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第一章

女神さまはお強い

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「ところで、そんなやばい物なんですか? そのヴィクなんとかって魔導書」
 地下のさらに奥、敵の本陣へ歩きながら聞いた。

「わたしの管轄外の物だから、出来るなら触りたくないよねえ」
 あー嫌だ嫌だと、女神様は肩をすくめて見せる。

 金髪金瞳で、小柄な少女姿の女神様は抱きしめたくなるほどかわいい。
 宇宙の塵になりたくないので我慢しますけど。


 こんな地下でも、贅を尽くした扉を作るとは、中の奴らの程度が知れるなあ。
 最奥への扉を、指も触れずに女神様が吹き飛ばす。

 十人ほどの男が、目を丸くしてこちらを見る。
 ご丁寧にも、全員が黒いフード姿だ。

「あー、あったあれだ。取ってこい」
 一番奥では、一番偉そうな聖職者が怪しいことをしていた。

 怪しいどころか、吊り下げられた女の死体から血を集めてやがる。
 部屋の隅には、何十人分かの人骨。
 数人は煮込めそうな鍋と、その近くの机には、見るからに禍々しい巨大な書物。

「なにごとか?」「なに者だ!」と騒ぐ悪人どもに、女神様が一言。
「動くでない」と、これだけで全員の動きが止まる。

 何の抵抗もなく、俺はヴィルクォムの魔導書を手にとった。
 やばい物なんだろうが、どーせ異世界人には効かないだろうし。
 
 と思ったら、持ち上げた瞬間、最深部の扉が開く。
 あ、そういう仕掛け。

「ふはは! その本から召喚したが、余りの強さに制御出来ず封印した悪魔の力、思い知れ!」
 まだ喋れたのか、一番偉そうな人が説明してくれた。

 出てきた悪魔は、ぴょーんと跳ねると、喋っていたおっさんを頭から喰った。
 そりゃ制御出来なきゃそうなるわ。

 女神様が右手を軽くふる。
 悪魔とやらは、一瞬で灰と塵に戻った。

 その力と、上半身を食われた偉そうな奴の死体、それを見て残りの奴らは諦めたようだ。

「どーぞ! 持ってきました!」
 もし俺に尻尾があれば、全力で振ってるところだ。

「ちょっとそのまま持ってて」
 仰せのままに。
 じーっと魔導書を眺めた女神様がいう。

「きさまら、これに64人の女の血を吸わせたな。金髪と処女が条件であろうに、よくも集めたものだ」

 いや、こいつらは街の娼婦も使ってるはずですぜ。
 だからと言って許される訳ではないが。

 条件に合わぬ女だと効きが悪いから調べたところ、丁度ユニコーンに跨った金髪少女が現れたと、そんなところか。
 罠にかかった悪人どもの前で、女神様が本に手をかざす。

「つらかったろう。今出してやる」
 その顔は、まるで女神のように優しかった。

「ヴィルクォムの物に囚われると、魂もそちらに捕まる。死しても永遠の苦しみを味わうのは、わたしの世界の律ではない」
 これは、女神様が俺に向かって言った。

「さあ、いくがよい。またわたしの子として巡るがよいぞ」
 本からきらきらと光が立ち上る。

「こいつら、どうします?」
 俺は残った男どもを指さした。

「裁いたり罰を与えるのは、わたしの役割ではないからなあ」
「じゃあ俺がやりましょうか?」
「お前、動けぬ者を痛めつけるつもりか?」

 これには「うっ」となった。

「まあ良い。これをお前ら返すぞ」
 女神様は何のアクションも起こさなかったが、男たちの足元から血が溢れ出す。

 動けぬ男たちの体を、64人分の血が這い上がる。
 放っておけば、溺れ死ぬだろう……が。

 開け放った入り口の向こうが、騒がしくなったようだ。
 逃げた女達が何処かへ通報したのだろう、ぎりぎりのところで助かるかもな。

 男たちは、泣きながら懺悔と反省を口にする。
 女神様と俺は、それに背を向けて歩きだした。

「これ、どうします?」
「鞄につめておいて。もう無害だし」
 
 怪しい魔導書は、雑多に詰め込まれた女神の荷物の一つになった。

 教会の庭に出ると、やっぱり人が集まり始めていた。
 そこで、俺は重要な事を思い出す。

「女神様! 俺の名前を忘れてましたよね!?」
「う、う~ん、そうだっけ? むしろ聞いたっけ?」

「酷い! 言いましたよ!」
「分かった分かった、覚えてやるから言え」

「……全知全能なんじゃ?」
「まさか! 知らない事の方が多いし、まあ出来ることの方が多いが全てではないぞ」

 ちょっと意外。

「じゃあ……神さまの下僕なんで、ルシフェルと呼んでください!」
「え、何それ、ダサい。お前にも、授かった名があるだろう?」

 俺の名前は……オンラインゲームに本名登録して以来、ちょっとトラウマなんだよなあ。
 こういうファンタジー世界では特に。

「ほれ、早く言え。人が来るぞ」
 周りを見ると、槍を持った官憲らしきのが大量に集まっている。
 こっちに気付き、声をかけてくれてる者もいた。

「えーっと……ゆうたです。けど、別の名前で呼んでくれても!」

 女神さまは、にっこり笑って言った。
「いい名じゃないの。よし、ゆうた、次へ行くぞ!」
「はい! 喜んで!」

 俺は、新しい上司かご主人様か飼い主か、何にせよ一生付いていくと決めた。

「おい、大丈夫か? 怪我はないか?」と声をかけてくれる兵士の前で、女神さまが右手を上げる。
 遥か天上から、光の柱が大地に突き刺さり、俺たち二人を包む。

「そうだ。あいつ連れていきません」
 天へ登りながら、俺はユニコーンを指さした。

「悪くないな」
 そう言うと、女神さまはユニコーンに手招きする。
 ユニコーンは、ペガサスのように空を飛び俺たちに追いつく。

「ゆうた、次はちょっとハードだぞ?」
「地獄の底でもお供します」
 ま、それより過酷な場所へ連れていかれるのだが……。

 俺、ゆうたと女神の世直しの旅は、こうして始まった。
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