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七突き 人の弱さ
涙の訳
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歩の病室の扉がコンコンと叩かれて、ガラガラと音を立てる。
「失礼致します」
蓮実が、軽く会釈をして入ってくる。
恵が、一城のことを気にかけている。
「蓮実さん、一城さんは? 大丈夫ですか?」
「うん、俺がいても何も出来ないからって、他の班の応援方々現場を回ってくるって」
「なら、俺も行きますよ」
立ち上がろうとする恵の肩を抑える蓮実。
少し声色を変えて話す蓮実。
「お前は、ここにいろ」
「え?」
「て、一城からの伝言よ」
「でも・・・」
さらに立ち上がろうとする恵。
蓮実は、ニコリとしながら
「これは、社長の命令よ」
社長という言葉が、恵にはとても重いものだった。素直に腰を下ろす恵。
「あ・・はい、ありがとうございます」
んふっと笑う蓮実。
蓮実は、片手に持ったビニール袋を差し出す。
「はいこれ、社長からの差し入れ。余ったら冷蔵庫にでも、入れとけって」
ビニール袋には、飲み物とデザートにシュークリームなどが入っていた。
それを咲が受け取る。
「あ、ありがとうございます。蓮実さん」
ううんと、首を振る蓮実。
「言ったでしょ?社長からだって」
歩に近づく蓮実は、覗き込むように話しかける。
「初めまして、歩さん」
えっと、振り向く歩は、まるで子供のようだ。
「お姉ちゃん、だ~れ?」
「お姉さんはね、はすみって言います。ほら、ここを見て」
さりげなく横に座ると胸の名札を見せる蓮実。
「蓮の実と書いて、蓮実」
「はす?」
「蓮根って知ってる?」
「穴の空いた?」
「そう、その蓮根の花が散ったあとで獲れる実なのよ」
「あゆむ、れんこん好きじゃないんだ」
「あら、そうなんだ。でも、取れ立ての実はとても美味しいのよ。今度持ってくるから、一緒に食べよっか?」
「うん、食べてみたい」
「なら、今度一緒に食べようね。あ、でもね、蓮の実って怖いのよ」
「怖い?」
うんとうなずきながら、スマホで何やら検索を始める。
「これが、蓮の実」
スマホの画面に映る蓮台を見た歩は、危うくひっくり返りそうになる。
「うええ、気持ち悪~い。目玉みたい」
あまりの気味の悪さに、身震いする歩。
「だからね、子供の頃は、よくバケモノだ~って、バカにされたのよ。蓮の実オバケってね」
こんな蓮実にも、暗い過去があるのだと知った咲は、それほど遠い人でないように思えていた。
「お姉ちゃんは、バケモノなんかじゃないよ。だって、綺麗だもん」
言われるとやはり悪い気はしない。
頬を赤くして照れている蓮実。
「ありがとう、歩くん。嬉しいな、おねえさん」
そう言われて嬉しかったのか、頭を蓮実の肩にもたれてきた。
それに答えるように、頭を乗せ返す蓮実。
すると、歩は蓮実の腕に自分の腕を絡めていた。
眠りに落ちた歩に、布団を掛ける蓮実は、柔らかな笑みを浮かべている。
こんな蓮実の様子を不思議そうに見ている恵と咲。それに気づいた蓮実が口を開く。
「私ね、こういう子を長年見てきてるから、どう接したらいいか、なんとなくわかるんだ」
恵は察しがついた。
「それって、もしかして、蓮花・・さんのこと・・ですか?」
「うん、んふっ、そう、あの子変わってたでしょ?」
なんだか、楽しそうな蓮実。
「あ、いや」
「いいのよ、その通りなんだから」
「すみません」
「謝ることないのよ。あの子は気にしない。私もね。 知的障害なの、あの子」
「知的障害? 蓮花さんがですか?」
そこまでとは、気付かなかった恵、単に変わった子だなくらいにしか思っていなかった。
「最近まで、ぜんぜん誰一人気づかなかったんだけど、あることがきっかけでね」
「あること?」
「まあ、そのことは追々ね」
深く掘り下げるつもりは、なかった恵。
「わかりました。・・・でも」
「ん?」
「言われるまで、蓮花さんて、あれで普通だと思ってました」
「恵くんの言う通り、普通なんだよ。そう思っていたら、そうなのかもしれない。そうじゃないと思えば、そうじゃないのかもしれない。結局、紙一重なんだよね」
「紙一重? 境目みたいな?」
「そうね、よく健常者と障害者なんて、分けたりするけど。そんなの関係ないんじゃないかと思うのね。蓮花でよくあったことなんだけど、人混みの中で急に大声を張り上げたり、何かで順番待ちしてたらいきなりどこかに走り出したりするんだけど、周りからしたら、なんだろ、あの子、頭おかしいんじゃない?って思う」
「うん、たまに見かけますね」
「体を揺すり続ける人、抱えた人形の頭を撫で続けながら何かブツブツ言ってたりする人、あれって、感情を制御してるらしいのね」
「へえ」
「こういう時、健常者と言われる人は、イライラしながらも制御するよね。障害者と言われる人は、それを制御するのが難しいだけなの」
「あ~、だから、大声出したりするのか」
「普通って言われる人でさえ、限界超えたらキレるでしょ?」
蓮実は笑って言う。
恵は、蓮実と話していると、心が晴れるようだった。咲もまた、同じように感じていた。
蓮実が続ける。
「精神に障害を持つ人を精神障害者。精神に異常をきたす人を精神異常者。
単に前者は、持って生まれた人もいれば、途中からそうなる人もいる。後者だって、積み重なる心境の変化でそうなった人なだけ。心のコントロールをするのが難しいだけの人たちなのよ。二つの違いがよくわからないけどね」
「はあ、言われてみれば」
「こう言う人たちを、頭がおかしいとか、気が触れてるとか、キチガイとか言うけど、だったら、釣りが好きすぎる人をよく釣りキチとか言うよね?好きが度が過ぎるとキチガイになる」
「矛盾だらけですね」
「人の心の在り方とか、こうでなければいけないなんて、そもそも基準がないのよ。例えば、極ありふれた夫婦がいるとする」
「はい」
「ある日、夫が妻を刺し殺してしまった なんて、よくあるよね?」
「ありますね」
「その夫って、どっちだと思う?健常者なのか、どうなのか」
「あ~、なるほど」
「人は、誰もがこうなり得る要素を持っているのよ。そう考えると、歩くんだって、これでいいんだって思えて来ない?だったら、普通ってなんなの?って。今の歩くんほど、純粋で素直な歩くんは、他にはいないわよ」
説得力があった。納得した。途端に歩を見る目が変わった気がした。
さっき、一城さんに見せた態度も、単なる拒否反応。イヤなものはイヤ。それだけのこと。
ほんとに、すごい人だった。
明るく振る舞いながらも、背中にどれだけのものを背負って生きてきたのかと感服させられる。
過去の歩を知っている恵と咲には、今の歩が理解出来ずにいた。
理解じゃなくて、今のままを受け入れて、それに答えてあげることが大切なのだと。
純粋で素が真っ直ぐな今の歩。
咲を見た恵は、咲の頬に涙が流れているのに気づいた。なのに、笑っている。
恵もまた、泣いているのに、心は嬉しくてたまらなかった。
「失礼致します」
蓮実が、軽く会釈をして入ってくる。
恵が、一城のことを気にかけている。
「蓮実さん、一城さんは? 大丈夫ですか?」
「うん、俺がいても何も出来ないからって、他の班の応援方々現場を回ってくるって」
「なら、俺も行きますよ」
立ち上がろうとする恵の肩を抑える蓮実。
少し声色を変えて話す蓮実。
「お前は、ここにいろ」
「え?」
「て、一城からの伝言よ」
「でも・・・」
さらに立ち上がろうとする恵。
蓮実は、ニコリとしながら
「これは、社長の命令よ」
社長という言葉が、恵にはとても重いものだった。素直に腰を下ろす恵。
「あ・・はい、ありがとうございます」
んふっと笑う蓮実。
蓮実は、片手に持ったビニール袋を差し出す。
「はいこれ、社長からの差し入れ。余ったら冷蔵庫にでも、入れとけって」
ビニール袋には、飲み物とデザートにシュークリームなどが入っていた。
それを咲が受け取る。
「あ、ありがとうございます。蓮実さん」
ううんと、首を振る蓮実。
「言ったでしょ?社長からだって」
歩に近づく蓮実は、覗き込むように話しかける。
「初めまして、歩さん」
えっと、振り向く歩は、まるで子供のようだ。
「お姉ちゃん、だ~れ?」
「お姉さんはね、はすみって言います。ほら、ここを見て」
さりげなく横に座ると胸の名札を見せる蓮実。
「蓮の実と書いて、蓮実」
「はす?」
「蓮根って知ってる?」
「穴の空いた?」
「そう、その蓮根の花が散ったあとで獲れる実なのよ」
「あゆむ、れんこん好きじゃないんだ」
「あら、そうなんだ。でも、取れ立ての実はとても美味しいのよ。今度持ってくるから、一緒に食べよっか?」
「うん、食べてみたい」
「なら、今度一緒に食べようね。あ、でもね、蓮の実って怖いのよ」
「怖い?」
うんとうなずきながら、スマホで何やら検索を始める。
「これが、蓮の実」
スマホの画面に映る蓮台を見た歩は、危うくひっくり返りそうになる。
「うええ、気持ち悪~い。目玉みたい」
あまりの気味の悪さに、身震いする歩。
「だからね、子供の頃は、よくバケモノだ~って、バカにされたのよ。蓮の実オバケってね」
こんな蓮実にも、暗い過去があるのだと知った咲は、それほど遠い人でないように思えていた。
「お姉ちゃんは、バケモノなんかじゃないよ。だって、綺麗だもん」
言われるとやはり悪い気はしない。
頬を赤くして照れている蓮実。
「ありがとう、歩くん。嬉しいな、おねえさん」
そう言われて嬉しかったのか、頭を蓮実の肩にもたれてきた。
それに答えるように、頭を乗せ返す蓮実。
すると、歩は蓮実の腕に自分の腕を絡めていた。
眠りに落ちた歩に、布団を掛ける蓮実は、柔らかな笑みを浮かべている。
こんな蓮実の様子を不思議そうに見ている恵と咲。それに気づいた蓮実が口を開く。
「私ね、こういう子を長年見てきてるから、どう接したらいいか、なんとなくわかるんだ」
恵は察しがついた。
「それって、もしかして、蓮花・・さんのこと・・ですか?」
「うん、んふっ、そう、あの子変わってたでしょ?」
なんだか、楽しそうな蓮実。
「あ、いや」
「いいのよ、その通りなんだから」
「すみません」
「謝ることないのよ。あの子は気にしない。私もね。 知的障害なの、あの子」
「知的障害? 蓮花さんがですか?」
そこまでとは、気付かなかった恵、単に変わった子だなくらいにしか思っていなかった。
「最近まで、ぜんぜん誰一人気づかなかったんだけど、あることがきっかけでね」
「あること?」
「まあ、そのことは追々ね」
深く掘り下げるつもりは、なかった恵。
「わかりました。・・・でも」
「ん?」
「言われるまで、蓮花さんて、あれで普通だと思ってました」
「恵くんの言う通り、普通なんだよ。そう思っていたら、そうなのかもしれない。そうじゃないと思えば、そうじゃないのかもしれない。結局、紙一重なんだよね」
「紙一重? 境目みたいな?」
「そうね、よく健常者と障害者なんて、分けたりするけど。そんなの関係ないんじゃないかと思うのね。蓮花でよくあったことなんだけど、人混みの中で急に大声を張り上げたり、何かで順番待ちしてたらいきなりどこかに走り出したりするんだけど、周りからしたら、なんだろ、あの子、頭おかしいんじゃない?って思う」
「うん、たまに見かけますね」
「体を揺すり続ける人、抱えた人形の頭を撫で続けながら何かブツブツ言ってたりする人、あれって、感情を制御してるらしいのね」
「へえ」
「こういう時、健常者と言われる人は、イライラしながらも制御するよね。障害者と言われる人は、それを制御するのが難しいだけなの」
「あ~、だから、大声出したりするのか」
「普通って言われる人でさえ、限界超えたらキレるでしょ?」
蓮実は笑って言う。
恵は、蓮実と話していると、心が晴れるようだった。咲もまた、同じように感じていた。
蓮実が続ける。
「精神に障害を持つ人を精神障害者。精神に異常をきたす人を精神異常者。
単に前者は、持って生まれた人もいれば、途中からそうなる人もいる。後者だって、積み重なる心境の変化でそうなった人なだけ。心のコントロールをするのが難しいだけの人たちなのよ。二つの違いがよくわからないけどね」
「はあ、言われてみれば」
「こう言う人たちを、頭がおかしいとか、気が触れてるとか、キチガイとか言うけど、だったら、釣りが好きすぎる人をよく釣りキチとか言うよね?好きが度が過ぎるとキチガイになる」
「矛盾だらけですね」
「人の心の在り方とか、こうでなければいけないなんて、そもそも基準がないのよ。例えば、極ありふれた夫婦がいるとする」
「はい」
「ある日、夫が妻を刺し殺してしまった なんて、よくあるよね?」
「ありますね」
「その夫って、どっちだと思う?健常者なのか、どうなのか」
「あ~、なるほど」
「人は、誰もがこうなり得る要素を持っているのよ。そう考えると、歩くんだって、これでいいんだって思えて来ない?だったら、普通ってなんなの?って。今の歩くんほど、純粋で素直な歩くんは、他にはいないわよ」
説得力があった。納得した。途端に歩を見る目が変わった気がした。
さっき、一城さんに見せた態度も、単なる拒否反応。イヤなものはイヤ。それだけのこと。
ほんとに、すごい人だった。
明るく振る舞いながらも、背中にどれだけのものを背負って生きてきたのかと感服させられる。
過去の歩を知っている恵と咲には、今の歩が理解出来ずにいた。
理解じゃなくて、今のままを受け入れて、それに答えてあげることが大切なのだと。
純粋で素が真っ直ぐな今の歩。
咲を見た恵は、咲の頬に涙が流れているのに気づいた。なのに、笑っている。
恵もまた、泣いているのに、心は嬉しくてたまらなかった。
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