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一章
王女の誇り
しおりを挟むユークが娼婦に囲まれていた頃、ミグが案内された先では、トゥルスの王マデブが待っていた。
配下の者が身分に気づかずに庶民の席を用意したことを、丁重に謝罪はしたが、目の奥にある欲望を隠そうともしなかった。
社交辞令で応じながら、『またこれか』とミグは心の内で嘆息する。
どうやら世の男どもは、落ちぶれた王女というものに、強く劣情を掻き立てられるものらしい。
13歳の時に国を失ってからは、ゆく先々でマデブと同類の視線に晒されてきた。
一時などは、奴隷狩りの集団――滅んだ国々の女子供を攫うために跋扈していた――に捕まり、その出自から大々的にオークションにかけられたことすらある。
数百人の奴隷商人や買い手が集まった為にアレクシスの耳に届き、すんでのところで助け出されたが。
兄で嫡男のアレクシスは強かった。
魔王城とそれに続く魔物の侵入と戦い続け、多くの国民が逃げ出す時間を稼いだ。
その後も、混乱する諸国に入り込んだならず者を次々と討伐して、何時しか魔王を倒すのは、かの者しかないと言われる程だった。
だが最大にして唯一の後ろ盾を、ミグは失った。
絶望しても良いのだが、瀕死の兄が最後に庇った命、軽々しく捨てる気にはなれなかった。
『できれば……兄の仇を』と考えてはいたが、今の自分では無理だとも分かっていた。
このとき何故か、兄の剣を持った唯一の仲間の事が頭に浮かんだ。
「ばかばかしい」
アレクシスでさえ無理だった事を、あの少年に出来るはずもないと、ミグは小さく口に出して打ち消す。
「おや? 何かおっしゃいましたかな?」
どうやらマデブは、自分が如何に優れて運の良い王であるか語っていたらしい。
ミグはまったく聞いていなかったが。
「いえ。なんでもございません」と適当に誤魔化す。
それからマデブは、両王家が仲良くするすることが重要だと説き始め、じりじりとミグに詰め寄ってくる。
それでも超然とした態度を崩さぬ王女に、遂にしびれを切らして直接的な恫喝に出た。
要求は単純明快。
『余の物にならねば、トゥルス国内に居るコルキスの難民は全て追い出すぞ』と。
ここで泣き叫んだり、問答無用と魔法で吹き飛ばせれば簡単に解決するが、前者はミグの性格に合わない。
後者も、津波のように押し寄せる魔物の大群から逃げのびた民の苦労を思うと、ミグにはとても出来ない。
口ではもう王女ではないと言いながらも、彼女の本質はまだ為政者だった。
そして王女の誇りと純潔を、民の安定との天秤にかけるなら、ミグに迷いはない。
「好きになさってください。その代り、避難民が飢えることなきよう、お願い申し上げます」
この返答は、マデブにとって意外だった。
彼の基準では、王族が民と引き換えになるなど、あり得ないものであったから。
それでも、周辺諸国でもずば抜けた歴史を誇るコルキスの王女を、己の話術で陥落させたとあってマデブは上機嫌になった。
「おい、良いぞ」
声に合わせて3人の女が姿を見せる。
マデブの趣味、女に脱がされ愛撫される女の顔が、恥辱と快感に悶えるのを見る為に、特別な訓練を受けた女達。
それからしばらくの間、ミグは全身を6本の手に弄ばれ、召し物を順番に取り上げられた。
しかし、表情一つ変えず声一つ漏らさぬのは、マデブにとって少々期待外れだった。
『まあよい。これから調教すればよいのだ』
そう己を納得させ、寝台に押し倒したミグに乗りかかる。
王族に生まれた彼にとっても、亡国の王女を犯すというのは格別な興奮を覚えた。
自然と鼻息が荒くなり、余りの醜悪さにミルグレッタ王女も耐えきれずに目を背ける。
背けた視線の先には扉があり、頑丈に施錠されていた。
マデブの手が白い肌に触れようとした時、扉に刃物が突き刺さるのがミグの眼に飛び込んできた。
正確には、扉を剣で真っ二つにしようとして失敗したのだったが。
「あれ、おかしいな。いけると思ったのに。もう一度っ!」
間抜けな声がして、次こそ扉は切り開かれた。
薄く硬く輝く刃は、いとも簡単に分厚いオーク材と鉄製の鍵を断ち切った。
乱暴に蹴り開くと、ユークは剣を左手に持ち替えながら、真っ直ぐ寝台まで走り、驚く王の顔を思い切り殴った。
そして、堂々と名乗る。
「俺はアラルの民、ツガイ村のユークってもんだ。この女はもらっていく!」
自分を助けるために飛び込んで、王を殴り、迷惑かからぬように棒読みの演技までして……それを見たミグは思わず笑ってしまう。
「な、なんだ、笑ってんじゃねえぞ。早くしろ!」
「演技、下手くそね」
ユークにだけ聞こえるようにそっと囁くと、ミグは素早く寝台から飛び降り、奪われた服を着る。
起きたものは仕方ないし、ユークの頑張りを無駄には出来ない。
何よりも、舌を噛み切った方がマシと思えた状況から救い出された。
ミグの視界の端に、王家の宝剣を持ったユークがちらりと映る。
アレクシスとは似ても似つかない姿だったが、少しだけ頼りになる気がしてきた。
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