平凡な女には数奇とか無縁なんです。

谷内 朋

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cent cinq

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 夕飯を済ませてお風呂に入り、あとは寝るだけの状態にしてから部屋に入ると、ケータイの小さなランプがぷちぷちと点灯していた。何だろ?……あっ、有砂!
 私はケータイを掴んで履歴をチェックすると、有砂からの催促メールではなく明生君からの通話着信だった。昨日出なかったからなぁ、そう思って折り返し発信をすると、普段通りの優しい声で夏絵?と聞こえてきた。
 「うん、着信があったから……」
 『昨日今日とちゃんと話できなかったじゃない?だから君の声が聞きたくなって』
 「えっ?」
 私の体は反射的に熱くなる。その声でそんなことを言われるとドキドキしてしまう、正直かなりヤバイ。
 『もうじき誕生日だよね、二月二十五日』
 別れて六年、そんなの覚えてくれてたんだ。かくいう私は彼の誕生日を……六月だったと思うけど正確には覚えていない。
 「うん、よく憶えてたね」
 『当然じゃない、愛する君の生誕日だよ』
 そういう台詞言われ慣れてないから体がむず痒くなるけど、彼に言われると嬉しさも同時にこみ上げてくる。
 『誕生日、祝わせてほしいんだ。少し早いけど明後日空いてないかな?』
 明後日?今のところ……まだ返事してないけど腐れ縁との飲み会が予定されている。どっちに行くべき?飲み会の方は夏にも多分あると思う、毎年のことだから。だけど彼に祝ってもらう誕生日は今年を逃したら次は無いかもしれない。それならどうするのか……私の答えは固まった。
 「空いてるよ」
 『仕事は何時に終わるの?迎えに行くよ』
 「五時に終わる、遠いから途中まで出るよ」
 『えっ?職場まで行くよ』
 気持ちは嬉しいけど、海東文具の近所には待ち合わせのできる場所が無い。会社も六時に施錠され、業務終了後に一階ロビーで待ち合わせるのは社員同士以外認められていない。
 「待ち合わせられる場所が無いの、車なら市駅まで出た方が便利がいいと思う」
 『そうなんだ……分かった、そうしよう』
 彼は何故か残念そうな口振りだったが、取り敢えずは利用し慣れている私の言葉を取り入れてくれる。いつだって完璧主義である彼の意に沿わなかったのかもしれないけど、車で来るのならやっぱり利便性を最優先にしたいところだ。
 『市駅であれば何時頃着きそうなの?』
 「六時前くらいだと思う、着いたらメール入れるね」
 うん。私はこれまでと違った選択をし、今回の飲み会は見送らせて頂いた。
 
 翌朝、私は明生君との約束のお陰で気持ちは晴れやかだった。今日は普段通りに起床し、いつも通りのルーティンワークで支度を済ませてダイニングに入った。
 「おはようなつ」
 起床しているのは姉のみだった。秋都は遅出、冬樹はレポート制作で夜更かししたのかまだ寝ている模様。
 「おはよう、明日は遅くなるから」
 「そう、鍵だけ忘れないでね」
 「分かった」
 今日もお弁当を作ってくれている。明日は遅くなるから断っておこう。
 「明日遅くなるからお弁当は無しで」
 「ん」
 姉は背中を向けてお弁当箱におかずをキレイに詰めてくれる。これだけでもできるようになればと思うんだけど、残念ながらその辺りのセンスも全く似なかったようだ。
 「先に食べてていいわよ、もう少しかかるから」
 「うん」
 私は自分でご飯をよそおい、ひと足先に朝食を頂いた。

 「行ってきます」
 エネルギーを充填させた私はいつもの時間に家を出た。この時間帯だと通学中の学生たちが大勢移動している。特に集団登校をする小学生の行列に出くわし、保護者である大人たちが黄色い旗を持って立っている。
 週によってお向かいの葉山さんも誰かかれかが自宅前に立っている。今日はいなかったけど、梅雨ちゃんが立っている時は彼女の美しさに見惚れて自転車操作を誤る男共がチラホラと現れる。
 それに巻き込まれると我が家も他人事ではなく、故意でないのは分かるのだが、修繕費を頂戴しなければならない事態になったこともあった。
 なのでこの時間帯に葉山家を通る場合、梅雨ちゃんが立っている時に限り自転車を押して歩くのが暗黙のルールとなっている。因みに今日はらんちゃん、なのにわざわざ自転車を降りて押し歩く男子高校生が彼に挨拶をしていた。
 「おはようございます、先日はご迷惑をお掛けしました」 
 あぁ君もやっちゃったんだね。
 「うす、今後気をつけりゃいいんだよ。勉強に精出せよ」
 「はい、ありがとうございます」
 男の子はらんちゃんに一礼して自転車にまたがり、颯爽と通学の波に入っていった。
 「おはようらんちゃん、あの子も被害者?」
 「よぅ、久し振りに見るな。まぁそんなとこだがたまたま高校の後輩でさ」
 ってことはあの子技術高専の子か、制服が様変わりし過ぎてて分かんなかったわ。らんちゃんは五年制の高等専門学校を卒業していて、そこで内装の技術を学んできた。模型とか家具とかも作れるはず、子供の頃から手先が器用だったもんね……とこうしちゃおれん。 
 「そうなんだ。電車の時間があるから行くね」
 おぅ。らんちゃんは旗を振って見送ってくれた。多少余裕を持って出てるけど間に合わないよりはと気持ち早足で駅に向かう途中、商店街に繋がっている道に差し掛かる。
 駅とは逆方向なのでもちろん通りはしないが、ふと気になって視線をそちらに向けるとマスクをしているてつこが黄色の旗を持って、自宅券店舗付近にある横断歩道の前で立っていた。
 あれを六年間やってたんだな……杏璃ももうじき中学生になるのかと思わず見つめてしまうが、何かのはずみでてつこがこっちに顔を向けたので慌てて視線を逸らす。
 走るほどせかせかする必要は無いのだが、一刻も早くその場から離れたくて駅まで一目散に走る。多分あの嘘のせいだと思うけど、それだけのことでこんなに胸が苦しくなるものなのか?結果論だけどあの日冬樹が鍵を忘れて玄関で待っていたのは事実なんだから、いつまでも気にするような事案でもないと思う。
 あれからもう二週間近く経つ。仮に覚えてるとしても今更確認なんてしてこないと思う、てつこの性格であれば。なのに私はいつまでも後ろめたく感じて気まずさが消えずにいた。
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