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第1話 四万十 葦拿、28歳独身。
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ソロキャンこそが生き甲斐
俺は四万十 葦拿《あしな》、28歳独身。
東京の大学を卒業後、地方銀行で働くサラリーマン…だった。
日々の仕事は順調、同世代と比較しても結構な額の貯蓄があった事からも、そこそこの年収を貰っていた。
しかし、毎日の業務は単純な金勘定ばかりな上に、蹴落とし合うだけの同僚との関係には心底うんざりしていたのは事実。
上司は古い型にはまった気質で、どれだけ残業が増えても気にもしない。
お陰で月の残業時間は余裕で3桁に突入している。
そのせいだろう、大学時代から付き合っていた彼女とは徐々に疎遠となってしまい、とうとう先日、共通の友人であるAが彼女と見知らぬ男が仲睦まじい様子でホテルに消えていく所を見てしまったそうだ。
俺にだって仕事に追われる毎日で2人で過ごす時間を作れなかった落ち度はあったさ、それは認める。
だから浮気した彼女を恨むつもりはない。
そんな訳で20代だというのに、早くも仕事とプライベートの両方に疲れきっていた。
そこで荒れた心を癒してくれたのがソロキャンプだ。
切っ掛けは休日でも外に出ようとせず、塞ぎ込む俺を心配したAの何気ない言葉。
「あんまり考え過ぎるなよ。
そうだ、キャンプでも行かないか?最近流行ってるらしいぞ」
彼には今でも感謝している。
大袈裟かもしれないが、人生で趣味と言える物を一切持たなかった俺が、胸を張って主張できる生き甲斐を見つけられたのだから。
誰の指示も受けない、顧客からのクレームもない、殺風景なオフィスで一人、書類の山に埋もれながらクリスマスを迎える事もない。
そんな灰色の世界から飛び出し、緑溢れる自然と接していると本当に癒される思いだ。
俺は沼へ沈むようにハマリ込んでいき、最終的にはAが呆れる程のキャンプギアを買い揃え、寸暇を縫って国内の主要なキャンプ場を制覇していった。
そして、ここ山ン中ヒュッテで冬キャンを楽しんでいたのだが…不思議な事に、そこからの記憶が全くない。
気付いたら鬱蒼とした木々に囲まれた森の中で寝ていた――らしい……。
一体どうなっている?
ここはどこだ?
季節は冬だというのに、さっきから汗ばむ程の陽気と木漏れ日を全身に浴びていた。
俺は堪らず着込んでいたダウンジャケットを脱いでシャツのボタンを開けた。
まるで初夏のような暑さじゃないか。
こんなの絶対変だ…。
少し前までテントの周囲は雪と氷に被われた一面の銀世界だったんだぞ?
それが今では芽吹いたばかりの新緑と小さな虫まで……。
ちょっと待てよ――なんだ、この樹木は!
俺は自慢じゃないがアウトドアに長年親しんできた事で、日本国内の動植物にはかなり詳しいと自負していたのだが、この葉は二分裂葉の特徴を持っており図鑑でも見た事がない。
色の濃さと葉の厚みから年間を通して落葉しない常緑樹だと思うが…。
他のキャンパーが面白がって葉に細工をしたのかと考えたが、辺りを見回すと視界にある全ての樹木に同様の特徴がある。
悪戯だとすれば何千、何万のこれら全ての葉を裂いて何のメリットがあるというのか?
そんなのは考え難い、悪戯にしては手が混みすぎている。
俺は頭を振って今一度、冷静さを取り戻そうと深呼吸をしたが、胸中は言い知れぬ不安に襲われていた。
俺は四万十 葦拿《あしな》、28歳独身。
東京の大学を卒業後、地方銀行で働くサラリーマン…だった。
日々の仕事は順調、同世代と比較しても結構な額の貯蓄があった事からも、そこそこの年収を貰っていた。
しかし、毎日の業務は単純な金勘定ばかりな上に、蹴落とし合うだけの同僚との関係には心底うんざりしていたのは事実。
上司は古い型にはまった気質で、どれだけ残業が増えても気にもしない。
お陰で月の残業時間は余裕で3桁に突入している。
そのせいだろう、大学時代から付き合っていた彼女とは徐々に疎遠となってしまい、とうとう先日、共通の友人であるAが彼女と見知らぬ男が仲睦まじい様子でホテルに消えていく所を見てしまったそうだ。
俺にだって仕事に追われる毎日で2人で過ごす時間を作れなかった落ち度はあったさ、それは認める。
だから浮気した彼女を恨むつもりはない。
そんな訳で20代だというのに、早くも仕事とプライベートの両方に疲れきっていた。
そこで荒れた心を癒してくれたのがソロキャンプだ。
切っ掛けは休日でも外に出ようとせず、塞ぎ込む俺を心配したAの何気ない言葉。
「あんまり考え過ぎるなよ。
そうだ、キャンプでも行かないか?最近流行ってるらしいぞ」
彼には今でも感謝している。
大袈裟かもしれないが、人生で趣味と言える物を一切持たなかった俺が、胸を張って主張できる生き甲斐を見つけられたのだから。
誰の指示も受けない、顧客からのクレームもない、殺風景なオフィスで一人、書類の山に埋もれながらクリスマスを迎える事もない。
そんな灰色の世界から飛び出し、緑溢れる自然と接していると本当に癒される思いだ。
俺は沼へ沈むようにハマリ込んでいき、最終的にはAが呆れる程のキャンプギアを買い揃え、寸暇を縫って国内の主要なキャンプ場を制覇していった。
そして、ここ山ン中ヒュッテで冬キャンを楽しんでいたのだが…不思議な事に、そこからの記憶が全くない。
気付いたら鬱蒼とした木々に囲まれた森の中で寝ていた――らしい……。
一体どうなっている?
ここはどこだ?
季節は冬だというのに、さっきから汗ばむ程の陽気と木漏れ日を全身に浴びていた。
俺は堪らず着込んでいたダウンジャケットを脱いでシャツのボタンを開けた。
まるで初夏のような暑さじゃないか。
こんなの絶対変だ…。
少し前までテントの周囲は雪と氷に被われた一面の銀世界だったんだぞ?
それが今では芽吹いたばかりの新緑と小さな虫まで……。
ちょっと待てよ――なんだ、この樹木は!
俺は自慢じゃないがアウトドアに長年親しんできた事で、日本国内の動植物にはかなり詳しいと自負していたのだが、この葉は二分裂葉の特徴を持っており図鑑でも見た事がない。
色の濃さと葉の厚みから年間を通して落葉しない常緑樹だと思うが…。
他のキャンパーが面白がって葉に細工をしたのかと考えたが、辺りを見回すと視界にある全ての樹木に同様の特徴がある。
悪戯だとすれば何千、何万のこれら全ての葉を裂いて何のメリットがあるというのか?
そんなのは考え難い、悪戯にしては手が混みすぎている。
俺は頭を振って今一度、冷静さを取り戻そうと深呼吸をしたが、胸中は言い知れぬ不安に襲われていた。
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