炎のトワイライト・アイ〜二つの人格を持つ少年~

蒼河颯人

文字の大きさ
63 / 78
第四章 せめぎ合う光と闇

第六十三話 セフィロスの力

しおりを挟む
 セフィロスの傍に現れたのは、彼の右腕であるウィリディスだった。彼女は妖艶な口元にどこか余裕のある微笑みを浮かべているのだが、今はすっかり鳴りを潜めている。横一文字に引き締まっているそれを静かに動かし始めた。
 
「……ルフス。これから先はわたくしが話すわ」
 
「ウィリディス?」
 
「あなたに伝えなければと思っていたの。あなたが知らないこれまでのことを」
 
 翠玉の瞳が紅玉の瞳を真っ直ぐに見据える。
 キャラメル色の髪を持つ美女は、深呼吸して口を開いた。
 
「あの時あなたが目の前で消えるように死んで、その衝撃でセフィロスの“力”は制御不能になってしまったわ」
 
「……!」
 
「制御を失った彼の力が暴走して、ヨーク家を殲滅させるのみならず、わたくし達の貴艶石まで破壊されそうになった……」
 
 (貴艶石を破壊しかねない力……!? ) 
 
 ルフスは目を見開いた。
 それは頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
 昔手合わせをした時に、セフィロスは彼を褒め称えつついつも自分を卑下していた。口に出すことはなかったが、いつもどこか全力を出し切れてないなと薄々感じていた。てっきり全力を出さず遠慮していたとばかり思っていたのだが、どうやら思い違いがあったらしい。
 
 (そう言えば生前のマルロも言ってたな。彼の力は身体の奥深くに強く内包されている分、誰よりも威力が膨大過ぎて制御が大層難しい。精神が不安定になるとこの安定が一気に崩れる恐れがある。一度保てていた均衡が一旦崩れると安定を取り戻すのが非常に難しく、大変危険だ……と)
 
 二つ目の心臓とも言えるランカスター一族の貴艶石は、普通の刃物や弾丸といった武器では壊すことが出来ない。壊せるのはあの時自分を刺した、ヨーク家が編み出したような芍薬の宝剣位だ。それをも破壊するとは、確かに尋常な力ではない。
 
 (本当にそんな力を……? あのセフィロスが……!? )
 
 嘗て自分の貴艶石が破壊された時の感触を思い出し、ルフスは吐き気を催しそうになった。
 一瞬の激痛の後に襲われる、己が無に帰するその瞬間。
 意識ある状態で、身体中全ての細胞が一個ずつ灰化してゆくのを直視し、感じ続けるのだ。
 心臓が灰化し、完全にその動きを止めるまで――
 正直、気持ちの良いものではない。
 あの時、ヘンリー夫妻はどう感じたのだろうか。
 
 (俺のせいで……セフィロスが……壊れたのか……!? )
 
 現在の彼が体内に持つ貴艶石は、大変小さい。
 セフィロスによって静藍の体内に埋め込まれた彼の貴艶石の欠片。五年間その身体に宿っていたが、彼が覚醒して以来ただ一度として人間を吸血することがなかった為、充分な血肉を得ていない。生前、彼が常に吸血し続け、日々欠かすことなく血を与えていたそれとは無論、比べ物にならない状態だ。それでルフスの能力を生み出し、繰り出していた。今思えばよくぞここまで堪えてきたものだと改めて思う。

 もしセフィロスの力が再び暴走すれば、脆弱なそれは一秒も耐えられないだろう。胸中を焼かれるような思いがしたルフスはギリリと歯を食いしばった。
 
「わたくしがそれを放っておけると思う? “当主の監視者”であるこのわたくしが」
 
 エメラルドグリーンの瞳は、どこか悲痛な面持ちだ。
 
「あの時あなたの身体は灰化したけど、貴艶石だけは何故か形を留めていたの。辛うじてだけどね。そしてセフィロスだけには人間を吸血鬼化させ仲間を増やす能力が備わっている。だからあなたを蘇らせることに彼の意識を集中させてみることにしたの。それが彼を救う唯一の方法だと思ったし、わたくしにはそうすることしか出来なかった。わたくしだけではなく、みんなそう思っているわ」
 
 当時を思い出していたのか、ウィリディスの声はやや上擦っていた。どうして良いのか、何が最良なのか手探り状態で彼女なりにセフィロスをこれまで精一杯支えて来たのだろう。ルフスは一度目を閉じる。どこか冴えない表情だ。
 
「セフィロスの強大な力をわたくしが抑え込んでいるの。暗示をかけて人間を操ったりする程度なら今のところ大丈夫だけど、それ以上は使えないようにしているの。もしわたくしが“解除”したら誰にも止められなくなるわ。彼が再び制御を無くしたらどうなるか分からないのよ!」
 
 (セフィロスが変わってしまったのは俺のせいなのか……!?)
 
 三人の吸血鬼達の間で暫く沈黙が続いた。


 
 ※ ※ ※
 
「……そんなことがあったのですね……」
 
 ウィリディスの話しに耳を傾けていると、聞き覚えのある声が近付いて来た。
 優美はその方向へ反射的に顔を向けると、ぱっと明るい表情を見せた。腕の中の茉莉はまだ意識が戻らないのか、微動だにしない。
 
「……部長! 愛梨ちゃんも! 無事で良かった……!!」
 
 紗英と愛梨が優美達の元へと戻って歩いてきていたのだ。二人共髪は乱れ、ぼろぼろで真っ黒だったが、大きな怪我はなく元気そうだ。
 
「左京達も、もう少ししたらここに来ると思いますよぉ。随分派手にやらかして遠くまで吹き飛ばされてたみたい。でも二人共ちゃんと生きてるのを私、この目で見てますから安心してくださぁい!」
 
 口調は普段と変わらないが、声に張りがない。
 二人共複雑な表情をしていた。聞こえてきたウィリディスの話しと静藍から聞いた話しとを重ね合わせているのだろう。
 
 自分達と同じ位の年齢だった彼等が遠い昔に過酷な想いをしながら生き続けてきたのだ。
 失った仲間を探し求め、二百年以上も彷徨い続けてきた。
 希望と絶望を何度も繰り返したに違いない。
 紗英達はどう反応して良いのやら、見当もつかないのだ。
 優美の腕の中に倒れている茉莉の姿を見付けると、二人共慌てて駆け寄った。頬に手を当てたり、何も持っていない左手を握ったりしている。
 
「彼が……ルフスが彼女にかけられた術を解いてくれたらしい。俺達は彼女が目覚めるのを待ちながら、彼等を見ていた。俺達は今、この場を見守ることしか出来んな」
 
 織田が顔を上げると、三人の吸血鬼達が視線をぶつかり合わせていた。互いに掛ける言葉が見つからないのか、沈黙が続いていた。
 
 ルフスは一つ疑問があることに気付き、話題を変えた。
 視線はサファイアの瞳へと向いている。
 
「ところで、今まで“家”にこだわっていたお前は何故あの国から出てきた? 俺達を脅かす者はヨーク家以外なかった筈だし、もうあの時滅亡したのだろう?」
 
「……あの闘いは我々ランカスター家にも多大な被害を及ぼしたのだ。生き残ったのは私を含め五人のみ」
 
「……」
 
「屋敷を含め、敷地内は奴等の手により燃やし尽くされ全て灰と化していた。文字通り“全て死に絶えていた”」
 
 息を飲むルフス。自分の死後、当時の状況を今まで知る由もなかった彼は黙って相手の話しを聞くしかなかった。
 
「急に全てを失って、右も左も分からない状態。後ろ盾一つない若者五人で一体何が出来たというのだ?」
 
「……」
 
 ルフスは右手をぎゅっときつく握りしめた。その手の甲にある関節が輪を掛けて色白くなっている。セフィロスはウィリディスの左の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
 
「ウィリディス。ロセウス達の状態を見てきてくれ」
 
「え……でも……」
 
 突然自分の傍を離れる様に指示を出すセフィロスに、ウィリディスの瞳に不安の色がよぎった。右袖を握る指に思わず力が籠もる。セフィロスはその上から左手で覆うように触れた。心なしか、温もりがあるように感じた。
 
「無理しないから」
 
「……分かったわ」
 
 こくりと首を縦に振った後、ウィリディスは仲間達の元へと向かう為、高く跳躍した。目指すは煙幕のように土ぼこりが立つ場所だ。後ろ髪を引かれる思いがしたが、彼等の動向も心配だった。
 
 彼女の姿が見えなくなったところを見届けた後、セフィロスとルフスは互いに向き直った。
 
 青玉と紅玉の視線が火花を散らす。
 喪服のような黒装束と白いTシャツ。
 まるでそこだけ切り取ったかのように、二人の所だけ別の時間が流れている。
 
「……」
 
 織田達から見ると、自分達の側にいる筈のルフスがどこか別の世界にいる人物に見えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活

シン
ファンタジー
 世界中に色々な歪みを引き起こした第二次世界大戦。  大日本帝国は敗戦国となり、国際的な制約を受けながらも復興に勤しんだ。  GHQの占領統治が終了した直後、高度経済成長に呼応するかのように全国にダンジョンが誕生した。  ダンジョンにはモンスターと呼ばれる魔物が生息しており危険な場所だが、貴重な鉱物やモンスター由来の素材や食材が入手出来る、夢の様な場所でもあった。  そのダンジョンからモンスターと戦い、資源を持ち帰る者を探索者と呼ばれ、当時は一攫千金を目論む卑しい職業と呼ばれていたが、現代では国と国民のお腹とサイフを支える立派な職業に昇華した。  探索者は極稀にダンジョン内で発見されるスキルオーブから特殊な能力を得る者が居たが、基本的には身一つの状態でダンジョン探索をするのが普通だ。  そんなダンジョンの探索や、たまにご飯、たまに揉め事などの、華の無いダンジョン探索者のお話しです。  たまに有り得ない方向に話が飛びます。    一話短めです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...