Ωだから仕方ない。

佳乃

文字の大きさ
上 下
68 / 129

【閑話】大人が思うには。

しおりを挟む
「隆臣君、あの話はとりあえず保留で」

 羽琉の部屋に顔を出す前に話があると言われて羽琉の主治医に会いに行った隆臣は、開口一番そう言われて困った顔を見せる。彼は彼で何か伝えたいことがあったのだろう。

「あの話と言うのは羽琉さんのヒートの相手のことですが?」

「そう。
 まさかもう打診したとか言わないよね?」

 主治医の言葉に「まだですけど」と答えるけれど、その顔は説明を求めている。

「退院したら療養先におふたりが遊びにきてくれることになったと言っていましたけど」

「あ、それなら今年はずっとここで過ごしてもらうから羽琉君から断るんじゃないかな」

「羽琉さん、どこか異常が、」

「身体は栄養失調だけだよ。
 異常があるとしたら心というか、気持ちの問題だね」

「気持ち、ですか?」

「羽琉君はね、甘え過ぎ、甘やかされ過ぎなんだよ。
 隆臣君も含めて誰も羽琉君のこと叱らないでしょ?」

 主治医の言葉に「でも、羽琉さんは」と反論しようとするけれど、続きを言うことを許さず言葉を続ける。

「羽琉君が悪いわけじゃないし、周りだって羽琉君のことを大切に思ってたから甘やかしてしまったんだと思うし。
 だけどね、そろそろ羽琉君も自分の気持ちを伝える努力をしないといけないんじゃないかな。
 今までは側にいた子が羽琉君の願いを全て叶えてあげていたけど、それが永遠に続くと思ってたから焦ったんだろうね。
 何を言っても、何をやっても自分だけを見てくれるはずなのにって。
 だから番が自分から離れていくのが怖くて、何とかしようとして自分を追い詰めたんだろうね。
 羽琉君は一種の自己中毒だよ。」

 その言葉を聞いた隆臣は「まだ番じゃないです」と険しい顔で反論するけれど、「羽琉君はそうは思ってないよ」と静かに反論し返されてしまう。

「自分の番だと思うからこそ自分から離れていくことを恐れて苦しんでるんだよ。
 離れたくないから大人しくマーキングされるし、番を離さないために自分の身体を変えようとしてるんだ」

「羽琉さんは諦めたんじゃないんですか?」

「何を諦めるの?」

「逃げられないなら従うしかないと諦めたんじゃあ、」

「そもそもね、本当に嫌なら逃げる方法なんて沢山あるよ?
 それこそ学校休めばいいだけのことだし」

「でも休むなら学校を変わることになるって、」

 主治医の言葉に何も知らないくせにと言いたげな隆臣だったけれど、次に聞かされた言葉に驚きの顔を見せる。

「そんなことあり得ないよ。
 あの親が羽琉君を自分の目の届かない場所に行かせるわけないでしょ?」

「でも、羽琉さんは燈哉さんが自分から離れたと知ったらあの学校に通う理由がなくなるって」

「それ、誰が言ったの?」

 穏やかな声でそう言うけれど、その表情は決して穏やかではない。それは、隆臣を攻めているようにも見える。

「大体、隆臣君は羽琉君と何年一緒にいるの?羽琉君の両親よりも近くにいるのに、羽琉君の何を見てきたの?」

 そして告げられる羽琉の狡さと弱さ。

 羽琉の父である男性Ωは確かにαである父親と過ごすことで弱かったはずの身体を日常生活ができるまでに回復させた。それは嘘じゃない。
 ただ、それはαである父親と番ったからとか、αの父親と交わることで変化が訪れたと言うわけではなくて、単純に一緒にいたい、一緒に過ごしたいと想う気持ちから生活習慣を見直しただけのことだと何でもないことのように言う。

「羽琉君のΩのお父さんも羽琉君と一緒だったんだよ。羽琉君と一緒でそれこそ幼稚舎の頃は身体弱かったけど、成長と共に強くなっていくし、本人もそれを自覚していたけど身体が弱いと周りが気遣ってくれるって子どもなりに分かるんだよね。だから人を試すんだよ。
 ここまでは大丈夫ってギリギリのところで相手を試して、相手が疲れて離れていくってことの繰り返し。
 相手の気を引くためにわざと食べない、わざと寝ない、それで本当に調子を崩すとか、ある意味自傷だよね。
 それに向き合ったのがαのお父さん」

 主治医の言葉を半信半疑な気持ちで話を聞いている隆臣は、何か言いたそうな顔をしながらも黙ったままだ。

「Ωのお父さん、隆臣君は知ってるだろうけど羽琉君と同じで綺麗な顔してるでしょ?正直、今の羽琉君よりもっと綺麗だったんだよ。だからもう、好き放題。
 誰か離れても誰かが寄り添うから何言っても聞かないし。
 体調崩して青白い顔してるとまた庇護欲そそるんだよ。悪循環だね。
 それ矯正したのがαのお父さん。

 羽琉君も同じ事してるだけだから学校休みがちだからなんて理由で転校なんてあり得ないよ。ただ、羽琉君のした事で番候補の子があまりにも苦しむようならふたりを離すかもしれないけどね」

「でも羽琉さんが、」

 そう言われて何か思うところがあるのか、考え込み再び口を開く。

「でも、羽琉さんを入院させるって」

「だって、番の気を引きたくて自家中毒起こすとか、離すしかないでしょ。
 そもそも羽琉君、身体が弱いってイメージあるかもしれないけど本気でそう思ってる?」

「だって、夏になると」

「あれも元は羽琉君が淋しくないように決められたことなんだけど」

 そう言って説明された羽琉の夏の過ごし方は、隆臣の知るそれとは全く違っていた。

 それは、幼い羽琉を気遣ったことから始まった夏の過ごし方。
 8月に入る頃に始まる父のヒートが理解できず、それまで一緒に過ごしていた夏休みを共に過ごせないせいでパニックを起こした羽琉を心配して入院、療養の流れを作ったこと。
 自然にその流れを作ることで両親から無理やり離されることを無くしたこと。

「夏の間療養って言うけど、毎年途中で戻ってきてるでしょ?」

 言われてみれば療養と称して家に戻れないようにされてはいるけれど、夏休みの後半は毎年家で過ごしている。だけど、夏はずっと療養だと思い込んでいてのは家に戻っても暑いと体調を崩しがちだからと羽琉が家から一歩も出ないからだけのことだ。
 その間、番候補である燈哉から連絡が来ることもないし、羽琉から連絡することもない。ただただ家で過ごすだけの夏休みは療養のように見えるため勘違いしていたのだけど、それも含めて療養だと思い込んでいたのは「夏休みでも僕はどこにも行けない」と羽琉が言うからだ。

 羽琉の両親から夏の間の外出を禁止されたことなんてないということに気付いたのか、隆臣が戸惑った顔を見せる。
 療養と称して羽琉のしたいことをして過ごすのだから、家に戻る頃には満足して残りの休みは宿題をして過ごすのがいつもの夏の過ごし方だと知っている主治医は言葉を続ける。

「そもそも隆臣君が自分の役割勘違いしてるのも良くないと思うんだよね。
 今更だけど、隆臣君はもっと羽琉君のこと叱っていいと思うよ?」

「叱るって、羽琉さんは叱られるようなことしませんから」

「番候補の子、燈哉君?彼のこと振り回してるのに?
 大切な番で、しかも逆らえないような家の子で、燈哉君が我慢してでもそばにいるしかない環境って理解してるかな。あれ、燈哉君がαの本能で番である羽琉君を守ろうと必死になってるのと、羽琉君より大人びてるから成立してるけど、普通ならとっくに破綻してて不思議じゃないと思うよ。
 まあ、βの隆臣君に理解しろって言うのも難しいかもしれないけど、もう少し燈哉君の気持ちも尊重してあげないと駄目だと思うよ。
 αだから万能みたいに思われるけど、αだってストレス溜まるし、息抜きだってしたいし。
 αだから壊れないなんてあり得ないからね。
 だから今回、燈哉君が羽琉君から離れたいならそれもいいかなと思ったんだけど、羽琉君はそれ望んでないみたいだし。夏休みの間にどうすればいいのか、どうしたいかしっかり考えればいいんだよ」

「気持ちを尊重って、羽琉さんにあんな事しておいて他のΩと過ごしてるなんて、気持ちを尊重してないのは燈哉さんじゃないですか」

「本当にそう思う?
 今回のことも、何がきっかけだったのかちゃんと理解してる?」

「それは、入学式に燈哉さんが【唯一】を見つけたせいで」

「本当にその子は燈哉君の【唯一】なの?
 僕なら【唯一】を見つけてしまったらいくら羽琉君が身体弱くても、いくら羽琉君との今までがあったとしても【唯一】を放っておいてあんなマーキングしないよ?

 そもそも、入学式の出来事はキッカケでしかないって羽琉君も気付いてないみたいだけど、それより前からふたりの関係は歪んでなかった?」

 何かを諭すように告げられる主治医の言葉に隆臣が戸惑った顔を見せるけど、それならば何がキッカケだったのかを話す気はなさそうだ。

「僕なら自分以外のαが番に寄り添うなんて、許さないよ。
 そう言えば、隆臣君の前に羽琉君のお世話してた人が辞めさせられた理由、知ってる?」

 突然の言葉に更に困惑の顔を見せる隆臣に、主治医が言葉を続ける。

「羽琉君は調子が悪くても機嫌が悪くても調子が良くないって言ってるんだよって、そう燈哉君に言ったんだって。
 燈哉君に察しろと言いたかったんじゃないかな?
 だけどそれ、小学生の彼に言うことじゃないよね。そもそもそんな小賢しい手を使う羽琉君に注意すべきところだと思うんだけど、羽琉君のご機嫌を取るために燈哉君に受け入れることを強要させた。だから辞めさせられたんだよ。
 その後に羽琉君のお世話することになったのは隆臣君、君だよね。
 さて、君は何を望まれてたんだろうね」

 羽琉の父の主治医でもあるせいで、仲真家の内情もある程度は知らされているのだろう。

「まあ、本当は親の役目なんだから隆臣君にそこまで求めるのは酷かもしれないけどね。
 燈哉君も燈哉君で無駄に聞き分けがいいから。
 そこで怒って喧嘩でもしてれば違ったのに、全て受け入れて羽琉君に寄り添って。彼なりに自分の不用意な一言が原因で羽琉君のお世話をしていた人が辞めさせられたって気付いたんじゃないかな。
 だからそれからも羽琉君に寄り添って、羽琉君の願いを叶えて。
 でもそれって、本当に燈哉君の役目だったのかな?」

 その一言で何かを察した隆臣が顔色を変える。

「燈哉君が全て受け止めて、燈哉君が全て寄り添って。話聞いてると年相応以上のことをさせられてるよね。
 その役割、本当に燈哉君がするべきことだったのかな?」

「………」

「燈哉君に甘えていたのは羽琉君だけじゃないと思うよ。
 まあ、彼だってそれだけ羽琉君が大切だから成り立っていたんだろうけど、それを歪めたのは………羽琉君自身だよ。
 燈哉君を試すようなことをして、燈哉君の危機感を煽ったせいで今、こうなってるって羽琉君もやっと気付いたんじゃないかな?
 だから、燈哉君が望まないなら彼のことは解放してあげたいと思って誰か心当たりないかって聞いたんだけど、羽琉君にその話したらすごい拒否反応示してたよ」

 羽琉のしてしまったことに、自分の役割を燈哉に押し付けていたことに気付いたのか、隆臣は何かを言おうとするものの言葉が出てこないようだ。

「羽琉君はどんな答えを出すんだろうね」

 何も言わない隆臣にそう言った主治医は「燈哉君はその時どうするんだろうね」と小さく呟きそれ以上は何も言わなかった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...