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第一章 二つの鍵盤
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鍵山さんの家は簡易天体観測をした場所からほど近い場所にあった。ぽつんと一軒家。近隣には何もない。ミステリー小説で密室殺人でも起こりそうな場所だ。
「すごいとこに住んでるのね」
「ほんとだね。流石の私もこんなとこ住みたくねーわぁ」
「……本人の前では言わないでね」
私は京極さんに軽口を叩かないように釘を刺した。まぁ、私も京極さんのその意見には激しく同意だけれど。
「しっかしでけー家だね。ブルジョワじゃん」
京極さんは彼女の家をまるで値踏みでもするように上から下まで見渡した。私も「ちょっと、あんまりじろじろ見ないの!」と言いながら彼女と一緒に家の外観を眺める。根本的に私たちは同じ穴のムジナなのだ。お互いに下世話でスキャンダラスな性格。だから気が合うのだけれど。
家の横には暖炉にでも使うのか薪が几帳面に積まれていた。庭先にはウッドデッキと公園にありそうな鉄製のベンチが置かれてた。家自体もウッド調で金持ちが道楽で建てた別荘のような見た目をしている。
「そうね。でも当然じゃない? 鍵山さんのご両親のお仕事考えると」
「ああ、ピアニストだっけ?」
「そうそう。ま、日本じゃあんまりメジャーじゃないけどね」
鍵山月音の両親。彼らは夫婦揃ってピアニストだった。資料とネットの情報だけを頼りに推測するなら彼らは海外公演で生計を立てているらしい。私の記憶には全くないけれど、数年前の冬季オリンピックの開会式で演奏したらしい。
「なかなかの有名人らしいわよ」
「ふーん。そうなんだ」
京極さんは興味なさげな反応をすると気だるそうに大あくびした。本格的に知ったこっちゃないらしい。
「やっぱ西浦さんだねー。鍵山さんの紹介ってたぶん親のコネっしょ? さっきのニコタマの子だって川村本子っていう作家さんからの紹介らしいしさ」
京極さんはサラッと私の知らない話を持ち出した。川村本子。私の記憶が正しければ割と著名な作家だったと思う。
「そうだったのね……。知らなかったよ」
「おいおい……。陽子さん何も知らずに仕事してんのかよ。つーか川村さんに会わなかった? あの喫茶店、例の作家先生の店らしいよ?」
そこまで言われてようやく二子玉川の件が腑に落ちた。川村本子。そして半井のべる……。あの二人が西浦さんへのパイプ役だったのだ。
「あぁ……。マジか」
ふとそんな言葉が零れる。そして急に力が抜けてしまった。どうやら私は今回の案件で完全に一兵卒扱いらしい。
考えてみればそうだ。確かに何から何まで段取っているのは西浦さんなのだ。私は単に小間使いをしているだけ……。そう思うと無性に腹が立った。企画二課主任からの栄転。そんなの本当に名ばかりじゃないか。
「ったく! やっぱあのババアろくに説明もせずに部署異動させやがったな!」
私が脱力していると京極さんが荒っぽい言葉で西浦さんを罵倒した。
「いや、いいよ。私が悪いんだ……。ちょっと栄転だって浮かれてた部分もあったからさ」
「いやいや! そういう問題じゃねーっしょ! 帰ったら文句言わねーとね!」
なぜか京極さんは私以上に怒っている。その激怒具合を見ていると逆に私の熱は冷めていった。そしていつもの思考に戻る。『やれることを精一杯やる。それ以上に出来る事なんて無い』。そんな諦めとポジティブの混ざった思考。
「とりあえずお邪魔しようか。今日は顔会わせが目的だしね」
私は気分を切り替えるように明るくそう言った。自分の口から出た言葉とは思えない。それぐらい明るい声で――。
「すごいとこに住んでるのね」
「ほんとだね。流石の私もこんなとこ住みたくねーわぁ」
「……本人の前では言わないでね」
私は京極さんに軽口を叩かないように釘を刺した。まぁ、私も京極さんのその意見には激しく同意だけれど。
「しっかしでけー家だね。ブルジョワじゃん」
京極さんは彼女の家をまるで値踏みでもするように上から下まで見渡した。私も「ちょっと、あんまりじろじろ見ないの!」と言いながら彼女と一緒に家の外観を眺める。根本的に私たちは同じ穴のムジナなのだ。お互いに下世話でスキャンダラスな性格。だから気が合うのだけれど。
家の横には暖炉にでも使うのか薪が几帳面に積まれていた。庭先にはウッドデッキと公園にありそうな鉄製のベンチが置かれてた。家自体もウッド調で金持ちが道楽で建てた別荘のような見た目をしている。
「そうね。でも当然じゃない? 鍵山さんのご両親のお仕事考えると」
「ああ、ピアニストだっけ?」
「そうそう。ま、日本じゃあんまりメジャーじゃないけどね」
鍵山月音の両親。彼らは夫婦揃ってピアニストだった。資料とネットの情報だけを頼りに推測するなら彼らは海外公演で生計を立てているらしい。私の記憶には全くないけれど、数年前の冬季オリンピックの開会式で演奏したらしい。
「なかなかの有名人らしいわよ」
「ふーん。そうなんだ」
京極さんは興味なさげな反応をすると気だるそうに大あくびした。本格的に知ったこっちゃないらしい。
「やっぱ西浦さんだねー。鍵山さんの紹介ってたぶん親のコネっしょ? さっきのニコタマの子だって川村本子っていう作家さんからの紹介らしいしさ」
京極さんはサラッと私の知らない話を持ち出した。川村本子。私の記憶が正しければ割と著名な作家だったと思う。
「そうだったのね……。知らなかったよ」
「おいおい……。陽子さん何も知らずに仕事してんのかよ。つーか川村さんに会わなかった? あの喫茶店、例の作家先生の店らしいよ?」
そこまで言われてようやく二子玉川の件が腑に落ちた。川村本子。そして半井のべる……。あの二人が西浦さんへのパイプ役だったのだ。
「あぁ……。マジか」
ふとそんな言葉が零れる。そして急に力が抜けてしまった。どうやら私は今回の案件で完全に一兵卒扱いらしい。
考えてみればそうだ。確かに何から何まで段取っているのは西浦さんなのだ。私は単に小間使いをしているだけ……。そう思うと無性に腹が立った。企画二課主任からの栄転。そんなの本当に名ばかりじゃないか。
「ったく! やっぱあのババアろくに説明もせずに部署異動させやがったな!」
私が脱力していると京極さんが荒っぽい言葉で西浦さんを罵倒した。
「いや、いいよ。私が悪いんだ……。ちょっと栄転だって浮かれてた部分もあったからさ」
「いやいや! そういう問題じゃねーっしょ! 帰ったら文句言わねーとね!」
なぜか京極さんは私以上に怒っている。その激怒具合を見ていると逆に私の熱は冷めていった。そしていつもの思考に戻る。『やれることを精一杯やる。それ以上に出来る事なんて無い』。そんな諦めとポジティブの混ざった思考。
「とりあえずお邪魔しようか。今日は顔会わせが目的だしね」
私は気分を切り替えるように明るくそう言った。自分の口から出た言葉とは思えない。それぐらい明るい声で――。
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