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第9章
花の咲く音 15
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「じょ……う、もう……のぼせそうだ」
朝っぱらからこんな場所で、こんな淫らに洋を抱くなんて、そう思うのに止まらなかった。
洋の息も絶え絶えな声で、やっと我に返った。大人げないと思うのに一度でやめてやれなかった自分が情けない。
「洋……悪かった」
今日はこれからが大事な時間なのだから、疲れさせてはいけないと分かっていたのに。私の腕の中で頬を赤く染め、震える洋の相変わらず細い躰を抱きしめた。息を整えた洋が私のことを少しだけ恨めし気に見つめた後、花が咲くように可憐に笑ってくれた。
「まったく丈は……ほらっもうあがらないと、変に思われるだろ」
「そうだな。あがろう」
脱衣場に洋を立たせ、丁寧に体を拭いてやる。滝つぼに落ちた時に怪我したのではと心配になったが、不思議なことにベルベットのように滑らかな肌には、掠り傷一つついていなかった。
「良かった。怪我していないな」
「うんそうみたいだな。でも不思議だ……きっと守ってもらたんだよ」
本当にそう思う。
今朝からの慌ただしさを思い返すと、やっとほっと一息つけた心地だ。
****
「おい丈、起きろ!この手紙を見てくれ!」
「ん……流兄さん?一体なんですか、こんな朝早くから」
着物のたとう紙の間に挟まっていた夕凪からの手紙の存在に偶然気付いた兄が、慌てて部屋に駆け込んできた時には、もう洋はいなかった。
「手紙に書いてある滝とは?」
流兄さんと顔を見合わせた。流兄さんは少し考え巡らせた後、衣紋掛けにかけてある着物を見て、はっとした表情になった。
「丈っ滝なら裏山の奥にある。この前洋くんにこの花が何処に咲いているのか聞かれて……もしかしてその白い花を探しに行ったのかもしれないぞ」
二人で大声で話していると、涼くんも飛び起きて来た。
「洋兄さんに何かあったの?洋兄さんは何処ですか」
寝起きの顔のまま驚いていた。
「とにかく早く洋兄さんの所へ急ごう!」
この寺の敷地に滝なんてあったのか。私は本当にこの寺に無関心なまま学校の寮へ入ってしまったので、裏山がどうなっているかなんて知ろうともしなかったことを後悔した。
「丈、俺について来いっ」
流兄さんの後ろを走った。涼もそのすぐ後ろを走っている。竹林の中、笹の葉を蹴散らかし、一目散に滝へ向かった。
目の前にようやく滝が見えた瞬間、空から洋が降って来た。大きな水音を立てて滝つぼの中に沈んでいく姿を見た時、心臓が止まるかと思った。そこからの記憶がおぼろげだ。手を必死に伸ばしたことは覚えているが、もう次の瞬間には洋を引き上げていた。
時空が揺れたのか……何かが起きた余韻のような空気だけが残っていた。
水を含んでぐっしょりと濡れた洋の躰は、とても重たかった。
でもそれは生きている証、私のもとに戻って来てくれた事実だった。
洋はもうどこにも行かせない。
過去にも未来にも、一人では行かせない。
一緒に時を刻む相手なんだ。
****
丈が風呂上がりの俺の躰を、丁寧にタオルで拭いてくれている。躰の部位を一箇所ずつ厳しい目で確認され、まるで病院で診察されているような気分になってしまった。
なんだか子供みたいで恥ずかしいが、大人しく身を委ねることにした。丈は俺が無事かどうかをその手でその目で確かめたいのだ。さっきからその手が停まっては、また動くことを繰り返している。
「丈……大丈夫だ。もう自分で拭けるよ」
「あっああ悪い。とにかく怪我がなくてよかった。そう言えばこのまま着物の着付けをすると流兄さんが言ってたから、呼んで来るよ。洋はそのまま待っていろ」
「えっそうだったのか」
そう言い終えた途端、脱衣場の木の扉の向こうから控えめな咳払いが聴こえた。
「りゅ……流さんいつからそこに?」
「あーコホンっ、もういい加減入っていいかな」
今までの会話、更には風呂場での情事を聞かれていたのではと思うと、躰がかっと火照った。
朝っぱらからこんな場所で、こんな淫らに洋を抱くなんて、そう思うのに止まらなかった。
洋の息も絶え絶えな声で、やっと我に返った。大人げないと思うのに一度でやめてやれなかった自分が情けない。
「洋……悪かった」
今日はこれからが大事な時間なのだから、疲れさせてはいけないと分かっていたのに。私の腕の中で頬を赤く染め、震える洋の相変わらず細い躰を抱きしめた。息を整えた洋が私のことを少しだけ恨めし気に見つめた後、花が咲くように可憐に笑ってくれた。
「まったく丈は……ほらっもうあがらないと、変に思われるだろ」
「そうだな。あがろう」
脱衣場に洋を立たせ、丁寧に体を拭いてやる。滝つぼに落ちた時に怪我したのではと心配になったが、不思議なことにベルベットのように滑らかな肌には、掠り傷一つついていなかった。
「良かった。怪我していないな」
「うんそうみたいだな。でも不思議だ……きっと守ってもらたんだよ」
本当にそう思う。
今朝からの慌ただしさを思い返すと、やっとほっと一息つけた心地だ。
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「おい丈、起きろ!この手紙を見てくれ!」
「ん……流兄さん?一体なんですか、こんな朝早くから」
着物のたとう紙の間に挟まっていた夕凪からの手紙の存在に偶然気付いた兄が、慌てて部屋に駆け込んできた時には、もう洋はいなかった。
「手紙に書いてある滝とは?」
流兄さんと顔を見合わせた。流兄さんは少し考え巡らせた後、衣紋掛けにかけてある着物を見て、はっとした表情になった。
「丈っ滝なら裏山の奥にある。この前洋くんにこの花が何処に咲いているのか聞かれて……もしかしてその白い花を探しに行ったのかもしれないぞ」
二人で大声で話していると、涼くんも飛び起きて来た。
「洋兄さんに何かあったの?洋兄さんは何処ですか」
寝起きの顔のまま驚いていた。
「とにかく早く洋兄さんの所へ急ごう!」
この寺の敷地に滝なんてあったのか。私は本当にこの寺に無関心なまま学校の寮へ入ってしまったので、裏山がどうなっているかなんて知ろうともしなかったことを後悔した。
「丈、俺について来いっ」
流兄さんの後ろを走った。涼もそのすぐ後ろを走っている。竹林の中、笹の葉を蹴散らかし、一目散に滝へ向かった。
目の前にようやく滝が見えた瞬間、空から洋が降って来た。大きな水音を立てて滝つぼの中に沈んでいく姿を見た時、心臓が止まるかと思った。そこからの記憶がおぼろげだ。手を必死に伸ばしたことは覚えているが、もう次の瞬間には洋を引き上げていた。
時空が揺れたのか……何かが起きた余韻のような空気だけが残っていた。
水を含んでぐっしょりと濡れた洋の躰は、とても重たかった。
でもそれは生きている証、私のもとに戻って来てくれた事実だった。
洋はもうどこにも行かせない。
過去にも未来にも、一人では行かせない。
一緒に時を刻む相手なんだ。
****
丈が風呂上がりの俺の躰を、丁寧にタオルで拭いてくれている。躰の部位を一箇所ずつ厳しい目で確認され、まるで病院で診察されているような気分になってしまった。
なんだか子供みたいで恥ずかしいが、大人しく身を委ねることにした。丈は俺が無事かどうかをその手でその目で確かめたいのだ。さっきからその手が停まっては、また動くことを繰り返している。
「丈……大丈夫だ。もう自分で拭けるよ」
「あっああ悪い。とにかく怪我がなくてよかった。そう言えばこのまま着物の着付けをすると流兄さんが言ってたから、呼んで来るよ。洋はそのまま待っていろ」
「えっそうだったのか」
そう言い終えた途端、脱衣場の木の扉の向こうから控えめな咳払いが聴こえた。
「りゅ……流さんいつからそこに?」
「あーコホンっ、もういい加減入っていいかな」
今までの会話、更には風呂場での情事を聞かれていたのではと思うと、躰がかっと火照った。
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