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第4話 切望
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叙勲式は退屈だった。
数多くの列席者が王に頭を下げ、何やらお題目を唱えられ、称えられる。
拍手をする手がとても疲れてきた頃に、その人はようやく現れた。
キャロライナは密かに息を呑んだ。
アーヴィン。あの日出会った騎士は、今日も凜々しくそこにいた。
今までと同じお題目がとても優雅に聞こえた。
王に真っ直ぐ向き合うアーヴィンの横顔に心が躍った。
そしてアーヴィンが王の御前を去る祭に彼は間違いなくキャロライナと視線を合わせた。
それだけで、キャロライナの胸は高鳴った。
叙勲式の後にはパーティーがあった。
人で混み合う中、キャロライナは兄に連れられ、アーヴィンと再会を果たした。
ふたりはこっそりバルコニーに出た。
「……アーヴィン様」
「キャロライナ姫……」
ふたりはどちらからともなく、口付けを交した。
キャロライナの胸の内はそれ以上を望んだけれど、ふたりはそのままパーティーに戻り、まるで何事もなかったかのように別れた。
それからさらに数ヶ月後、王宮によくない報せが届いた。
「東の隣国から、攻め入られたとの情報あり! 早馬を飛ばして情報収集に努めております!」
「……東」
キャロライナの脳裏にアーヴィンの精悍な顔つきが浮かんだ。
胸が嫌な予感にざわついた。
いつも明るいクリスティアンも、この日ばかりは厳めしい顔で報せを聞いていた。
結局、戦争は半年続いた。
クリスティアンは何度かアーヴィンに手紙を出したが、その返事が来ることはなかった。
騎士たちが辛くも勝利を収め、東の国との講和が進められている頃、クリスティアンは東部に向かった。
慰問のためだった。
その頃には、アーヴィンの名前が王都にまで聞こえるようになっていた。
曰く、東の英雄。護国の番人。騎士の鑑。
どうやらアーヴィンは大した武功を上げたようだった。
そしてその噂の中に、アーヴィンが死んだというものは一切なかった。キャロライナは少しだけ安堵した。
やがてクリスティアンからキャロライナに手紙が届いた。
キャロライナはペーパーナイフを使う暇も惜しんで、封筒を破り開けた。
『愛するキャロライナへ、東の疲弊は惨憺たるものだが、私は運良くアーヴィンを発見したよ』
その一文にキャロライナは私室の床に崩れ落ちた。さすがに侍女が駆け寄ってきたが、片手で制する。
立ち上がるより先に手紙を読み切ってしまいたかった。彼女は必死で手紙の文字を追った。
『生きていた。ただ、うん、どう書くべきか迷ったが、我が妹よ。ごまかしてもしょうがない。真実を記そう。
アーヴィンの具合はあまりよくない。幸い命に別状はないが、心身ともに手酷い傷を負っている。片脚の腱が切れて引きずっている。
何より、目が見えないんだ。医者の話によれば長らく養生すれば治るかも知れないが、元の視力には戻らないだろうとのことだ。
かわいいキャロライナ、どうか気を落とさないでくれ。
私がすべて手配しよう。我が国のために果敢に戦った騎士が、生きていくために必要なものはすべて授けるつもりだ。
とにかく一旦、王都に帰る。詳しい話はその時に。君の親愛なる兄、クリスティアン』
キャロライナの心は張り裂けそうだった。普段着のドレスのまま、侍女の手を借り、床を這い、ベッドに倒れ込んだ。
「ああ……神様……」
彼女は何度も手紙を読み返した。涙がこぼれ落ち、手紙と枕を濡らした。
そして気付けば心労に疲れ果て、眠りに落ち、目覚めた頃には、彼女は決意していた。
今こそ兄に頼み事をするときだと。
数多くの列席者が王に頭を下げ、何やらお題目を唱えられ、称えられる。
拍手をする手がとても疲れてきた頃に、その人はようやく現れた。
キャロライナは密かに息を呑んだ。
アーヴィン。あの日出会った騎士は、今日も凜々しくそこにいた。
今までと同じお題目がとても優雅に聞こえた。
王に真っ直ぐ向き合うアーヴィンの横顔に心が躍った。
そしてアーヴィンが王の御前を去る祭に彼は間違いなくキャロライナと視線を合わせた。
それだけで、キャロライナの胸は高鳴った。
叙勲式の後にはパーティーがあった。
人で混み合う中、キャロライナは兄に連れられ、アーヴィンと再会を果たした。
ふたりはこっそりバルコニーに出た。
「……アーヴィン様」
「キャロライナ姫……」
ふたりはどちらからともなく、口付けを交した。
キャロライナの胸の内はそれ以上を望んだけれど、ふたりはそのままパーティーに戻り、まるで何事もなかったかのように別れた。
それからさらに数ヶ月後、王宮によくない報せが届いた。
「東の隣国から、攻め入られたとの情報あり! 早馬を飛ばして情報収集に努めております!」
「……東」
キャロライナの脳裏にアーヴィンの精悍な顔つきが浮かんだ。
胸が嫌な予感にざわついた。
いつも明るいクリスティアンも、この日ばかりは厳めしい顔で報せを聞いていた。
結局、戦争は半年続いた。
クリスティアンは何度かアーヴィンに手紙を出したが、その返事が来ることはなかった。
騎士たちが辛くも勝利を収め、東の国との講和が進められている頃、クリスティアンは東部に向かった。
慰問のためだった。
その頃には、アーヴィンの名前が王都にまで聞こえるようになっていた。
曰く、東の英雄。護国の番人。騎士の鑑。
どうやらアーヴィンは大した武功を上げたようだった。
そしてその噂の中に、アーヴィンが死んだというものは一切なかった。キャロライナは少しだけ安堵した。
やがてクリスティアンからキャロライナに手紙が届いた。
キャロライナはペーパーナイフを使う暇も惜しんで、封筒を破り開けた。
『愛するキャロライナへ、東の疲弊は惨憺たるものだが、私は運良くアーヴィンを発見したよ』
その一文にキャロライナは私室の床に崩れ落ちた。さすがに侍女が駆け寄ってきたが、片手で制する。
立ち上がるより先に手紙を読み切ってしまいたかった。彼女は必死で手紙の文字を追った。
『生きていた。ただ、うん、どう書くべきか迷ったが、我が妹よ。ごまかしてもしょうがない。真実を記そう。
アーヴィンの具合はあまりよくない。幸い命に別状はないが、心身ともに手酷い傷を負っている。片脚の腱が切れて引きずっている。
何より、目が見えないんだ。医者の話によれば長らく養生すれば治るかも知れないが、元の視力には戻らないだろうとのことだ。
かわいいキャロライナ、どうか気を落とさないでくれ。
私がすべて手配しよう。我が国のために果敢に戦った騎士が、生きていくために必要なものはすべて授けるつもりだ。
とにかく一旦、王都に帰る。詳しい話はその時に。君の親愛なる兄、クリスティアン』
キャロライナの心は張り裂けそうだった。普段着のドレスのまま、侍女の手を借り、床を這い、ベッドに倒れ込んだ。
「ああ……神様……」
彼女は何度も手紙を読み返した。涙がこぼれ落ち、手紙と枕を濡らした。
そして気付けば心労に疲れ果て、眠りに落ち、目覚めた頃には、彼女は決意していた。
今こそ兄に頼み事をするときだと。
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