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第77話 〜正に理想やわ〜

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 金子さんは軍手をはめて里芋を新聞紙の上に置くと、先に土と毛を払うてから包丁で皮を剥いていく。軍手はめたまんまやとやりにくないんかな?と余計な心配してまうけど彼女は比較的扱いにくい里芋の皮をするすると剥きよるわ。

 「軍手しとったらやりにくないですか?」

 ルミちゃんは彼女の手元を見つめながら俺が思うとるまんまの事を訊ねる。

 「やり易うはないけど、里芋って実は固いし小さい上にぬめりがあるでしょ。それで手が滑って怪我する事もあるんと、土が付いとる事も多いから軍手はめて軽く擦るように拭くと毛も取れてええのよ」

 「あ~それ凄~い、今度やってみよう」

 ルミちゃんはお手伝い程度やけど台所には立つからその話にちょっと感激しとるみたいや、俺も今度やってみよう。ぬめりのある芋の皮剥きは苦手やねんな、痒なるし。にしてもこういうのええなぁ、仕事が丁寧な人なんやろなぁ思うて尊敬するわ。

 「てっぺ、ケータイが鳴っておるぞ」

 何や?今俺至福の時やねん邪魔すんな……ってケータイに言うてもしゃあないんか。俺はリビングに置いとるケータイを掴んで画面を見る、松田や。

 「おぉ、どないした?」

 コイツがこの時期に通話なんか珍しいな、年末年始関係ない的な風に聞いとったけど。

 『今里帰りでこっちに居るんだ』

 「へぇ、珍しいな」

 『あぁ、働き出して初かも。けど一応その約束はずっとしてたんだ。今何してんだ?暇ならちょっと話せるか?』

 「今日大掃除やねん、今は昼食おかって休んどるとこ」

 『そっか……夜時間取れないか?』

 ええよ。俺らは待ち合わせ場所を決めてから通話を切った。

 「おかん、夜出掛けるわ。松田が帰省しとんねん」

 「分かった、鍵だけ持って行きや」

 おぉ。俺はケータイを置いてダイニングテーブルに戻ったが、里芋の皮剥きは既に終わっとって内心ちょっとだけ寂しかった。金子さんは今背中を向けて肉切ったりしとるけどこの眺めええわぁ、独身彼女なしの男にとっては眼福もんや。何かニヤついてまいそうで怖いけど目を逸らすんも不自然な気もするからなるべく普通に普通に……。

 「俺もいつかこの光景を現実に……」

 うんうん分かるでゴリマッチョ、心の中でだけ同意させてもらうわ。

 「啓ちゃんそういうんキモいから」

 ルミちゃんは隣におる啓さんを一瞥して二の腕をさすっとる、あ~俺口に出さんで良かった。おっさんはお前も同罪やろと軽く睨んできとったけど、俺は米が炊けたんをええ事に知らん顔してその場を離れたった。
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