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小学生編

Brand New Day 6

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 駆けつけてくれた兄さんにいっくんを託し、オレは助産師さんの指示を仰ぎ、エプロンやキャップ、マスクをつけて分娩台へ入った。

「すみれ、待たせたな」
「潤くん……っ、陣痛来てるの、子宮口も開いてきたって……」
「ごめん、今まで一人にさせて」

 すみれの手をギュッと握ってやると、汗ばんでいた。

「こんなに汗をかいたのか」
「あっ、痛っ……陣痛って容赦ないわね。二度目なのに……忘れていたわ」
 
 すみれさん、ここまでひとりで必死に頑張ってくれてありがとう。

「この先はオレも一緒に頑張るよ」
「あ、いっくんはどこ? あの子を今、一人にしちゃ駄目、私はいいから、いっくんを」
「分かってる。さっきまでずっとオレと一緒だったよ。そうしたら兄さんたちが駆けつけてくれたんだ」
「え? 瑞樹くんたちが? あっ……痛いっ」
「大丈夫か! 」

 陣痛の波の間に、オレは今の状況を説明した。

 いっくんは今、兄さんたちと一緒にいる。

 芽生坊と楽しく遊んでいる。

 今は寂しくない状況だ。

 そう伝えると、すみれは心から安堵していた。

「よかった、いっくん……いっくん、あの子に寂しい思いだけはさせたくなくて」
「オレもだ! いっくんは本当に大事な存在だ。オレの息子だ!」
「ありがとう、潤くん」

 必死にすみれの手を握り、飲み物を飲まし、汗を拭いてやった。

「陣痛間隔2-3分、子宮口8cmです。あと少しです。旦那さんこの辺りをぐっと押してあげてください」
「は、はい!」

 陣痛に必死に耐えるすみれの腰を押してやる。

 必死にそれを繰り返していると、陣痛の感覚が更に短くなり、ついに「全開です」と合図がかかる。

 そこから分娩台があがり、足を大きく開いて出産の準備に取りかかる。

 オレは緊張と動揺で目眩がしそうになったが、すみれが頑張っているのだからと踏ん張った。

 母は、こんな痛い思いをして赤ちゃんを産むのか。

 赤ちゃんは母に命をかけて産んでもらうのか。

 今日……立ち会えてよかった。

 この苦しみ、痛み、すべてを乗り越えて出逢う命の尊さよ。

 一つの小さな命が誕生するには、どれだけの苦労を伴うか。

 産みの苦しみに、オレもすみれと向き合うことが出来た。

 すみれと夫婦の一体感が更に生まれた。

 すみれだけに任せずに、一緒に見届けることが父親として大切な一歩。

 生まれてくる子の父親としての自覚も持てる。

 そして、かつて……お腹の子の父親を見送って……たった一人で陣痛を乗り越えていっくんを産んだすみれが愛おしくて愛おしくて、オレは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、エールを送り続けた。

「会陰切開します。赤ちゃんの頭が見えてきましたよ。髪の毛もふさふさで可愛いですよ、さぁお母さん頑張って!」
「はぁ、はぁ」
「すみれ、頑張ろう!」
「潤くんと一緒に産むわ!

 強い意志で、すみれがいきむと……

  ずるっとした音がして……

 オギャー オギャーと産声が!

「男の子ですよ。お父さん、お母さん、おめでとうございます」

 白い紙に包まれた赤ちゃんがすみれの胸元に乗せられた。

 小さな小さな赤ん坊だ。

「赤ちゃん……無事?」
「あぁ男の子だって」
「いっくんの弟になるのね」
「そうだ、いっくんの弟が生まれた」
「潤くん、ありがとう。すごく心強かった」
「オレもありがとう。頑張ったな」

 赤ちゃんは男の子だった。

「名前は、予定通り『槙』でいいか」
「しっくりくるわ」
「そうだな」

 槙、この世にやってきてくれてありがとう。

 オレたちの家族になってくれて、ありがとう。

「いっくんに早く見せてあげたい」
「あぁ、連絡してくるよ」
「うん、おねがい、いっくんに会いたい」


****

「それー」
「しょれ」
「わぁ、いっくん本当に上手になったね」
「えへへ、パパのおかげでしゅ」

 一旦立ち止まって、二人が笑顔で会話をする。

 いっくんは、さっきまでの不安そうな様子から一転して、今は芽生くんと遊んでもらえることに夢中になっている。

 頬を薔薇色に上気させて、目を輝かせている。

「いっくんのパパ、かっこいいもんね」
「めーくんのパパもかっこいいでしゅ。みーくんはやさちいし」
「うん! ありがとう。さぁもう1回あそぼ!」
「あい!」

 いっくんと芽生くんがまた駆けだしていく。

 その背中にはやっぱり今日も白い羽が生えているようだ。

 二人の会話を聞いていると、僕の心もポカポカだよ。

「瑞樹、野原はいいな」
「はい、病室だったら、こんなに凪いだ気持ちでは待てなかったです」
「俺もだよ、出産ってドキドキするよな。兄の時も大変だったし」
「あれは本当に僕たちも頑張りましたよね」
「なんだか少し前のことなのに、懐かしいな」
「えぇ」

 誰もいない原っぱの大きな木陰で、僕と宗吾さんは肩を寄せ合い、微笑みあった。

 いっくんの涙で濡れたシャツも、おひさまがカラカラに乾かしてくれる。

 今日は、とても上天気だ!

「お兄ちゃん-」
「そうくーん、みーくん」

 二人が僕たちの元に戻って来る。

 あれ? 

 もう一人後ろに可愛い男の子が走ってくるよ。

 小さな頃の潤に似ている。

「宗吾さん、あの子は誰でしょう?」
「え? 誰もいないよ」
「あ! じゃあ」
「生まれたか」
「だと思いますます」

 荷物をまとめて病院に戻ろうと歩き出した所で、また潤からの電話。

 今度はとても落ち着いた声だった。

 父親の声だった。

「兄さん、さっき無事に生まれた。男の子だよ」
「潤……潤……頑張ったな」
「頑張ったのは、すみれだよ」
「潤も頑張った。しっかり付き添って誕生の瞬間を見守れた」
「あぁ……兄さんのおかげで立ち会いが出来たんだ。ありがとう。見に来てくれ。いっくんにも早く会わせてあげたい」
「行くよ、今すぐ行く。もう向かっている」

 僕の声は、どんどん上擦っていく。

 視界がいつか見た景色のように……水彩画のように……美しく滲んでいく。

「兄さん、泣いて?」
「ぐすっ、だって嬉しくて……潤、じゅーん、本当におめでとう!」


 

 
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