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第7話 報せ
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そんなある日のことだった。
「アーヴィンさん! お手紙が届いていますよ。差出人は……クリスティアンさんですね」
マーサが手紙を持ってきた。
キャロライナは兄の名前に少しドキリとした。
「ああ、殿下からだ。キャシーさん、読んでくれるか?」
「は、はい」
兄が何を書いたのだろう。余計なことを書いてなければいいのだが。
「『親愛なるアーヴィンへ。いかがお過ごしだろうか、少しは体調がよくなっているといいのだが』」
キャロライナは緊張しながら、手紙を読む。
「『私が送ったキャシーの働きぶりはどうだろう。やる気はあると思うが、役に立たないと思ったら、遠慮なく解雇してほしい』」
「そんなことはない」
アーヴィンがポツリと呟いた。
「あ、ありがとうございます……ええと、『必要なものがあったらなんでも言ってくれ、手配する。それでは、君の友、クリスティアン』……だそうです」
「ありがとう。……返事の代筆を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
アーヴィンの返信は簡素なものだったが、キャシーとマーサがよく働いてくれていることを何度も強調していた。
自分の筆跡は兄にはバレるだろう。そう思うとなんだか気恥ずかしかったが、アーヴィンの言葉を違えるわけにもいかない。
キャロライナはしっかりと手紙の代筆をした。
その日は、雨が降っていた。
いつものように雨戸を閉めて、ランプを置き、アーヴィンの包帯をとる。
「アーヴィンさん、どうで……」
「見える!」
アーヴィンはそう叫ぶと勢いよく立ち上がった。
「きゃっ」
その勢いにキャロライナは転んでしまった。
「キャシーさん!?」
アーヴィンは焦った。
見えるといっても薄ぼんやりと明かりが見える程度で、キャロライナの動向まではわからなかったのだ。
「大丈夫ですか……?」
オロオロと足を一歩進めると、床に倒れていたキャロライナにつまずき、アーヴィンは倒れた。
「あっ……」
キャロライナの上にアーヴィンがのしかかる。
「す、すまない。すぐに退くから……」
キャロライナの体の両脇に手をついて、フラフラとアーヴィンは立ち上がろうとした。
キャロライナはふわりと香るアーヴィンの香りに気付いた。
「……待って」
キャロライナはアーヴィンを抱き締めていた。
「……キャシー?」
アーヴィンは困ったような声を出した。
「ご、ごめんなさい……」
キャロライナは慌てて手を離した。
「…………」
アーヴィンは手探りでキャロライナの両腕を握り締めた。
「さあ、立って」
「は、はい……」
これではまるで逆だ。こういうときにアーヴィンの力になれるようにここに来たはずだったのに。
キャロライナはうつむいてしまった。
そのせいか、アーヴィンの足のせいか、二人はバランスを崩してベッドになだれ込んだ。
「…………」
「…………」
お互いの鼓動が聞こえた。お互いの息づかいが聞こえた。
柔らかなキャロライナの体が、未だにしなやかなさの残るアーヴィンの体の上に、重なり合っていた。
「キャシー……」
切なげにそう呼ばれ、キャロライナは体を硬直させる。
アーヴィンの手がキャロライナの頬を撫でる。場所を、形を、確かめるように触れられて、キャロライナは目を閉じた。
アーヴィンの手はキャロライナの唇を探り当てた。
アーヴィンの唇がキャロライナの唇に重なる。
「……キャシー、俺は……」
「あ、アーヴィンさん……あの、アーヴィンさんには、こ、恋人の方とか……」
「いない。いたとしても、ここに来てくれない時点で破局だろうさ」
「そ、そうですか……思っている人も、いない?」
「いない……ああ、いや、昔に……ひとり……あれは一目惚れだった」
「…………」
「美しい人だった。だけど、手の届かない人だった。だから……諦めて、遠く離れて、それでも忘れられずに……でも、今頃、もうお嫁にでも行っているかもしれない」
「…………そうですか」
「白状すると、キャシー、君の声を聞いたとき、俺はあの人だと思ってしまった。……そんなことをする立場のお方じゃないのにな」
「……い、今でも、その方が好きですか?」
「……わからない。わからないんだ」
「わからないのなら……」
キャロライナの言葉をアーヴィンは遮った。
「わからないから、教えてくれ、キャシー……君が、あの人だったらよかったのに。そんな酷いことを思ってしまう俺に……教えてくれ」
そう言ってアーヴィンはキャロライナの体を撫でた。
キャロライナはアーヴィンを受け入れた。
「アーヴィンさん! お手紙が届いていますよ。差出人は……クリスティアンさんですね」
マーサが手紙を持ってきた。
キャロライナは兄の名前に少しドキリとした。
「ああ、殿下からだ。キャシーさん、読んでくれるか?」
「は、はい」
兄が何を書いたのだろう。余計なことを書いてなければいいのだが。
「『親愛なるアーヴィンへ。いかがお過ごしだろうか、少しは体調がよくなっているといいのだが』」
キャロライナは緊張しながら、手紙を読む。
「『私が送ったキャシーの働きぶりはどうだろう。やる気はあると思うが、役に立たないと思ったら、遠慮なく解雇してほしい』」
「そんなことはない」
アーヴィンがポツリと呟いた。
「あ、ありがとうございます……ええと、『必要なものがあったらなんでも言ってくれ、手配する。それでは、君の友、クリスティアン』……だそうです」
「ありがとう。……返事の代筆を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
アーヴィンの返信は簡素なものだったが、キャシーとマーサがよく働いてくれていることを何度も強調していた。
自分の筆跡は兄にはバレるだろう。そう思うとなんだか気恥ずかしかったが、アーヴィンの言葉を違えるわけにもいかない。
キャロライナはしっかりと手紙の代筆をした。
その日は、雨が降っていた。
いつものように雨戸を閉めて、ランプを置き、アーヴィンの包帯をとる。
「アーヴィンさん、どうで……」
「見える!」
アーヴィンはそう叫ぶと勢いよく立ち上がった。
「きゃっ」
その勢いにキャロライナは転んでしまった。
「キャシーさん!?」
アーヴィンは焦った。
見えるといっても薄ぼんやりと明かりが見える程度で、キャロライナの動向まではわからなかったのだ。
「大丈夫ですか……?」
オロオロと足を一歩進めると、床に倒れていたキャロライナにつまずき、アーヴィンは倒れた。
「あっ……」
キャロライナの上にアーヴィンがのしかかる。
「す、すまない。すぐに退くから……」
キャロライナの体の両脇に手をついて、フラフラとアーヴィンは立ち上がろうとした。
キャロライナはふわりと香るアーヴィンの香りに気付いた。
「……待って」
キャロライナはアーヴィンを抱き締めていた。
「……キャシー?」
アーヴィンは困ったような声を出した。
「ご、ごめんなさい……」
キャロライナは慌てて手を離した。
「…………」
アーヴィンは手探りでキャロライナの両腕を握り締めた。
「さあ、立って」
「は、はい……」
これではまるで逆だ。こういうときにアーヴィンの力になれるようにここに来たはずだったのに。
キャロライナはうつむいてしまった。
そのせいか、アーヴィンの足のせいか、二人はバランスを崩してベッドになだれ込んだ。
「…………」
「…………」
お互いの鼓動が聞こえた。お互いの息づかいが聞こえた。
柔らかなキャロライナの体が、未だにしなやかなさの残るアーヴィンの体の上に、重なり合っていた。
「キャシー……」
切なげにそう呼ばれ、キャロライナは体を硬直させる。
アーヴィンの手がキャロライナの頬を撫でる。場所を、形を、確かめるように触れられて、キャロライナは目を閉じた。
アーヴィンの手はキャロライナの唇を探り当てた。
アーヴィンの唇がキャロライナの唇に重なる。
「……キャシー、俺は……」
「あ、アーヴィンさん……あの、アーヴィンさんには、こ、恋人の方とか……」
「いない。いたとしても、ここに来てくれない時点で破局だろうさ」
「そ、そうですか……思っている人も、いない?」
「いない……ああ、いや、昔に……ひとり……あれは一目惚れだった」
「…………」
「美しい人だった。だけど、手の届かない人だった。だから……諦めて、遠く離れて、それでも忘れられずに……でも、今頃、もうお嫁にでも行っているかもしれない」
「…………そうですか」
「白状すると、キャシー、君の声を聞いたとき、俺はあの人だと思ってしまった。……そんなことをする立場のお方じゃないのにな」
「……い、今でも、その方が好きですか?」
「……わからない。わからないんだ」
「わからないのなら……」
キャロライナの言葉をアーヴィンは遮った。
「わからないから、教えてくれ、キャシー……君が、あの人だったらよかったのに。そんな酷いことを思ってしまう俺に……教えてくれ」
そう言ってアーヴィンはキャロライナの体を撫でた。
キャロライナはアーヴィンを受け入れた。
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