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第62話 〜世の中案外狭すぎる〜

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 確かに彼の母校である東北屈指の野球強豪大学からも推薦の打診はございましたよ、思いもよらんくらい熱心なね。けど高校で野球は辞めるて決めとったし、何より俺程度の実力じゃ上の世界で通用するなんて思った事が無い。

 「俺にはあそこまでの力もありません、高校で辞める事を決めてたんとあのメンバーが揃うたからこその結果やったんやと思います」

 「なるほどね。でも俺、君の球受けたかったよ」

 「……」

 片平さんはまっすぐ俺を見つめてそう仰る。うわぁ~今更ではあるけどこれ女の子に告られた時より恥ずかしいわ。

 「てっぺ、告られ女子の顔になっておる」

 やかましわ、要らんちゃちゃ入れてくんな。片平さんは俺らのくだらんやり取りを見て笑うてはる、うん、スターの前でする話やないわな。

 「俺もやりたい事が別にあって野球は大学までって決めてたんだ。だから最終学年で君を後輩に迎えたかったんだけどね」

 せやったんや……当時彼は大学野球界屈指の捕手や言われとったのに、いざ蓋を開けるとドラフト候補にもなってなかったんが意外やった憶えがある。そうかこの人の夢はプロ野球選手やなかってんな。

 「それが今のお仕事なんですか?」

 と聞いてはみたけど何の仕事なさってるんか知らんわそう言えば。

 「山岳救助隊、まぁ消防署だね。俺郷が信州でさ、地元に根差す仕事に就きたかったんだ。けど五年前に大怪我して辞めざるを得なくなって、今はイベント会社を経営してる」

 片平さんはご丁寧に名刺を差し出してくださった。俺はそれを受け取りひと通り目を通す。ホンマや、住所が長野県になっとる。長野県と言えば俺が死にかけたスキー場がある、まさか俺を助けてくれたんかな?……そこまでの偶然は無いか。にしても代表取締役って何か格好ええなぁ、俺公務員やから社長にはなられへん、向いとるとも思えんけど。

 「有岡君は名刺持ってるの?」

 「えっ?えぇ、二階にあります」

 しがない町役場職員の名刺なんぞ要るんか?けど無い訳でもあるまいし社会人としては交換するんが普通やんな。俺は取ってきますと一言添えてから二階に上がって部屋に入ると、鍵をかけたはずの窓が開いとって、冷たい秋風がカーテンを揺らしとった。何で?

 「……」

 取り敢えず窓を締め直し、通勤用の鞄から名刺を取り出してから急ぎ足て下に降りる。今は片平さんを待たしとる、考えるんは後やしある程度の想像は付く。案の定キッチンに戻ると居らんはずの人間の声が聞こえてきた、やっぱりかいな?
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