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三章

南の大陸

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 四日目。
 朝も遅くに起きだした冒険者たちは、後始末にかかる。

 個人主義が強い冒険者にも、一定の序列がある。
 男の場合、ほぼ実力で決まる。
 女の場合も同様だが、数が少ない事もあり、面倒見の良さや経歴も重視される。

 南の大陸出身のクレオ。
 神宮院で学んだが、堅苦しい生活に馴染まず冒険者になった治癒術師。
 彼女が、全体で50名ほどの女冒険者の顔役だった。

 そこへ、ラクレアがミグを連れてやってきた。
 何やら相談事があると。

 クレオは、ミグが苦手だった。
 一回り若く目立つ美貌に、桁外れの戦闘能力、ついでに不遜な性格。
『それがわたしに何の用事が』と思ったが、性格上断れない。

「姐さん、ちょっとこれ見てくれません?」
 ラクレアは女冒険者にしっかり馴染んでいて、服をめくってミグのお腹を見せる。

「ほおー、これは……お店ででも働くのか? こんな入れ墨をして」
 ほんの軽い冗談のつもりだったが、ミグが泣きそうになったので改めた。

「わるいわるい。しかし、ここに入れ墨なんて……いや、違うな。魔法陣? うーん見たことあるような……」
 優秀な治癒術師であるクレオは、秘められた魔力に気付く。

「ほんとに!? これ、消したいんだけど」
 涙目で見上げてくる小柄な少女に、クレオの中でのミグの印象が変わる。
 生意気そうな小娘から、かわいい後輩にグレードアップした。

「ところで、何でこんなもの。前はなかったよね?」
「実はですね……」と、ラクレアが代わって説明する。

「へー、大地母神の眷属の自称サキュバスがやってきて! 珍しいこともあるもんだねえ。それで見覚えあるのか」

 治癒以外に豊穣や安産の祈りは、この時代の神殿で盛んに行われる。
 神の助けなくして、人が生きていくには少し厳しい世界。
 神宮院で学び育ったクレオに覚えがあるのも当然だった。

「けど、なんで消すの? 良い効果じゃないの。わたしが欲しいくらいよ、マジで」
 クレオには、搾り取ってやりたい相手がいる。
 だがその男は、パーティのリーダーらしく鈍感極まりなかった。

「いやー、ミグさまは脱がされ癖があるので、何処で誰に見られるか」
 勝手にラクレアがこたえる。

「そんな癖ないわよ! 別に見せたくて見せてるわけじゃないもん!」
 顔を赤くしたままのミグが怒るが、何時もの迫力はない。

「ま、妊娠の方はともかく、男を誘うのは困るか……。ただでさえ、なあ?」
「そうなんですよねえ」
 クレオも察する。
 ただでさえ目を引くのに、風に煽られ服が舞った途端に襲いかかられるのでは、貞操が幾つあっても足りない。

「けど、わたしの力ではどうにもならん。魔法を解くのは、かけるよりもずっと難しい。それにこの紋様、相当な実力者が付けただろ」
 下っ端とはいえ神族や悪魔に直接付与されたとあっては、クレオにも出来ることはない。

 紋様を残した本人は、苦情をぶつけるミグの目の前で壁の中に消えてしまった。
「またくるねー。あなたたち、面白そうだし」とは言ったが。

 分かりやすくへこむミグに何とかしてやりたくて、クレオも頭をひねって絞り出す。

「ここからずっと西に、シル・ルクという街がある。百以上の神殿が集まる宗教都市だ。ガイアやレアーなど地母神の神殿も多い。そこならあるいは」
「ほんと!? これ取れる?」

 パッと花が咲いた少女の顔に、『分からんが、優秀な神官や術師が多いらしいぞ』と付け加えた。

 手を振り去っていく少女達を見送った後、クレオのところへ一人の男がやってきた。
 トトメス、彼女の所属する団のリーダーで、ユークとも並んで戦った戦士。
 彼は生き残った。
「大事な話があるんだ」と、トトメスは切り出した。


 その頃、ユークはアルゴの馬房でやっと目覚めた。
 魔法で眠らされたが、体中に染み付いた馬とわらの臭い以外は、万全だった。
 両の腕も、動く。

 夕方には、優秀な副官が報酬を持ってくる。
 予想に反し、九割以上が生き伸びた冒険者への支払いをマハルバルが渋ったが、『次が助けて貰えませんよ』と説得し手配させた。

 一部は報酬を貰いそのまま続けて雇われる。
 多くの魔物が入り込み、安全になったとは言い難い。
 ユークに付いてきた九人もそれを選んだ。

 翌日、ユーク達は三度旅立つ。
「ドワーフのいるアトラス山脈は南西。シル・ルクという街は西、ついでに行ってみましょう」
 事情を聞いたノンダスも賛成した。

 三角要塞ピラミッドと冒険者たちに見送られ、西へ。
 しばらく行くと、リリンが空からあらわれた。

「何処いくの? え、シル・ルク? あそこ、偉い神が近くてヤなんだけどー」
「なに言ってんの! あんたのせいでしょうが!」
 これまで踊り子のような格好をしていたミグが、今はしっかりと着込んで怒鳴る。

「なんでー、善意でしてあげたのに! まあいいか。ちょっとだけ見届けてあげる」
 そう言ったが、リリンは空中に消えた。
 直ぐにまた来るのだが。

「あれがサキュバス……。インキュバスはいないのかしら?」
 ノンダスは変わらないが、この五日でユーク達の名は広まった。
 それゆえ、追って来る者が出る。
 悪意のない者もあるモノも。

「こっちの大陸は、冬も暖かくていいなあ」
 北の出身のユークには、それが珍しく足取りも軽い。
 先頭に立って歩き始める。


  三章完

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