月不知のセレネー

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
106 / 136
第四章 月の墓標

29

しおりを挟む
 写真に写っていたもの。それは事情を知らなければ単なるゴシップ写真にしか見えないようなものだ。男性が身を屈めるようにして女性の手を引く姿やら女性をお姫様抱っこしてホテルに入っていく姿やら。そんなどこにでもある情事の前の写真……。私はそんな写真たちの中から言い逃れできない一枚を手に取った。キスだとか抱擁だとかではない。明らかな行為中……。はっきり言ってこんなものを撮ったカメラマンも大概犯罪者だと思うような一枚だ。
「ふぅー。悪い……。一服するわ。お前もベランダ来いよ」
 惣介はそう言うと京介の顔をチラッと見て私に立つように促した。どうやら惣介はこれからする下世話な話に京介をあまり巻き込みたくないらしい。
「いいよ」
 私はそう返事すると写真をひとまとめにしてクリアファイルにしまった――。

「しっかし……。俺もブン屋になってけっこう経つけどこの手のゴシップは初めてだよ」
 ベランダに出ると惣介はそう言って胸ポケットからタバコを取り出した。
「色恋沙汰は毎日あるんでしょ? だったらこの手のことだってたまにはあるよ」
「……ん。ああ、まぁな。でもよ。ここまでクリーンなイメージがある人間のゴシップは本当に初めてなんだ。そりゃあ政治家やらアイドルやらのゴシップはいつもあるよ? でも……。この手の社会的弱者のゴシップはなぁ」
 社会的弱者。言い方を選んだであろうその言葉に私は気持ち悪さを覚えた。偽善的でどうしようもなく排他的。社会的弱者という言い回しにはそんな健常者のエゴが見え隠れしているように聞こえる。
「まぁ安心しろよ。このゴシップは俺しか知らねーんだ。だから……。なんだ。他に漏れることはねえよ」
 惣介は続けてそう話すと口にタバコをくわえて火をつけた。
「見なかったことにしてくれるの?」
「ああ……。そりゃあ当事者同士が無事なら公表も考えたさ。でもなぁ。男の方が死にかけてんだろ? だったら無理にほじくり返すこともねーと俺は思うんだ」
 惣介はそう言うと深いため息を煙と一緒に吐き出した――。

 惣介がそれから程なくして帰った。机の上には写真とそのデータの入ったSDカードだけが残されている。
「惣介に情け掛けられちゃった」
 私はそう呟くと小さくため息を吐いた。京介は「そう」とだけ返す。
「まぁあれでもなかなか義理堅いとこあるにはあるよね。惣介って」
「そうだね。……兄弟で言うのも変だけど兄貴って変に生真面目なとこあるからさ」
 京介は少し嬉しそうに。そして同時に少し呆れ気味に言うとテーブルの上の写真を手に取った。
「……これに関しては私も見なかったことにするよ。てかこんなの盗撮だしね」
「そう……。まぁ陽子がそうしたいならそうすればいいと思うよ」
 京介はそう言うと気の抜けた笑みを浮かべる。
「うん」
 それから私はその写真とSDカードをクリアファイルに戻した。写真に写る鍵山さんと遠藤さんはあまりにも背徳的に見えた。
しおりを挟む

処理中です...