上 下
1,358 / 1,730
小学生編

幸せが集う場所 32

しおりを挟む
「あら!」
 
 炬燵に入ってのんびり編み物をしていると、胎動を感じた。

「どうしたの?」

 そっと丸くなったお腹に手をあてると、小さな足が伸びる動きを感じた。

「ふふっ」

 トントンとお腹をノックすると、トントンと返事があった。

 私の問いかけに反応する可愛い動きに、思わず笑みが溢れた。

「今日も元気で良かった!」

 今日はひとりで留守番をしているけれども、少しも寂しくないのは、この子がいるお陰ね。

 いっくんと潤くん、今頃何しているかな?

 ちゃんと楽しめているかしら?

 いい子にしているかしら……

 いっくんはいつもいい子だった。いい子過ぎて心配になるほど、聞き分けが良くて、いつも私を小さな体で精一杯支えてくれた。

 いっくんがいてくれたから生きて来られた。

 いっくんは、あの人が遺してくれた天使――

 寝る支度をしていると、潤くんから電話があった。

「菫、無事か」
「ふふっ、無事よ」
「よかった! 体調はどうだ?」
「元気よ、いっくんはいい子にしてる? 誰にも迷惑かけてない?」

 あ、いけない! まだ以前の癖が抜けないのね、私……

 周囲にダンナさんを亡くして女手一人で乳飲み子を育てられるのか心配ばかりされて、段々その心配が重荷になって強がって、いっくんには『いい子』でいることを押しつけてしまった。

「いっくんは思いっきり楽しんでいるよ。小さな我が儘も言ってくれて嬉しかった」
「ほんと?」
「菫……あのさ、俺たちの子は可愛いな」

 潤くんのしみじみとした声を聞いて、涙が出そうになった。

 高齢の両親にとって、いっくんは大切な孫ではあったけど心配の種でもあったので、こんなにしみじみと純粋に可愛いと言ってもらえることはなかったから。

「うん、私たちの子だもの!」
「今、いっくんにかわるよ」

 すぐに弾んだ声が聞こえた。

「ママぁ~ ママぁ~」
「いっくん、楽しそうね!」
「いっくんね、ママにおはなしいたいこといっぱいあるの。あのね、いっくんね、カルタとれたの!」
「わぁ、すごい!」
「えへへ、「わ」っていいね」

 わ……?

 和かな? それとも?

「うん、和っていいわよね。輪もいいわ」
「みーんな、いっくんにやさしいの。だからいっくんもね、やさしいおにーちゃんになりたいな」
「いっくん……いっくんはおにいちゃんになっても、ずっとパパとママの大事な子よ」
「……うん、うん、うれちい。ママぁ、さみしくない?」

 びっくりした。いっくんがそんなこと言ってくれるなんて。

「いっくんの声を聞けたから元気よ」
「あのね、パパのひみつおしえてあげるね。たのしみにしていてね、いっくんのパパはしゅごいんだよ」
「うんうん、楽しみにしているね」

 可愛い電話だった。

 いっくんとこんな風に電話をするのは初めてで、息子の成長を感じる一時だった。

「菫、明日にはお土産を持って帰るよ。気をつけて」
「うん、ゆっくりしてるわ。今日は胎動をいっぱい感じて幸せなの」
「そ、そうか!」

 潤くんの嬉しそうな声も、心の栄養になるわ。

 ひとりなのに、少しも寂しくないの。

 不思議ね、

 胸がぽかぽかしてくる。

 優しさで包まれているようで。

「いい夢を」
「潤くんもね」

****

「お兄ちゃん、おやすみなさい」
「芽生くん、おトイレに行った? 歯磨きはした? あと、これ水筒。夜中に喉が渇いたら飲むんだよ。えっと……あとは」

 芽生くんが潤の部屋に泊まるというので、僕はあたふたしていた。

「お兄ちゃん、ありがとう! トイレも歯磨きもしたよー」
「そうか、じゃあ……」

 しゃがんで目線を揃えると、芽生くんが満面の笑みで手を広げてくれたので、僕はギュッとハグしてあげた。

「おやすみ、芽生くん」
「おやすみ~ お兄ちゃん、パパ-」
「くすっ、パパは酔っ払いさんだね」
「うーん、だいじょうぶかな?」

 宗吾さんはかなり流さんに飲まされたようで、布団の上で大の字だ。

「……たぶんね」
「お兄ちゃん、パパのことよろしくおねがいします」
「芽生くんってば、はい、しっかりお守りします」
「えへへ」
「くすっ」

 そこにトコトコといっくんが駆けてくる。

 その後ろから潤が追いかけて……

「いっくん、パンツ、忘れているぞ」
「あー! いっくん、すーすーしてる」
「ふふっ、いっくん、楽しそう」
「あぁ、興奮しているみたいでさ」
「今日は疲れただろうから、横になったらコテッと寝てしまうだろうね」

 芽生くんにくっつくいっくんが可愛すぎて、潤と一緒に目を細めた。

「めーくんとおててつないでねむりたいなぁ」
「いっくん、ボクもそうしようとおもってた」
「わぁ~ めーくん、めーくん、めーくん!」
「はは、いっくん、いっくん」

 お互いの名前を呼び合うだけで、嬉しいんだね。

 いい関係だね。

「兄さん、じゃあ部屋に連れて行くよ。芽生坊のことは任せてくれ」
「うん、潤もゆっくり休んで」
「兄さんも、今日は……案外よく眠れそうだな」

 潤は既に眠っている宗吾さんを見て笑った。

「そうだね」

 潤が子供たちと手を繋いで歩いていくのを、和やかに見送った。

 

 賑やかで楽しい1日だった。

 目に映るもの全てが、キラキラしていた。

「宗吾さん、もう寝てしまったのですか……」

 眠っている宗吾さんの横に、僕の布団を寄せた。

 そして宗吾さんに寄り添うように身を寄せて、目を閉じた。

 宗吾さんの鼓動を感じるほど近くにいる。

 ただ、それが嬉しくて――

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異端な俺を愛してくるヤンキー達!

翠星
BL
ある日、人間ではなくなり不老不死となってしまった神条天。120年もの間政府の殺し屋として生きていたが上から一般社会を知るためにも高校生として生活をしろと命令を下される。 ーーー高校へ向かうとなんとそこはヤンキー高校だった…  魔法などが使える自分を異端だと思い人と関わらないようにしていたが… ※初めてなのでどうか広い心で読んでほしいです。 ※ノリと勢いで書いてます。 ※少しR18あります。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

#ツインテールな君

羽川明
恋愛
男女二人の日常を描いたラブコメになります。 ときにはシリアスな回もありますが、全体的にはゆったりまったり見られる内容となっておりますので、気軽に読み進めていただければ幸いです。 ツイッター上でも連載していますので、こちらもぜひよろしくお願いします↓ http://twitter.com/@akira_zensyu

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

あなたとの離縁を目指します

たろ
恋愛
いろんな夫婦の離縁にまつわる話を書きました。 ちょっと切ない夫婦の恋のお話。 離縁する夫婦……しない夫婦……のお話。 明るい離縁の話に暗い離縁のお話。 短編なのでよかったら読んでみてください。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...