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第二章 宝玉とわがままな神子

31 暴走 sideレオ

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「ですからね、冷静に取引しましょうって話ですよ。」

 ひょろりと背の高い、緊張からか口角がひきつり気味の笑顔の部隊長と名乗る男が言葉を重ねる。

「俺達があなた方から半里程離れられたら、そこに神子を置くから、俺達をそのまま見逃してくれ。」 

「俺達がそれを信じると?。顔も見せず、それが神子だと信じれと?。
 それに!。神子は二人だ。もう一人はどうした?。」

 ユージーンの魔力が高まり、空気が揺らぐ。
 あの麻袋は神子達ではない。が、100%の確証もない。心がざわめく。

「神子は一人しか現れなかった!。信じなければ、好きにしてくれ。このままならどうせ俺達はあんた方に殺されて死ぬだけ。その前に麻袋に剣を突き立てるだけだ。」

「………。」

「そもそも俺達は、地の利を見極めに来た斥候部隊だ。あんた方と戦えば負けるのが分かっているから、戦いは避けたい。上から神子を連れて来いとは言われていないから、俺達は自分達の安全を取る。」

「ーーーわかった。その袋が神子だと言い張るのならば、丁寧に扱え!。」

 ユージーンの返事に、男は相変わらず口角を少しだけ上げ、目はこちらを観察した表情のままだが、思わずと言った安堵の臭いがした。
 自分達が助かりたいだけと言う思いに、嘘はないようだ。

「了解した。俺は東の国の黒髪の神子騒動でも任に就いてたんだ。番候補者様の執念、恐ろしさはわかっているつもりだ。丁寧に扱わせてもらう。じゃあ、俺達は早速撤収する。じゃあな。」

 奴の命で素早くケーモルに乗る兵士達。麻袋を担いでいた兵はケーモルの背に麻袋を固定すると、あっという間に走り出した。

「銀狼、奴らを見過ごして良かっただろうか?。見る限りあいつらは俺達を恐れていた。が、罠だろうか?。」

〔いや、嘘の匂いはしなかった。が、麻袋の中身はおそらく…!。〕

 他のポイントを探索していたらしい別動隊の数名が合流した時だった。俺達が見守るなか、その一人が突然剣を抜いて麻袋に突き立てたのだ。

「ーーーーーっ。」

 一瞬、目の前が暗くなる。
 やけにゆっくりと血の臭いがここまで届いてきた。海里の匂いではないことはわかる。が、万が一…と、心がふるえる。
 

「銀狼、カイリ殿の匂いはしないのだな?。」

〔!。そうだ。だが。〕

「あいつら、殺す。」

 ユージーンは、怒りに声を震わせながら獣化し、すぐに走り出した。
 俺もその後を追う。その走力は非常に高く、遅れを取らないようにするだけで精一杯だ。

「ばかやろーっ!!、何て事してくれるっ。
 おまえら獣化しろ。死にたくなければ荷物全部置いて全速力だ!。後ろは振り返らず走れ!。」

 さっきの部隊長が怒号を放ちながら、麻袋に剣を突き立てた兵士を斬り倒した。
 奴らはケーモルを乗り捨て、獣化と共に逃走を始めた。部隊長の男も麻袋を背負っているケーモルだけ別方向に向かって走り出させると、獣化し、部下達と同じ方向に逃げていく。

 ユージーンは迷うこと無くケーモルを捕まえると、麻袋の中身を確認した。そこには入っていたものは、黒髪の神子ではなく、黒髪の細身の兵士だった。麻袋越しに突き立てられた剣は、ケーモルにまで達していて、兵士は絶命していた。
 これが海里だったら、と思うと震えが走る。
 奴らは何故兵士を刺したのだろうと思案する間もなく、黒豹が駆け出す。

〔どこへ行く?、もう追う必要はない、もどれ!〕

「グル。」

 返事はなく、黒豹からは怒りの気が満ちていた。

〔もどれ!。本物のユウはまだ無事だ。遺跡から出たら保護してやらねばならん。あんな奴ら放っておけ。〕

〔駄目だっ。あいつら、何の抵抗もできないユウを平気で殺したんだぞ!。ここで殺しておかなければっ!〕

〔何を言っているんだ。あれはユウではなかっただろう。おいっ!!〕


 やがて、ツヴァイルから海里達を保護したと念話が入っても、俺が呼び止めようとも、怒りに暴走した黒豹は止まることがなかった。

 見るまに渓谷が近づいてきた。そこを過ぎると本隊が控えている。きっと渓谷には敵の部隊が罠を張っているだろう。冷静に考えれば分かりやすい策だが、暴走している黒豹は矢のように走り飛び込んでしまうだろう。
 
 渓谷からの射程範囲に入る前に黒豹を止めなければ。
 魔力を練り、黒豹に雷を打つがなかなか補足できない。やむ無く広範囲に特大の稲妻を落とすと、やっと止めることができた。
 巻き込まれた敵兵も数名いて、黒豹同様、火傷と感電して動けないでいる。
 そのうち渓谷から部隊が来るだろう。黒豹を連れて逃げなければならない。

〔派手に魔力使って。大丈夫かよ?〕

 ちょうどツヴァイルが空から来てくれた。

〔これくらいは問題ない。それよりも、黒豹を運んでくれ。〕

〔普通はあんな派手な魔法使えば、カイリみたいに魔力切れを起こすもんだ。〕

〔しかし、加減はしてやれなかった。〕

〔へっ。あのまま突っ込んだら、渓谷で殺されていたさ。〕

〔そうだな…。
 ツヴァイル、黒豹を連れて戻ってくれ。ちょうど良いから俺はこのままこちらに残って、海里達とテドール軍が交渉しやすくなるように潜伏している〕

〔ばっかやろう!、なぁにがちょうど良いんだ。てめぇーが帰ってこねぇと、カイリが泣くんだよっ。あいつのためと思うなら、帰ってやれっ。〕

〔……泣く?。……。そうか、そうだな…。〕

 どう考えても効率良いのは、俺がここに残ることだ。
 俺は今までも、効率良い方法を考え選択し行動してきた。合理的に最善を尽くす。これが俺のやり方だった。 だが…。
 海里が悲しむと思うと胸が苦しいと感じる。
 念話を閉じるなと怒鳴る海里の言葉に、答える余裕もなく不甲斐ない俺だが、泣きわめいていた海里に許しを得て、その涙をぬぐってやりたい。
 今までの俺では選択肢にもならない、チャンスを捨て戦場を離れるなんて非合理な方法を、俺は選びたがっている。心がふるえる。

〔おら、つべこべ考えんな。仕切り直せば良いんだろうが。てか、銀狼おまえ自覚ないのか? おまえの雷は渓谷の兵士にまで届いてるぞ? どっちが暴走したかって話だぜ。とにかく、囲まれる前に帰るぞ。誘導してやるからついてこい。〕

 ツヴァイルが大きな翼を広げ、意識の無い黒豹を掴み飛び立つ。
 俺は自分の感情をもて余してしている自覚はあるが、なんとか気持ちを切り替え、帰路についた。
    




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