重なる月

志生帆 海

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第9章

花の咲く音 14

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 温かい湯気が頬にあたり、ふわふわと心地良かった。湯の中で海月のようにゆらゆらと躰が浮遊している感覚だった。

 うっすらと目をあけると、俺は真っ裸で湯船の中にいた。見回すとすぐに分かった。ここは寺の一角にある※宿坊だ。(※主に仏教寺院などで僧侶や参拝者のために作られた宿泊施設)

 宿坊を兼ねた風呂場は、普通の家庭のものよりもかなり広かった。一体何故俺はここに?

 この風呂は普段使っていないはずなのに。

 俺を支えるように胸元にまわる逞しい腕は丈のものだった。途端にほっとした。良かった。俺はちゃんとまたこの腕の中に戻って来られた。

「んっ……」
「洋、やっと目覚めたか」
「あっ俺っ滝で」
「まったく、また勝手なことをして」
「丈……」
「もう心配をこれ以上かけるな」

 丈が俺の首元に甘えるように顔を埋めてきた。
 そうだ。あの滝つぼに落ちて、川底に吸い込まれそうになって……

 あの青年は、確かに夕凪だった。俺と同じように溺れそうになっていたんだ。

 俺は彼を救えたのだろうか。それにしても何故あんなにタイミングよく丈が来てくれたのだろう?

「丈、なんで俺があそこにいるって分かった? 」
「実はあの着物と一緒に手紙が保管されていたそうだ。翠兄さんから私がそれを預かっていた」
「手紙って、まさか夕凪から? 」
「そうだ」
「そこには何て? 」
「こう書いてあったよ…」

……
大事な日の朝、大事な人が滝で溺れる。
必ず手を掴んで、救って欲しい。

彼のことは叱らないで。
何故なら彼は俺を助けるために飛び込んだのだから。
彼がいなかったら俺は助からなかった。

君たちの大事な日を汚してしまってすまない。
せめてものお礼とお詫びを兼ねてこの着物を彼に贈る。

俺と瓜二つの彼との縁。
今ははっきりとは分からないが、俺にとって大事な存在だということだけは分かった。
……

「本当にそんなことが」

 驚いた。俺が滝に落ちたのは偶然じゃなくて必然だったのか。

「洋、もう具合はどうだ? 」
「あぁもうすっきりした。そんなに長い時間じゃなかったのか。俺が溺れたのは」
「そうだ一瞬だった。だがこの手紙がなかったら大変なことになった」
「そうか随分長い時間に感じたけれども……溺れた割には躰にダメージが少ないから、確かに短時間だったのかもしれないな」

 躰はもう重くなかった。

 確かめるように身じろぎすると、丈の腕が俺の乳首を掠め、くすぐったいような気持良いような気持が、じんと込み上げて来た。丈もそれを察したのか、まわしていた腕を緩め、手のひらで胸を撫でまわしてくる。

 薄く大きな丈の手が好きだ。男らしいのに真っすぐ伸びていて関節までもとても美しい。その手で躰を撫でられると、ぞくぞくとした感覚が一気に駆け上がって来る。

「丈っ駄目だ。まだ朝だし……ここは風呂だし」
「洋は心配だけかけさえておいて、助けた褒美をくれないのか」
「ほっ褒美って? 」
「朝食をまだ食べていない」
「えっ」

 何を言わんとしているのか、すぐに分かった。

「ここで? 」
「いいか」

 そんな風に言われたら断れるはずないじゃないか。俺を助けてくれた君に、今すぐ抱かれたいのは俺だって同じだから。

「しょうがないな……一度だけだぞ。負担になるから」
「分かった」

 俺は湯の中でふわりと抱きかかえら両足を広げられ、丈に跨った。

 背後から丈の手が伸びて来る。

 胸へ……尻へ……せわしなく。
 でも撫で方はどこまでも優しく。
 やがて掴むように激しく。

 顎を掴まれ、横を向かされると熱い口づけをされる。あの岩場で吹き込んでもらった命の灯は、今は俺の中で生きている。


「心配したぞ。洋に何かあったら……そう思うと怖くなる」

「ごめん……でも……逢えたんだ、久しぶりに洋月に。それからヨウ隊長の気配も感じた。皆、幸せそうだった。幸せだから、きっと俺のことを心配して、駆けつけてくれたのかもしれないな。幸せになるって凄いことだな。人のことをこんなにも考えられるようになるなんて……何かをしてあげたくなるなんて」

「そうか、良かったな。洋が幸せなら私も幸せだ」

 石鹸をつけた指先が窄まりに潜り込む頃には、もう逆上せそうな程、俺の躰は上気してしまっていた。

「よく湯でほぐれたな」
「ん……」

 指先がすっと入っていく感触に身震いしてしまう。痙攣するように震える躰は、丈を待っている。

「丈、もう来てくれ」

 ずんと貫かれる。
 繋ぎとめられる。
 一つになっていく。

 そうだ。この感覚が好きだ。

 俺は一人じゃない。そう実感できる。
 丈と共にいると感じられる瞬間。

 こんな瞬間は、丈以外とは共有できないものだから。

「ああっ……あっ…んっ…ん」

 小刻みに揺さぶられると気持ち良くてお湯に溶けてしまいそうで、涙が滲むほどだった。

「んっ……ん…」

 共にいこう。
 君と、どこまでも。

 そんな満ち足りた気持ちで躰が埋め尽くされていく。
 大事な日の朝の出来事。

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