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感傷と幸せと
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アイリスは、勉強が嫌いではなかった。寝る間も惜しんで知識を得る必要があったかは疑問だが、知らないことを知るのは単純に楽しかった。
彼女が苦痛だったのは、外野の音だ。虫の羽音のように小さくて、でも確実に神経を削っていく。幼い自分にわざわざ会いに来て嫌味をいうなんて、随分やることがないのだな、と冷めた目で見ていても、相手は少ない語彙力で彼女を言い負かそうとしてきた。
彼らの負の感情を自分が引き受ける代わりに、ジェイミーが悪意の下、純粋培養されていくのを、当時はただ黙ってみていた。彼ほど素直で騙されやすいなら、いつでも挽回は可能だと思っていた。
彼には何かを成そうとする勇気も行動力もないのだし。実際には本人に何もなくても、周りが放っておくわけもなく、リリスみたいなのが現れてしまったのだが。
彼女のような短絡的な人は、今までの人生で、アイリスは初めてお目にかかった。淑女教育の初歩……貴族令嬢なら茶会デビューまでに履修しておかなければならない初歩すら、習ったことのないような姿に、アイリスは絶句した。念の為調べてみると、アルストン男爵家はきちんと教育を施した後だった。
だから、彼女があんな態度なのは、敢えての行為だった。彼女からすれば、アイリス含め高位貴族、ひいては王家は敬わなくて良い対象という意味になる。彼女は学園の理念を履き違えた勘違い娘だが、これは下位貴族や身分の下の者に敬われて当然だと思い込んでいた自分の価値観を覆えすほどの衝撃を与えられた。
彼女は王家に入り、中から改革を推し進める気なのかもしれない。彼女のいう、皆が平等な世界は、今とは違う景色を見せてくれるのだろう。
とはいえ、淑女教育は、貴族に生まれた者の義務。王太子もずっと逃げ回っていた王太子教育のやり直しをせねばならず、それが少しでも楽になるようにと、イーサンが骨を折ってくれた。
彼は王家から預かった「王太子のピアス」に、アイリスの勉強法を付与しておいた、と言う。アイリスは確かに勉強は大変で独自の勉強法を編み出した話をしたけれど、それがジェイミーの役に立つかはわからない。お恥ずかしながら、ちょっと淑女としてははしたないと思う行為だからだ。
ずっと同じ場所で同じ姿勢で過ごしていると、体が固まり、緊張して、何らかの不調が出てくる。当時のアイリスの教育係が眉を顰める行為でも、アイリスにとっては有効な勉強方だ。
王妃教育には護身術やら体術もある。これは何かあった時に自分の身と、王太子を護る為のものだ。
幼いアイリスが初めに取り組んだのは体力作りだ。運動の掛け声に、覚えたばかりの言語を使えば、すぐに覚えられたことから、アイリスが鍛錬中に変わった言葉を発するのは一部で話題となったものだ。ただ、鍛錬する場所を借りている、周りの人も、彼女の状況はわかっていたので、見て見ぬふりをしてくれていた。
アイリスは体を動かすことも、好きだった。体の小さな少女でも、大の男と戦える術を学ぶことは単純に驚きと、爽快感を味わえる。
こうして考えると、学んだこと自体は、アイリスの血肉になって、自分の為になっている。
それが何だか腹立たしい。
アイリスはイーサンが何を考えているかわかったつもりになっていたことを知る。勉強は楽しかったけれど、無神経な王太子には地味に神経を削られた。
彼ら、王家に感謝するのは、アイリスを公爵家に戻してくれたことだけ。アイリスは人生で初めて幸せを感じている。ただし、その為にしなくても良い苦労をしたいとは思わない。
チェルティ公爵家の手の者は、王家に多数入り込んでいる。彼らからの報告をアイリスは楽しみにしている。さあ、今日は何をして楽しませてくれるのか、と。
彼女が苦痛だったのは、外野の音だ。虫の羽音のように小さくて、でも確実に神経を削っていく。幼い自分にわざわざ会いに来て嫌味をいうなんて、随分やることがないのだな、と冷めた目で見ていても、相手は少ない語彙力で彼女を言い負かそうとしてきた。
彼らの負の感情を自分が引き受ける代わりに、ジェイミーが悪意の下、純粋培養されていくのを、当時はただ黙ってみていた。彼ほど素直で騙されやすいなら、いつでも挽回は可能だと思っていた。
彼には何かを成そうとする勇気も行動力もないのだし。実際には本人に何もなくても、周りが放っておくわけもなく、リリスみたいなのが現れてしまったのだが。
彼女のような短絡的な人は、今までの人生で、アイリスは初めてお目にかかった。淑女教育の初歩……貴族令嬢なら茶会デビューまでに履修しておかなければならない初歩すら、習ったことのないような姿に、アイリスは絶句した。念の為調べてみると、アルストン男爵家はきちんと教育を施した後だった。
だから、彼女があんな態度なのは、敢えての行為だった。彼女からすれば、アイリス含め高位貴族、ひいては王家は敬わなくて良い対象という意味になる。彼女は学園の理念を履き違えた勘違い娘だが、これは下位貴族や身分の下の者に敬われて当然だと思い込んでいた自分の価値観を覆えすほどの衝撃を与えられた。
彼女は王家に入り、中から改革を推し進める気なのかもしれない。彼女のいう、皆が平等な世界は、今とは違う景色を見せてくれるのだろう。
とはいえ、淑女教育は、貴族に生まれた者の義務。王太子もずっと逃げ回っていた王太子教育のやり直しをせねばならず、それが少しでも楽になるようにと、イーサンが骨を折ってくれた。
彼は王家から預かった「王太子のピアス」に、アイリスの勉強法を付与しておいた、と言う。アイリスは確かに勉強は大変で独自の勉強法を編み出した話をしたけれど、それがジェイミーの役に立つかはわからない。お恥ずかしながら、ちょっと淑女としてははしたないと思う行為だからだ。
ずっと同じ場所で同じ姿勢で過ごしていると、体が固まり、緊張して、何らかの不調が出てくる。当時のアイリスの教育係が眉を顰める行為でも、アイリスにとっては有効な勉強方だ。
王妃教育には護身術やら体術もある。これは何かあった時に自分の身と、王太子を護る為のものだ。
幼いアイリスが初めに取り組んだのは体力作りだ。運動の掛け声に、覚えたばかりの言語を使えば、すぐに覚えられたことから、アイリスが鍛錬中に変わった言葉を発するのは一部で話題となったものだ。ただ、鍛錬する場所を借りている、周りの人も、彼女の状況はわかっていたので、見て見ぬふりをしてくれていた。
アイリスは体を動かすことも、好きだった。体の小さな少女でも、大の男と戦える術を学ぶことは単純に驚きと、爽快感を味わえる。
こうして考えると、学んだこと自体は、アイリスの血肉になって、自分の為になっている。
それが何だか腹立たしい。
アイリスはイーサンが何を考えているかわかったつもりになっていたことを知る。勉強は楽しかったけれど、無神経な王太子には地味に神経を削られた。
彼ら、王家に感謝するのは、アイリスを公爵家に戻してくれたことだけ。アイリスは人生で初めて幸せを感じている。ただし、その為にしなくても良い苦労をしたいとは思わない。
チェルティ公爵家の手の者は、王家に多数入り込んでいる。彼らからの報告をアイリスは楽しみにしている。さあ、今日は何をして楽しませてくれるのか、と。
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