った右京が聞く。

「何しに来たんだ?女と喋りたきゃ、そういう店に行け。うちは食堂だ」

ベシッ…

「っ…ぃてっ…」
「初対面で失礼な奴だけ出してしまいます。私、野沢貢と申します。先ほどの里之は私の息子です」
「そうなのか?忘れた頃にフラッと来る子だが…組員か?」
「いえ、住まいも別のただの大学生です」

右京の後頭部を叩いて立たせながら挨拶する野沢をゲンさんとクミが見る。

「失礼しました…本間右京です。腹へってるんで大盛りの何かを食わせて下さい」

そう言った右京は俺の隣におさまり、反対隣に野沢が座った。

「須藤悠仁。名前を聞いても?」
「クミ。王に久しいでク。未来の未で玖未。以上。注文は?」

雑な説明をしたのはゲンさんで、玖未は答える気もないのか里の座っていた場所を片付けて洗い物を始めた。

「おまかせする。俺もがっつり食いたい」
「私は魚のメニューで何かお願いします」
「はいよ」

ゲンさんの声に玖未が濡れた手を拭いて俺たちの前に

「いらっしゃいませ」

無表情で小さく言いながらおしぼりと水を置く。きっとおしぼりを出す動作とワンセットの言葉なのだろう。

「ビール」
「…グラスは?」
「3つ」
「…」

そこで返事なしかよ…喧嘩を売ってんのか、という視線で真っ直ぐ俺を見て‘グラスは?’と吐き出し、俺が答えると、やっと瞬きするのかと思うくらいゆっくりと瞼を下ろしながらもう後ろを向いた。セクシーだとか妖艶だとか色っぽいなど形容するのは野暮だ…冷たい極上の視線にゾクゾクする。
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