月不知のセレネー

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
39 / 136
第二章 フユシオン

21

しおりを挟む
 その日の打ち合わせを終えると私たちは新宿に戻った。そして駅前でジュンくんは京極さんと合流した。どうやらこれから練習があるらしい。
「んじゃ。陽子さん頑張ってね」
 別れ際、京極さんはだるそうに言うと大あくびした。相変わらずお行儀が悪い娘だ。
「うん。あなたたちもね」
 二人を見送る。新宿の街に消えていく彼らの姿はまるでカップルのように見える。
「さてと……」
 私は独り言のように呟くと本社に戻った――。

「おかえりなさい」
 私がクリエイター発掘部に戻ると西浦さんが立って出迎えてくれた。彼女の机の上にはパソコンと書類の山。今日もやることが盛りだくさんだったようだ。
「戻りました。遅くなってすみません」
「いいのよ! 冬木さんどうだった? ジュンくんとは上手くやれそう?」
 彼女は矢継ぎ早に訊きながら部屋の片隅にあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。そして二杯コーヒーをいれると一つ私に差し出した。香ばしい匂いが部屋中に広がる。
「ありがとうございます」
 私はそう言って彼女の手からコーヒーカップを受け取る。
「えーとですね。とりあえずは……。悪くなかったと思います。ジュンくんも割と乗り気でしたし、冬木さんも前回よりリラックスしてました」
「そう、なら良かったわ。ちょっとだけ心配してたのよ。冬木さんもお兄さん亡くしてまだ間もないから……」
 西浦さんはそんな風に語尾を濁しながら言うとコーヒーに息を吹きかけて一口飲んだ。
「あの西浦さん?」
「なぁに?」
「川村本子さんとはどういったご関係なんですか?」
 私はそんな今更な質問を彼女に尋ねた。この部署に異動になってそれなりに時間も経ったのだ。そろそろ秘密主義を少しは緩めてくれてもいいと思う。
「うーんとね」
 西浦さんは少し困ったように首を傾げた。そして続ける。
「話すと長くなるわ。昔私が面倒見てたバンドのヴォーカルの子のお友達のお母さんが本子さんなの」
 西浦さんはそこまで話すと「言葉にすると随分と遠い関係よね」と苦笑した。
「それでね――」
 西浦さんがそう言いかけた瞬間。クリエイター発掘部のドアがノックされた。
しおりを挟む

処理中です...