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第5話 共同生活
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「……馬鹿なことを言うな、キャロライナ」
帰ってきたクリスティアンは疲れ切っていたが、きっぱりとそう言った。
「私が望むなら口添えをするとおっしゃったのはお兄様です」
キャロライナは気丈にもそう言い張った。
「……まさかこんなことになるとは思っていなかったんだよ……」
「お願いします、わたくしをあの方の側に行かせてください……」
「……そうは言っても、だな」
「……今はまだ目が見えないのでしょう? でしたらお兄様が手配した看護師ということにいたしましょう。きっと私だと知られたらあの方恐縮するだろうから……」
「キャロライナ!」
クリスティアンは大声を上げた。
「……キャロライナ、世の中には愛だけではどうにもならないことがあるんだよ」
「わかっています」
キャロライナはクリスティアンの大声にも動じなかった。その目には覚悟が満ちていた。
「愛だけではありません。覚悟も、あります」
「……わかった」
妹はどうしたって折れない。クリスティアンにはそれがわかった。
こうして王国の美しい姫君、キャロライナは英雄となった手負いの騎士の看護師として東に向かうこととなった。
王族の男子が騎士団に入るように、王族の女子は看護師として手習いを受ける風習があるのだ。
三方を他国に囲まれたこの国ならではの、戦争に備えた教育方法であった。
東への旅の果て、たどり着いたのは小さいながらも堅牢な一軒家であった。
一階建て。視力が弱まり、足を引きずるアーヴィンのためにクリスティアンが用意した家。
キャロライナは送ってくれた兵士に頭を下げ、一人でその家の前に降り立った。
ここに彼が住んでいる。
今は老婆が家事係としてついているという。
「ごめんくださーい」
キャロライナは意を決して中に声をかけた。
「はあい」
甲高い老婆の声が返ってきた。
「お、王都から殿下の命で派遣された看護師のキャシーでございます」
キャロライナは用意していた偽名を名乗った。
「ああ、ああ、いらっしゃいませ。アーヴィンさん、アーヴィンさん、看護師さんがいらっしゃいましたよ」
「…………ああ」
低く落ち込んだ声が聞こえてきた。
キャロライナは胸を痛めながら、老婆の案内で家の中に入る。
居間に通された。
「お邪魔します、キャシーです」
アーヴィンはこちらを向きながら椅子に腰掛けていた。しかしその目元には包帯が巻き付けられていた。
頬がこけている。柔らかだった金の髪はパサつき、背は丸まっている。
かつての威風堂々とした騎士の面影はそこにはなかった。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、わざわざ遠いところをありがとう、キャシーさん」
アーヴィンの声は穏やかだったが、覇気がなかった。
「殿下には遠慮申し上げたのだが、こんな辺鄙な田舎まで、足を運ばせてしまい、申し訳ない」
「いえ、いいえ。わたくし、アーヴィンさんのお話は聞き及んでいます。護国のために勇猛に戦った騎士様。だから、だから、お力になりたくて……」
「私はそんなよいものではありませんよ」
アーヴィンが自嘲気味に苦笑した。
「…………アーヴィンさん」
アーヴィンから漂う何もかもに疲れ切った雰囲気にキャロライナは声を詰まらせた。
「わ、私、あなたのお力になれるよう、がんばりますから」
「……よろしくお願いします」
アーヴィンは首だけで礼をした。
キャロライナはため息をつかないよう必死にこらえた。
「キャシーさん、お部屋に案内しますね。お荷物もありますし」
老婆が重苦しい空気を切り裂くように明るい声でキャロライナにそう言った。
「はい。お願いします」
キャロライナのために用意された部屋に入るなり老婆は声を潜めた。
「……お暗いでしょう、アーヴィンさん」
「……塞ぎ込んでいらっしゃいますね」
「ええ、あなたのような綺麗なお嬢さんがいらしたから……少しはこの家も明るくなればいいけれど……でも、あなたの美しさもあの方は見れないんですねえ……」
老婆は寂しそうにそう言った。
老婆はマーサと名乗った。
「アーヴィンさんのお部屋はこの部屋の隣です。私は厨房の隣の小部屋にベッドを置いています」
「わかりました」
こうして三人での生活が始まった。
帰ってきたクリスティアンは疲れ切っていたが、きっぱりとそう言った。
「私が望むなら口添えをするとおっしゃったのはお兄様です」
キャロライナは気丈にもそう言い張った。
「……まさかこんなことになるとは思っていなかったんだよ……」
「お願いします、わたくしをあの方の側に行かせてください……」
「……そうは言っても、だな」
「……今はまだ目が見えないのでしょう? でしたらお兄様が手配した看護師ということにいたしましょう。きっと私だと知られたらあの方恐縮するだろうから……」
「キャロライナ!」
クリスティアンは大声を上げた。
「……キャロライナ、世の中には愛だけではどうにもならないことがあるんだよ」
「わかっています」
キャロライナはクリスティアンの大声にも動じなかった。その目には覚悟が満ちていた。
「愛だけではありません。覚悟も、あります」
「……わかった」
妹はどうしたって折れない。クリスティアンにはそれがわかった。
こうして王国の美しい姫君、キャロライナは英雄となった手負いの騎士の看護師として東に向かうこととなった。
王族の男子が騎士団に入るように、王族の女子は看護師として手習いを受ける風習があるのだ。
三方を他国に囲まれたこの国ならではの、戦争に備えた教育方法であった。
東への旅の果て、たどり着いたのは小さいながらも堅牢な一軒家であった。
一階建て。視力が弱まり、足を引きずるアーヴィンのためにクリスティアンが用意した家。
キャロライナは送ってくれた兵士に頭を下げ、一人でその家の前に降り立った。
ここに彼が住んでいる。
今は老婆が家事係としてついているという。
「ごめんくださーい」
キャロライナは意を決して中に声をかけた。
「はあい」
甲高い老婆の声が返ってきた。
「お、王都から殿下の命で派遣された看護師のキャシーでございます」
キャロライナは用意していた偽名を名乗った。
「ああ、ああ、いらっしゃいませ。アーヴィンさん、アーヴィンさん、看護師さんがいらっしゃいましたよ」
「…………ああ」
低く落ち込んだ声が聞こえてきた。
キャロライナは胸を痛めながら、老婆の案内で家の中に入る。
居間に通された。
「お邪魔します、キャシーです」
アーヴィンはこちらを向きながら椅子に腰掛けていた。しかしその目元には包帯が巻き付けられていた。
頬がこけている。柔らかだった金の髪はパサつき、背は丸まっている。
かつての威風堂々とした騎士の面影はそこにはなかった。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、わざわざ遠いところをありがとう、キャシーさん」
アーヴィンの声は穏やかだったが、覇気がなかった。
「殿下には遠慮申し上げたのだが、こんな辺鄙な田舎まで、足を運ばせてしまい、申し訳ない」
「いえ、いいえ。わたくし、アーヴィンさんのお話は聞き及んでいます。護国のために勇猛に戦った騎士様。だから、だから、お力になりたくて……」
「私はそんなよいものではありませんよ」
アーヴィンが自嘲気味に苦笑した。
「…………アーヴィンさん」
アーヴィンから漂う何もかもに疲れ切った雰囲気にキャロライナは声を詰まらせた。
「わ、私、あなたのお力になれるよう、がんばりますから」
「……よろしくお願いします」
アーヴィンは首だけで礼をした。
キャロライナはため息をつかないよう必死にこらえた。
「キャシーさん、お部屋に案内しますね。お荷物もありますし」
老婆が重苦しい空気を切り裂くように明るい声でキャロライナにそう言った。
「はい。お願いします」
キャロライナのために用意された部屋に入るなり老婆は声を潜めた。
「……お暗いでしょう、アーヴィンさん」
「……塞ぎ込んでいらっしゃいますね」
「ええ、あなたのような綺麗なお嬢さんがいらしたから……少しはこの家も明るくなればいいけれど……でも、あなたの美しさもあの方は見れないんですねえ……」
老婆は寂しそうにそう言った。
老婆はマーサと名乗った。
「アーヴィンさんのお部屋はこの部屋の隣です。私は厨房の隣の小部屋にベッドを置いています」
「わかりました」
こうして三人での生活が始まった。
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