6 / 16
操り人形
しおりを挟む
(おかしい……)
王太子殿下に割り当てられた執務室で、一人首を捻る男。マリジュ公爵家の次男リオンは、王太子殿下の最近の行動が不可解で仕方ない。
ピアスが正常に働いているか確認する為に、一時的に王太子殿下についている身として、彼に何が起こったか詳しく知る必要があるが、やっぱりリオンには何も分からなかった。
とはいえ、こんな大役を仰せつかったのだから、最初から投げるわけにもいかず、リオンは対象者の観察を続ける。
わかったことは、王太子殿下には公務をする気はないと言うこと。頭が良さそうに見えるから執務室にいる時だけかけていた伊達眼鏡を最近かけていないのは、何らかの要因があること。
自分と男爵令嬢以外は取るに足らないと、侮っていた心境はいつのまにか変化があったらしい。時折、傷ついたような顔でこちらを見たり、怒りを抑えたりする仕草を見せること。
リオンがこの役目を与えられたのには訳がある。彼は人の感情を魔力の移ろいで感じることができる。魔道具によって行動がいくら制御されていても、人間ならばある程度の感情はある筈で、それを読み解く力をリオンは持っていた。
感情の揺らぎを見極めて、人付き合いをするため、彼は人当たりが良かった。唯一、公爵家長男のエリアドとは仲が良くなかったが、それは本人にとって大した苦痛にもならなかった。
妹ヴァイオレットとは仲が良い。妹は感情の揺らぎが昔からあまりない。とても素直で穏やかな子だが、最近王太子殿下が起こした事件については、とても怒っていた。
「王太子のピアス」は、一度メンテナンスの名目で作成した者の弟子が、様々な効果を付与していた。
弟子と名乗る男は、不思議な男だった。どこかで出会ったことのあるような感覚に襲われるが、彼の魔力に共鳴しただけで、知り合いではないことは理解した。
彼から発せられた感情は、怒りと愉悦と、愛で、怒りよりは愉悦が上回っていた為に害はないと判断したが、間違っていたのだろうか、とこうなった今、悩んでいる。
王太子殿下は何らかの不調を訴えているが、周りには伝わらない。伝わらないことに癇癪を起こそうとするが、行動が制限されていて、これまた伝わらない。
彼が話せた内容は、「虫が入り込んでいる。羽音がする。」「君の意見はわかった。」「耳が痛いよ。」「すまない。」
……これだけで判断するの?
リオンは、やっぱりわからない。仏頂面でただ座っているこの男のことなんて。
(何故、何も分かっていないような顔をする?)ジェイミーは、この自分のそばについている男に何度説明を試みても全く相手にされないことに腹を立てていた。さっきから聞こえる虫の羽音のような、キーンとした音も、気になるし、何よりしたいことが全く出来ないではないか。
リリスとはあの式以来会えていないことも気になる。先程廊下で出会った女は、忌々しいことに、元婚約者と同類の女だ。
腹の中は隠したつもりだろうが、浅ましさが顔に出ている。リリスのような愛らしさを持ち合わせない。リリスならジェイミーと会えば飛びついて来てくれる。嬉しい、という感情を隠すこともせずに、全身で喜びを表現する。ジェイミーは貴族令嬢に嫌悪感を持っていた為、リリスに惹かれたところがある。
先程会った人物が誰なのか深く考えもせず、決めつけていた。
ジェイミーは最近になって自分に特別な能力が生まれたことに戸惑っていた。そばにいる人物の心の声が聞こえてくるのである。それも、内容は地味に応えるものばかり。前はいちいち腹を立てていたのだが、続いてくるとそんな気力もなくなってしまった。
聞こえてきた言葉は皆、自分に対しての不満だ。
「無能の王太子ではなくて、アイリス様が残れば良かったのに。」
「頭の悪い癇癪はまだかな。」
「眼鏡に頭の良くなる効果なんてないわよ。似合ってないし、どこにアピールしてる訳?気持ち悪い。」
「コレが王太子なんて、世も末だわ。」
「どうせ傀儡の王になるなら、これぐらい頭の悪い方が良いのかしら。」
最初は勘違いかと思った。空耳で、そんなことを話していないのに、自分の耳が悪いのかと。だが、彼らの口は動いていない。
彼らの態度もおかしなことはない。ならば、何故聞こえてくるのか。何だか自分の意思で動けないばかりか、変な音まで聞こえるようになって、ジェイミーはすっかり怯えてしまった。
まるで自分自身が操り人形のように、思えた。これでは、あの女と同じではないか。……あの女がいなくなったから、対象が私に移ったのか?
見えない力に、ジェイミーはただ怯える。
(そうか……あの女も身を挺して私を守っていてくれていたのだな。)
ジェイミーの無知故の幸せな勘違いは、誰に知られることはなかった。
王太子殿下に割り当てられた執務室で、一人首を捻る男。マリジュ公爵家の次男リオンは、王太子殿下の最近の行動が不可解で仕方ない。
ピアスが正常に働いているか確認する為に、一時的に王太子殿下についている身として、彼に何が起こったか詳しく知る必要があるが、やっぱりリオンには何も分からなかった。
とはいえ、こんな大役を仰せつかったのだから、最初から投げるわけにもいかず、リオンは対象者の観察を続ける。
わかったことは、王太子殿下には公務をする気はないと言うこと。頭が良さそうに見えるから執務室にいる時だけかけていた伊達眼鏡を最近かけていないのは、何らかの要因があること。
自分と男爵令嬢以外は取るに足らないと、侮っていた心境はいつのまにか変化があったらしい。時折、傷ついたような顔でこちらを見たり、怒りを抑えたりする仕草を見せること。
リオンがこの役目を与えられたのには訳がある。彼は人の感情を魔力の移ろいで感じることができる。魔道具によって行動がいくら制御されていても、人間ならばある程度の感情はある筈で、それを読み解く力をリオンは持っていた。
感情の揺らぎを見極めて、人付き合いをするため、彼は人当たりが良かった。唯一、公爵家長男のエリアドとは仲が良くなかったが、それは本人にとって大した苦痛にもならなかった。
妹ヴァイオレットとは仲が良い。妹は感情の揺らぎが昔からあまりない。とても素直で穏やかな子だが、最近王太子殿下が起こした事件については、とても怒っていた。
「王太子のピアス」は、一度メンテナンスの名目で作成した者の弟子が、様々な効果を付与していた。
弟子と名乗る男は、不思議な男だった。どこかで出会ったことのあるような感覚に襲われるが、彼の魔力に共鳴しただけで、知り合いではないことは理解した。
彼から発せられた感情は、怒りと愉悦と、愛で、怒りよりは愉悦が上回っていた為に害はないと判断したが、間違っていたのだろうか、とこうなった今、悩んでいる。
王太子殿下は何らかの不調を訴えているが、周りには伝わらない。伝わらないことに癇癪を起こそうとするが、行動が制限されていて、これまた伝わらない。
彼が話せた内容は、「虫が入り込んでいる。羽音がする。」「君の意見はわかった。」「耳が痛いよ。」「すまない。」
……これだけで判断するの?
リオンは、やっぱりわからない。仏頂面でただ座っているこの男のことなんて。
(何故、何も分かっていないような顔をする?)ジェイミーは、この自分のそばについている男に何度説明を試みても全く相手にされないことに腹を立てていた。さっきから聞こえる虫の羽音のような、キーンとした音も、気になるし、何よりしたいことが全く出来ないではないか。
リリスとはあの式以来会えていないことも気になる。先程廊下で出会った女は、忌々しいことに、元婚約者と同類の女だ。
腹の中は隠したつもりだろうが、浅ましさが顔に出ている。リリスのような愛らしさを持ち合わせない。リリスならジェイミーと会えば飛びついて来てくれる。嬉しい、という感情を隠すこともせずに、全身で喜びを表現する。ジェイミーは貴族令嬢に嫌悪感を持っていた為、リリスに惹かれたところがある。
先程会った人物が誰なのか深く考えもせず、決めつけていた。
ジェイミーは最近になって自分に特別な能力が生まれたことに戸惑っていた。そばにいる人物の心の声が聞こえてくるのである。それも、内容は地味に応えるものばかり。前はいちいち腹を立てていたのだが、続いてくるとそんな気力もなくなってしまった。
聞こえてきた言葉は皆、自分に対しての不満だ。
「無能の王太子ではなくて、アイリス様が残れば良かったのに。」
「頭の悪い癇癪はまだかな。」
「眼鏡に頭の良くなる効果なんてないわよ。似合ってないし、どこにアピールしてる訳?気持ち悪い。」
「コレが王太子なんて、世も末だわ。」
「どうせ傀儡の王になるなら、これぐらい頭の悪い方が良いのかしら。」
最初は勘違いかと思った。空耳で、そんなことを話していないのに、自分の耳が悪いのかと。だが、彼らの口は動いていない。
彼らの態度もおかしなことはない。ならば、何故聞こえてくるのか。何だか自分の意思で動けないばかりか、変な音まで聞こえるようになって、ジェイミーはすっかり怯えてしまった。
まるで自分自身が操り人形のように、思えた。これでは、あの女と同じではないか。……あの女がいなくなったから、対象が私に移ったのか?
見えない力に、ジェイミーはただ怯える。
(そうか……あの女も身を挺して私を守っていてくれていたのだな。)
ジェイミーの無知故の幸せな勘違いは、誰に知られることはなかった。
121
お気に入りに追加
271
あなたにおすすめの小説
覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。
華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。
王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。
王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
形だけの妻ですので
hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。
相手は伯爵令嬢のアリアナ。
栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。
形だけの妻である私は黙認を強制されるが……
【完結】高嶺の花がいなくなった日。
紺
恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。
清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。
婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。
※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。
〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。
藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。
但し、条件付きで。
「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」
彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。
だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全7話で完結になります。
夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~
小倉みち
恋愛
元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。
激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。
貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。
しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。
ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。
ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。
――そこで見たものは。
ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。
「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」
「ティアナに悪いから」
「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」
そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。
ショックだった。
ずっと信じてきた夫と親友の不貞。
しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。
私さえいなければ。
私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。
ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。
だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。
「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる