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第四章 せめぎ合う光と闇

第六十四話 赤と青の繋争

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 青と赤の光芒が双方の肩から揺らめいたと思った途端、周囲に凄まじい騒音が轟いた。
 セフィロスの掌の上で青い光の塊が静かに渦を巻き始め、それが広がり始めると、一つ一つ複数の青い三日月型となった。
 それらが回転しながら眼の前に佇む銀髪の少年へと飛びかかる。
 
「……くっ……!」
 
 ルフスはそれを辛うじて避けた。
 しかし、青い三日月型の光達は仕留めそこねた対象の血を求めているかのように、執拗に追い掛けてくる。
 ヒュンと風を切る音が鳴る度に、Tシャツの袖口やらジーンズの膝に裂け傷が生まれ、その度に真っ赤な血が飛び散った。
 青い三日月によって引き起こされた爆風で、周囲に散らばる瓦礫は空へと巻き上げられてゆく。
 
 押され気味で一向に攻めてこないルフスに対し、しびれを切らしたセフィロスは静かに口を開いた。
 
「……逃げてばかりで何故返さぬ?」
 
「俺はお前を傷付けたくない」
 
「それは、私への当てこすりか?」
 
「違う!」
 
 ザクッと音が響いた途端、ルフスの右腕に熱いものが走った。赤い血が一筋線を描き、音もなく指先から滴り落ちる。 
 
「文字通りの意味だ。皮肉や嫌味じゃねぇ! あと俺が下手に返すとお前を下手に煽ってしまうからだ。これ以上下手に刺激してお前の力を暴発させるわけにはいかねぇしな……」
 
「……」
 
 混じり合う赤と青の視線
 沈みゆく太陽
 迫りくる闇
 抗うかのようなトワイライト
 それは燃え盛る炎のように揺らめいている
 
 久し振りの対峙でふとルフスの脳裏にテネブラエの風景が蘇った。
 あの時、一緒に遊ぼうと自分に対し差し伸べてきた手をすぐには取らず、自分は勝負を申し込んだ。
 セフィロスは独りぼっちであるルフスの寂しさを拭い去ろうとしてくれたのに、何故素直にその手を取らなかったのだろうか。捻くれていた過去の自分に愛想を尽かしたくなる。
 
 幼かった頃の手合わせ。
 眩しかった太陽。
 迸る汗の匂い。
 舞い散る千切れた草と土埃。
 青臭かった空気。
 全てがルフスにとって大切な思い出の一つと変わっていった。
 
 彼の小さな胸に初めて訪れた、喜びのようでいて、どこか悲しみにも似た感情。心臓の辺りが微かに痛み、それと同時にじわりと少し温かくなるような、そんな柔らかい想い。
 
 だからこそ尚更強く思わざるを得ない。
 あの時、俺が彼に会わなかったら、どうだったのだろうか?
 それでもきっと、ランカスター家はヨーク家による襲撃を避けられなかっただろう。そして、ランカスター家はきっと攻め滅ぼされ、滅亡していたに違いない。自分はそのことを知ることもなく、独りぼっちで放浪しながら乞食のような日々を送っていただろう。
 
 歴史に“もしも”は存在しない。
 だがつい考えてしまう。
 セフィロスにとって自分に出会った場合、出会わなかった場合、果たしてどちらが彼にとって良かったのだろうか?
 それは誰にも分からない疑問だ。
 
 ヨーク家の騒動に巻き込まれ、両親・恩師と次々と大切な者達を奪われ、そして自分を守る為に眼の前で大切な親友が命を落とした。そのことがセフィロスを完全に叩きのめしてしまい、現状へと繋がっている。彼を支えるウィリディス達も巻き込まれ、ずっと彼から逃れられないまま生き続けているのだ。
 
 (俺のせいでセフィロスを始めみんなが苦しい思いをしているならば、俺が何とかせねばならない)
 
 あれこれ思考を巡らせていると、セフィロスが手を下におろし、再び唇を動かしてきた。目を細め、僅かだが声に苛立ちの感情が乗っている。
 
「ところで一つ腑に落ちないことがある。お前は覚醒して以来何故吸血しようとしない……?」
 
 ルフスは伏し目がちになる。どこか申し訳無さそうな表情だ。
 
「この肉体は俺のものではないからだ。そして、誰が何と言っても俺は死者に変わりない」
 
「……」
 
「俺はもうあの時の俺じゃねぇ。先程お前は変わらねば生きてはいけないと言っていたな」
 
「ああ」
 
「二百年以上前に死んだ俺も同じだ。もうあの頃の俺はいない」
 
 少しの間静寂の時間が訪れる。
 先に静けさを破ったのはセフィロスだった。右手を静かに鳴らす仕草をする。
 
「そうか……ならば致し方ない」
 
「……否が応でもにするしかないようだな」
 
「な……!?」
 
 視野に突然長い艷やかな黒髪が入り込んだ途端、ルフスの身体に突然衝撃が走る。思いがけず腹の中にひんやりとした冷たい感覚があった。
 
「……ぐっ……!?」
 
「……無駄だと言った筈だ。彼女には術を強めに掛けておいた。不完全である今のお前に、私の術は簡単に解けぬとな」
 
 硬直したルフスにセフィロスは冷たく言い放った。
 先程までくたりと指一つ動かさなかった茉莉が、いつの間にかルフスに急接近していた。
 その表情は無表情のまま。
 俯いて見ると、ルフスの腹に大鎌の切っ先がめり込んでいた。
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