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cent six

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 約束の金曜日、仕事も無事に終えて彼と会うことになっている。待ち合わせ場所は市駅の駅ビル地下のカフェ、昔よくデートしていた思い出の場所だ。
 帰宅時の途中下車と同じようなものなので、市駅は乗り換え以外でも時々利用する。待ち合わせ場所に行く前に、パウダールームのある駅ビル婦人服売り場のトイレに立ち寄ってメイクを直す。
 今日は何だか緊張する。きっとこれから始まる新たな未来に期待をしているワクワク感なのかも知れない。この後私は、彼の告白に返事をする予定でいる。
 『時間をかけてゆっくり考えて』って言ってくれてはいるけど、これ以上かき回したらきっと訳が分からなくなって放置してしまいそうな気がする。
 それはあまりにも失礼だなと感じる。だから私は今日気持ちのけじめを付けたいと思ってる。もう迷わないために、自分に心に正直に生きるために。
 メイクを直し、幾分気持ちも整ったので、トイレを出て地下へと降りてカフェに入る。彼が来ているか覗かせて頂いてっと……あっ、いた。
 「お待たせ」
 「僕も今来たところ」
 テーブルの上にはお冷とおしぼりが一つずつ置かれているだけだった。
 「何か頼んだ?」
 「まだ、君が来てから一緒に頼もうと思って」
 私は彼の向かいの席に座ろうとしたが、荷物が置いてあって少々ためらってしまう。この店には荷物専用のかごが置いてあるのだが、勝手にそこへ入れちゃうのも……。
 「隣、空いてるよ」
 「えっ?」
 久し振りのことで一気に緊張して体が熱くなる。この変な熱気が伝わるのは恥ずかしいけど、断るのも失礼な話だよね?私は多少固くなりつつも彼の隣の椅子に座る。
 「じゃあ、お邪魔します……」
 なんてわざわざ言わなくて良いんだけど、まだ緊張状態が続いていて頭がふわふわしてる。
 「ククッ、全然『お邪魔』なんかじゃないよ」
 彼は私に体を向けて優しくそう言ってくれる。そうやってまっすぐに見つめられるとドキドキしてしまう。
 「そう?なら良かった……」
 「僕も今ときめいてる、君に」
 「……」
 私の心臓はバクバクと弾み、脳みそは溶けちゃうんじゃないかというくらいだった。脳内は多分ほとんど機能していない、思考が止まった今、このことを記憶に留めておくことすら困難なんじゃないだろうか?
 「いつ見ても綺麗な黒髪だね」
 「そ、そうかな?」
 彼はいつもそう言ってくれていたけど、こんな剛毛のどこが綺麗なんだろうか?ご近所の美容室で髪を切れば『こんなに黒くて硬くておまけに多い方そう見ませんよ~』なんて言われちゃうし、バレッタだってなかなか上手く止まらない。
 パーマもすぐに取れちゃうし、色を変えたくても抜けにくい染まりにくいでお金を掛けてもあまり様変わりしない。せいぜい人毛筆になるくらいなんじゃないかと思う、大概のことには耐えきれる強靭な髪質ですから、ぐすん。
 「僕は赤くて癖っ毛だからね、パーマもカラーリングも疑われて黒髪の子が羨ましかったんだ」
 明生君の髪の毛は柔らかくて細い、無いものねだりなんだろうけど羨ましかったなぁ、当時は特に。
 彼は手を伸ばし私の髪の毛を触る。今日は耳の高さくらいでポニーテールにしていただけなのだが、そう言えばオシャレにアレンジした髪型よりもシンプルな髪型を好んでいたと記憶している。
 大学時代、成人式の時は姉と時雨さんに着付けとヘアメイクをしてもらった。午前中は腐れ縁たちと過ごし、午後からは大学のサークル仲間とパーティーをした。
 周囲の子たちにはすごく好評だった。美容師さんではなく、姉とお向かいのおばさんの力作と知った同級生たちの注目の的となった。これがきっかけで女の子の友達が増えて嬉しかったんだけど、彼だけはなぜかあまり良い顔をしなかった。
 『君の髪の毛はすごく綺麗だから、あまりゴテゴテしない方がいいよ』
 そう言われた瞬間は悲しかった。けどそれ以上にこの黒髪剛毛を褒めてくれていたので、いつの間にかその言葉を忘れていた。何で今ここで思い出したんだろう?
 私の髪の毛は彼の手の中にあった。後頭部でぶら下がっていた長い黒髪を前に持ってきて、感触を確かめるようにゆっくりと手を下ろしていく。ほとんどレイヤーの入っていない私の髪の毛は、左胸に被さるようにストンと落ちた。
 「全然変わってない、触り心地も」
 彼はもう一度手を伸ばし、私の髪の毛を指に絡めていた。その感触にすごくドキドキしていて体が動かなかった。もう何をされてもいい……そんな気持ちにすらさせられていた。

 コーヒーを飲んだ後、君に見せたいものがあると城址公園にに連れて行ってくれた。今の時期は梅の花が満開で、お城のライトアップも相まってすごく綺麗だった。
 この辺りは梅の栽培が盛んで、全国展開はしていないけど梅を使ったお土産物は割と人気がある。私は特にクッキーがお気に入りなのだが、それを彷彿とさせる甘い香りが充満していた。
 「夏絵は梅のクッキーが好きだったよね」
 「そんなことまで覚えててくれてたの?」 
 「僕もあれは好きだからね」
 そうだったっけ?彼がそれを食べていたのを見た記憶が無いのでちょっと違和を感じた。けどきっと覚えていないのか、今初めて聞いた話なのかも知れないから触れずに流しておく。
 「子供の頃からお土産でたまに食べてたんだ」
 「えっ?」
 それは違う。だってそれは公園のご近所にある栄養大学のご当地土産開発企画で作られたお菓子で、当時私は大学生だったから十年前の話だもの。この時のことはよく覚えている、当時は商品の企画開発の仕事に就きたかったから、授業の一環で取材に行っている。
 でももしかしたら知り合いのどなたかが手作りで作っていたものなのかも知れない。この雰囲気を壊してまで掘り下げていいものなのか……。
 「どうかした?」
 「ううん、何でもない」
 こんなの大したこと無いよね……結局私はそのまま聞き流す選択をして、満開の梅を満喫した。
 「実は城下ホテルのペア食事チケットが当たったんだ」
 えっ?県内新聞の懸賞にあったやつじゃない、それ特賞だったよね?
 「あれ当たったの?」
 「うん、当てたのは祖父なんだけど譲ってくれて。せっかくだし、見た感じかなり豪華そうだったから今日使うことにしたんだ。ごめんね、君の誕生を祝うのに懸賞を使うなんて」 
 城下ホテルなんて県内に住んでたって滅多に行ける場所じゃない。ぶっちゃけてしまえばランドマークホテルよりも格式が高く、国内屈指の名宿として県内では真っ先に取り上げられ る高級旅館なのだ。
 「懸賞でも凄いって、私ランチで一度入っただけだよ」
 あそこの割烹料理店のランチ御膳は最低でも三千円以上するんだから、一般職OLには正直お高過ぎる。
 「そんなので喜んでくれるなんて……」
 「城下ホテル自体庶民には敷居が高いよ」
 そんな申し訳なさそうにしないで、二十代最後の誕生祝いを超一流旅館で過ごさせてくれるなんて……彼に大事にしてもらえている幸福感が私の心を満たしてくれていた。
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