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一章
二度目の脱出
しおりを挟むベッドの上で、顔を腫らしたマデブが起き上がる。
「だ、誰かおらぬのかっ! くっ、くせも……ふぎゃ!」
もう一発ぶん殴って、ユークは決めておいた口上を述べる。
「俺はアラルの民、ツガイ村のユークだ。文句があるなら俺のとこに来い」
それから、半裸に剥かれたミグを思い出し、もう二、三発殴り飛ばす。
さっと着込んだミグが『もういけるわ』と合図する。
壊れた扉を出たところで、ラクレアが待っていた。
彼女は部屋の中に向かって一言。
「あの~長い間、お世話になりましたー」と、これまでの主君に別れを告げる。
大の字で転がったマデブに聞こえたかは、定かではない。
「誰? この娘」
至極もっともな疑問をミグが投げかける。
「えー……話すと長いのだけど……」
ユークが言い淀むと、ラクレアが代わって答える。
「先程、ユーク様の騎士になったラクレアと言います! よろしくお願いします!」
「……はぁ?」
ミグの疑問はますます深まった。
「あの、たくさんの女性の中からユーク様が私を選んで下さって。それで」
色々と端折った説明に答えは得られなかったが、何故かミグは腹が立った。
「へえー……。あんたの方は楽しかった、みたいね!!」
痛めていた方の足で、思い切りユークの足を踏みつけてしまう。
「痛っ!」ユークとミグの声が揃った。
ミグの怪我を看て取ったラクレアが、自分が背負うと申し出る。
「それなら、交替で背負っていこう。ラクレア、頼むよ」
とりあえず味方だと言うのでミグも体を預け、三人での逃避行が始まった。
しかし、何時までも追っ手はこない。
ラクレアは一人を背負っても、息も切らさずにユークの前に出るほどの速さで走る。
『この体力が彼女の強さの秘密なのかな』と、ユークは想像を付けた。
「ねえ、ひょっとして衛兵も倒してきちゃったの?」
余りの静けさにミグがきいた。
「実はそっちへ行く前に……」
起きたことを、ユークはかいつまんで話し始めた。
「この先は王の寝所だが」とユークとラクレアの前に立ちはだかった副団長。
喋りながら右手を左の腰に寄せる。
副団長は三十歳を幾つか過ぎて今が一番油の乗る頃、無精髭の優男で戦士よりも遊び人の風格がある。
だが剣に手をかけた姿からは、毛穴を突くほどの強い気配がユークにも感じ取れた。
しかし、ユークとラクレアの動きを止めていた敵意は、副団長が剣を引き抜くと同時に消え去った。
「おっと、そう言えば礼典用の飾り物だったな」
副団長が剣を振って見せると、そこには刃の代わりに、手の平ほどの長さの木片が付いていた。
何かのフェイント、動揺を誘う作戦かとユークは思ったが、副団長は落ち着いた声音で教えてくれた。
「陛下の寝室はこの先、突き当りを右に折れた行き止まりだよ。なぜ教えるか不思議かい? だって、この国の苦境はこれからだろ?」
副団長の言葉の通り、魔王城も恐ろしいが本当の恐怖はその後。
魔王城を追うように現れる魔物の大軍だった。
だとしても、ミグを助けてくれる理由にはならないが。
ユークの表情を読み取った副団長は、また付け加えた。
「陛下にも、何時までも気楽な第二王子のように遊んでいられては困るのでね。それに、君達には本当に感謝してるのだよ」
君達とは、魔王城に挑んだ116名の戦士達のこと。
倒すことは叶わなかったが、彼らの突入の後に、魔王城がこの国を出たのは事実。
行き給えと、副団長は道をあける。
ユークは黙って走り出す、ラクレアはお礼を言って通り過ぎる。
「ありがとうございます、ジューコフ様」
副団長ジューコフは、これに笑顔で返した。
「ラクレア、すまないことをしたね。私が知ってればお諌めしたのだが。けれど、良い仲間に巡りあったようだ。君らの無事を祈ってるよ」
去りゆくユークの背に、ジューコフはもう一つ付け加えた。
「殴ってもいいが、殺さないでくれよ。衛兵は引き上げさせておいたから」
ユークの話をそこまで聞いて、ミグは思い出す。
魔王城がコルキスの首都を踏み潰した後に襲来した、幾万もの魔物のことを。
如何に強いアレクシスと王国軍も、その数に敵わずに国を捨てることになったのだ。
「昔よりは、続く魔物の数が減ってるから、この国は無事だと良いわね」
ラクレアの背中の上で、ミグは心の底からそう願った。
「やれやれ、今日だけで二度も城から逃げ出すなんて……」
「そうね、一日で二度も助けられるなんてね……。けど、ありがとう」
珍しく素直に礼を言ったものの、二回も裸を見られた事を思い出してミグは話題を変えた。
「あっ、城門よ」
まだ宴は続き、ろくな警備もない。
三人はトゥルスの王城から、夜の城下町へと抜け出した。
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