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【side:涼夏】存在意義。
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「今までみたいな夏の過ごし方できないからΩとしての自覚を持つ練習」
ふたりを誘って遊ぶのは楽しいだろうなと思いながらも、まだそこまでの関係性は築けてないと自覚する。
浬と忍のことを友達だと思っていても、まだまだα気質が抜けないオレはふたりを頼りながらも、何かあった時には自分が守るべきだと思っている。
だけどΩであるオレが本気のαに太刀打ちできないのは明白で、そうなった時に中途半端なオレのせいでふたりを傷つけるようなことがあってはいけないと気付いたのはつい最近。
ヒートが来るたびに変化していく身体が以前に比べて華奢になっていることに気付いたのは季節の衣類の入れ替えをした時だった。
軽いヒートは薬で抑え、少しだけ自分を慰めれば終わってしまうものだけど、それでも確実に身体は変化している。
だからこそ、Ωのである自分をしっかりと自覚する必要があるのだ。
「何それ?」
オレの言葉に呆れた顔を見せた忍だったけど、「とりあえずプールは諦める」と言えば何となく通じたのだろう。
「そっか、基本、僕たちはラッシュガード無いとプール入れないし、着替えとか色々大変だもんね」
「ふたりはプール入る時ってどうしてるの?」
単純に不思議に思ってそう聞くと「「え、個室の更衣室だよ、当然」」と言われ、「「逆にどうしてたの?」」と聞き返される。今まで必要無かったから気にしたことはなかったけれど、ふたりが行くようなプールにはΩであっても困らないよう専用の個室の更衣室があるのだと教えられる。
「え、普通に。
更衣室で着替えてたよ」
「個室?」
「違うよ」
「え、Ωの子は?」
「水泳は免除。
ここは違うの?」
「選択式だからまずみんな選ばないよね」
「だね。
女の子は更衣室同じでも平気だったりするけど男性Ωはそうもいかないし、そもそも選択式って言いながら選択肢が無いし。
差別がどうこう言われるから更衣室が用意してあるだけ」
そう言われてプールを選択しなかったのではなくて、プールの選択肢がなかったのだと気付く。
「結局、プールは必須じゃないし、着替えとか面倒だからΩじゃなくてもみんな選択しないし。
プールって、水泳部のためにあるようなものだよ」
「暗黙の了解だよね」
「そう思うとΩって大変だよな」
思わずそう言ってしまうけど、ふたりはそんなことないと笑う。
「涼夏は知ってるからそう思うけど、知らなければそんなもんだとしか思わないよ?」
「自分に必要のないことをわざわざ知る必要もないし、知ったところで関わりがあるわけじゃないし。
僕は今の生活に満足してるよ」
これは浬。
「ボクもそんな感じかな。
浬よりは色々知ってるとは思うけどね」
これは忍。
忍は外見的には派手だけど、私生活は至って真面目で「忍ってパートナーもピアス好きな人の方がいいの?」と聞いた時には「え、嫌だ」と言われて困惑したのを思い出す。ピアスは自分が好きなだけで、相手にそれを求める気はないと言い放ち、「ボクがピアス好きだから自分もピアス開ける、とか言われたら引くよね」と真顔で答える。
だからこそ、付き合った相手が外見的なことだけでピアスを外して欲しいと言うのが許せないと言って「でも多すぎだもん」と浬に言われていた。
「次にどこ開けるか詳しく教えて欲しい?」と説明し始めて浬を蒼ざめさせていたけれど…。
「知らないことを無理に知る必要はないけど、知りたいことを知るのは悪くないんじゃないの?」
知っているオレがそう思うのは普通のとこだと思ったけれど、自分の普通が他人の普通じゃなかったのだとΩの診断を受けて気付いたことも多い。
「Ωだから仕方ないんだよ」
当たり前のように言われたその言葉だけどふたりが言うと普通のことなように思えてしまう。それくらい自然に、さらりと言われる言葉。
燈哉から聞かされた羽琉君の「Ωだから仕方ない」と言う言葉。
オレが口にする「Ωだから仕方ない」と言う言葉。
そして浬と忍が口にするこの言葉。
同じ言葉であってもそれぞれ意味合いが違うのだと改めて気付かされる。
「まあ、Ωだからってみんな同じ考え方するわけじゃないから涼夏の考え方は嫌いじゃないよ。
ただ、僕たちに大きな変化は必要無い」
「涼夏に話しかけたのは大きな変化だけどね。
さ、そろそろ授業の準備するよ」
浬の言葉に少しだけ意地悪に答えた忍は次の言葉を待たずに会話を終える。
【今居 涼夏】という存在がもたらした変化を受け入れた者、拒否した者、傍観した者。
「あの子から何か連絡あった?」
羽琉君が帰ってしまったからと教室まで迎えに来た燈哉に思わずいつもの調子で話しかけてしまう。校内だからだこそ気をつける必要があったはずなのに、羽琉君のことを心配するあまり思ったことをそのまま口にしてしまったのは仕方のないことだ。
「電話したけど電源切ってたし、メッセージに既読も付かない」
「病院とか?」
「病院でも使わなければいいだけで電源切る必要無いけどな」
「まあ、そうだけどね」
浬や忍がオレたちを見てニヤニヤしているせいで自分の失態に気づいたけれど、今さらどうすることもできず会話を続ける。燈哉のパブリックイメージが崩れなければいいけど、と思うけれど誤解されたままのオレたちの関係を正すのには丁度良いと開き直ることにする。
「それにしてもさあ、あの子が登校してたならちゃんと教えるべきだと思うよ?」
「すまん、」
「鍵、お願いした時にいるって教えてもらえれば借りなかったのにね」
「すまん、」
「そこは謝るところじゃないし」
テンポのいい会話が心地良い。
周りの人間は登下校でオレたちの姿を見慣れていたとしてもこんな会話をしていることは知らなかっただろう。だって、燈哉もオレもパブリックイメージを大切にしていたから。
校内で、しかもこんなふうに気軽に話すオレたちは周りの視線を集めているけれど、何もやましいことはないのだといつもの調子を崩すことなく会話を続ける。
入学式のあの出来事のせいでオレたちふたりの関係は、羽琉君と燈哉の関係は歪なものだと捉えられてしまっていた。
こんなふうに気軽に会話をしてオレと燈哉はただの友達で、羽琉君と燈哉の関係とは全く違うのだと羽琉君に伝われば良いのにと他力本願なことを願ってしまう。
「連絡、来るといいね。
明日は来れるのかな?
本当、いい加減話させて欲しいんだけど。って言うか、燈哉君とより羽琉君と話したい」
「何話すの?」
「え、まずは誤解させたこと謝って、あとは燈哉君がどれだけヘタレか伝える。
で、燈哉君はどれだけ羽琉君のことが好きなのかちゃんと言葉で伝えるってのはどう?」
「それができる相手ならこんなふうに連絡が取れなくならない」
「それ、ろくに連絡しない人が言っていいことじゃないからね。
とりあえず、帰ったらまた連絡してみたら?」
「返事も来ないのにそんなに何回も連絡したら迷惑なんじゃあ…」
「自分が体調悪い時に大切な人が心配してくれるのは迷惑?」
「………嬉しい」
「だったらどうしたらいいのか考えなよね」
そんな会話をしながら帰った駅までの道のり。翌日、連絡が来たけれど事務報告のようなメッセージの後で《また連絡する》と入ったため連絡を待っていると告げられて頭を抱える羽目になったのは、オレが伝えたことが燈哉には全く伝わってなかったと呆れたから。
「羽琉、このまま入院するそうだ」
駅でオレの姿を見つけた燈哉は開口一番そう言うと「これで、無理矢理マーキングしないですむ」と言いながらも落ち込んだ顔を見せる。
「そんな落ち込んだ顔、似合わないよ?」
そう言ってはみるけれど、予定より早い入院に思うところがあるのだろう。よくよく話してみれば昨日、オレたちが話していた美術準備室に羽琉君が来たのかもしれないと言い出す。鍵を貸してくれた子に燈哉の居場所を聞いたのにひとりで戻ってきてそのまま帰ってしまったと言っていたと教えられる。
「え、それって大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
「オレたちの話、聞いてたってことじゃない?」
「聞かれて困るような話、してたか?」
燈哉は真顔でそんなふうに言うけれど、いつから話を聞いていたか、どの部分を聞いていたかで他人の受け取り方は大きく変わってしまう。
改めて考えてみても聞かれて困るような内容ではなかったけれど、それは主観によるもので、客観的に見た時にどうなのかと言われれば、大丈夫だと言える自信はない。
そもそも、ふたりでコソコソ会っていたと言われてしまえばその通りなのだから。
「別に聞かれて困ることはないよ、オレは。口は悪かったかもしれないけど、間違ったことは言ってない…はず。
燈哉君は情けないことがバレバレだろうけどね」
そう言ったオレに一段と情けない顔を見せた燈哉は「どうしたらいい?」と更に情けないことを言い出す。
「とりあえず連絡する。
たくさんじゃなくていいから、毎日だよ。送ることなかったら挨拶だけでもいいから。
おはようとか、おやすみとか、体調はどうなのかとか」
「療養中なのに迷惑じゃないか?」
「だーかーらっ、どうでもいい相手からのメッセージなら迷惑だけど、あの子がまだ燈哉君のこと好きなら迷惑にはならないってば」
「もう好きじゃなかったらただの嫌がらせだ」
「その時はその時。
好きじゃないならもう一回好きになってもらえるように頑張りなよ」
「酷いことしたし、嫌われてるかも」
「だったら既読無視一択だよ、オレなら。
返信が来たならまだ望みはあるかもしれないんだから、できることは何でもしてみなよ。
何もしないまま嫌われるくらいなら、悪あがきして嫌われる方が諦めもつくんじゃない?」
「やっぱり、もう駄目なのか?」
「オレはあの子じゃないから分からないけど、考える時間が欲しいって言ったまま、何も答えをくれないまま何も言わずに終わらせたことに後悔はあるよ。
待ってれば何か答えがもらえると思ってたのにもらった言葉は『僕の元カレ、Ωのくせにαのフリしてたんだ』だよ?
そんなの、駄目になるに決まって思ってたけど、オレはその言葉の意味を問いただすことだってできたのに逃げたんだよ。ある意味、自分で終わらせたんだ。
でもさ、これだって言い訳でも開き直りでも何か答えをもらえてたらもっと違う関係を築けたかもしれないし、もしかしたらあの言葉に対しての誤解があったのかもしれない。
だけど話もできないまま心が離れるって、こういうことなんだよ。
そう思うと今の燈哉君たちの状況って、似てるんだよね、あの時と。
あの子が何を聞いてどう受け止めたか、ちゃんと話しないと駄目だと思うよ?
完全に心が離れたらあの子の名前、本当に呼べなくなるのに、それでもいいの?」
自分と重ねたのは燈哉なのか、羽琉君なのか、それとも両方なのか。
「電話してみるよ」
オレの言葉に何か思うところがあったのか、そう言った燈哉は覚悟を決めたように見えた。もしかしたら夏休みはひとり寂しく過ごすことになるのかもしれない。
「夏休み、一緒に遊ぶの楽しみにしてたのにな」
そう呟きながらも「頑張りなよ」と言ったオレに、「何かあったら相談していいか?」と困った顔を見せた燈哉は、やっぱりヘタレだと思う。
ふたりを誘って遊ぶのは楽しいだろうなと思いながらも、まだそこまでの関係性は築けてないと自覚する。
浬と忍のことを友達だと思っていても、まだまだα気質が抜けないオレはふたりを頼りながらも、何かあった時には自分が守るべきだと思っている。
だけどΩであるオレが本気のαに太刀打ちできないのは明白で、そうなった時に中途半端なオレのせいでふたりを傷つけるようなことがあってはいけないと気付いたのはつい最近。
ヒートが来るたびに変化していく身体が以前に比べて華奢になっていることに気付いたのは季節の衣類の入れ替えをした時だった。
軽いヒートは薬で抑え、少しだけ自分を慰めれば終わってしまうものだけど、それでも確実に身体は変化している。
だからこそ、Ωのである自分をしっかりと自覚する必要があるのだ。
「何それ?」
オレの言葉に呆れた顔を見せた忍だったけど、「とりあえずプールは諦める」と言えば何となく通じたのだろう。
「そっか、基本、僕たちはラッシュガード無いとプール入れないし、着替えとか色々大変だもんね」
「ふたりはプール入る時ってどうしてるの?」
単純に不思議に思ってそう聞くと「「え、個室の更衣室だよ、当然」」と言われ、「「逆にどうしてたの?」」と聞き返される。今まで必要無かったから気にしたことはなかったけれど、ふたりが行くようなプールにはΩであっても困らないよう専用の個室の更衣室があるのだと教えられる。
「え、普通に。
更衣室で着替えてたよ」
「個室?」
「違うよ」
「え、Ωの子は?」
「水泳は免除。
ここは違うの?」
「選択式だからまずみんな選ばないよね」
「だね。
女の子は更衣室同じでも平気だったりするけど男性Ωはそうもいかないし、そもそも選択式って言いながら選択肢が無いし。
差別がどうこう言われるから更衣室が用意してあるだけ」
そう言われてプールを選択しなかったのではなくて、プールの選択肢がなかったのだと気付く。
「結局、プールは必須じゃないし、着替えとか面倒だからΩじゃなくてもみんな選択しないし。
プールって、水泳部のためにあるようなものだよ」
「暗黙の了解だよね」
「そう思うとΩって大変だよな」
思わずそう言ってしまうけど、ふたりはそんなことないと笑う。
「涼夏は知ってるからそう思うけど、知らなければそんなもんだとしか思わないよ?」
「自分に必要のないことをわざわざ知る必要もないし、知ったところで関わりがあるわけじゃないし。
僕は今の生活に満足してるよ」
これは浬。
「ボクもそんな感じかな。
浬よりは色々知ってるとは思うけどね」
これは忍。
忍は外見的には派手だけど、私生活は至って真面目で「忍ってパートナーもピアス好きな人の方がいいの?」と聞いた時には「え、嫌だ」と言われて困惑したのを思い出す。ピアスは自分が好きなだけで、相手にそれを求める気はないと言い放ち、「ボクがピアス好きだから自分もピアス開ける、とか言われたら引くよね」と真顔で答える。
だからこそ、付き合った相手が外見的なことだけでピアスを外して欲しいと言うのが許せないと言って「でも多すぎだもん」と浬に言われていた。
「次にどこ開けるか詳しく教えて欲しい?」と説明し始めて浬を蒼ざめさせていたけれど…。
「知らないことを無理に知る必要はないけど、知りたいことを知るのは悪くないんじゃないの?」
知っているオレがそう思うのは普通のとこだと思ったけれど、自分の普通が他人の普通じゃなかったのだとΩの診断を受けて気付いたことも多い。
「Ωだから仕方ないんだよ」
当たり前のように言われたその言葉だけどふたりが言うと普通のことなように思えてしまう。それくらい自然に、さらりと言われる言葉。
燈哉から聞かされた羽琉君の「Ωだから仕方ない」と言う言葉。
オレが口にする「Ωだから仕方ない」と言う言葉。
そして浬と忍が口にするこの言葉。
同じ言葉であってもそれぞれ意味合いが違うのだと改めて気付かされる。
「まあ、Ωだからってみんな同じ考え方するわけじゃないから涼夏の考え方は嫌いじゃないよ。
ただ、僕たちに大きな変化は必要無い」
「涼夏に話しかけたのは大きな変化だけどね。
さ、そろそろ授業の準備するよ」
浬の言葉に少しだけ意地悪に答えた忍は次の言葉を待たずに会話を終える。
【今居 涼夏】という存在がもたらした変化を受け入れた者、拒否した者、傍観した者。
「あの子から何か連絡あった?」
羽琉君が帰ってしまったからと教室まで迎えに来た燈哉に思わずいつもの調子で話しかけてしまう。校内だからだこそ気をつける必要があったはずなのに、羽琉君のことを心配するあまり思ったことをそのまま口にしてしまったのは仕方のないことだ。
「電話したけど電源切ってたし、メッセージに既読も付かない」
「病院とか?」
「病院でも使わなければいいだけで電源切る必要無いけどな」
「まあ、そうだけどね」
浬や忍がオレたちを見てニヤニヤしているせいで自分の失態に気づいたけれど、今さらどうすることもできず会話を続ける。燈哉のパブリックイメージが崩れなければいいけど、と思うけれど誤解されたままのオレたちの関係を正すのには丁度良いと開き直ることにする。
「それにしてもさあ、あの子が登校してたならちゃんと教えるべきだと思うよ?」
「すまん、」
「鍵、お願いした時にいるって教えてもらえれば借りなかったのにね」
「すまん、」
「そこは謝るところじゃないし」
テンポのいい会話が心地良い。
周りの人間は登下校でオレたちの姿を見慣れていたとしてもこんな会話をしていることは知らなかっただろう。だって、燈哉もオレもパブリックイメージを大切にしていたから。
校内で、しかもこんなふうに気軽に話すオレたちは周りの視線を集めているけれど、何もやましいことはないのだといつもの調子を崩すことなく会話を続ける。
入学式のあの出来事のせいでオレたちふたりの関係は、羽琉君と燈哉の関係は歪なものだと捉えられてしまっていた。
こんなふうに気軽に会話をしてオレと燈哉はただの友達で、羽琉君と燈哉の関係とは全く違うのだと羽琉君に伝われば良いのにと他力本願なことを願ってしまう。
「連絡、来るといいね。
明日は来れるのかな?
本当、いい加減話させて欲しいんだけど。って言うか、燈哉君とより羽琉君と話したい」
「何話すの?」
「え、まずは誤解させたこと謝って、あとは燈哉君がどれだけヘタレか伝える。
で、燈哉君はどれだけ羽琉君のことが好きなのかちゃんと言葉で伝えるってのはどう?」
「それができる相手ならこんなふうに連絡が取れなくならない」
「それ、ろくに連絡しない人が言っていいことじゃないからね。
とりあえず、帰ったらまた連絡してみたら?」
「返事も来ないのにそんなに何回も連絡したら迷惑なんじゃあ…」
「自分が体調悪い時に大切な人が心配してくれるのは迷惑?」
「………嬉しい」
「だったらどうしたらいいのか考えなよね」
そんな会話をしながら帰った駅までの道のり。翌日、連絡が来たけれど事務報告のようなメッセージの後で《また連絡する》と入ったため連絡を待っていると告げられて頭を抱える羽目になったのは、オレが伝えたことが燈哉には全く伝わってなかったと呆れたから。
「羽琉、このまま入院するそうだ」
駅でオレの姿を見つけた燈哉は開口一番そう言うと「これで、無理矢理マーキングしないですむ」と言いながらも落ち込んだ顔を見せる。
「そんな落ち込んだ顔、似合わないよ?」
そう言ってはみるけれど、予定より早い入院に思うところがあるのだろう。よくよく話してみれば昨日、オレたちが話していた美術準備室に羽琉君が来たのかもしれないと言い出す。鍵を貸してくれた子に燈哉の居場所を聞いたのにひとりで戻ってきてそのまま帰ってしまったと言っていたと教えられる。
「え、それって大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
「オレたちの話、聞いてたってことじゃない?」
「聞かれて困るような話、してたか?」
燈哉は真顔でそんなふうに言うけれど、いつから話を聞いていたか、どの部分を聞いていたかで他人の受け取り方は大きく変わってしまう。
改めて考えてみても聞かれて困るような内容ではなかったけれど、それは主観によるもので、客観的に見た時にどうなのかと言われれば、大丈夫だと言える自信はない。
そもそも、ふたりでコソコソ会っていたと言われてしまえばその通りなのだから。
「別に聞かれて困ることはないよ、オレは。口は悪かったかもしれないけど、間違ったことは言ってない…はず。
燈哉君は情けないことがバレバレだろうけどね」
そう言ったオレに一段と情けない顔を見せた燈哉は「どうしたらいい?」と更に情けないことを言い出す。
「とりあえず連絡する。
たくさんじゃなくていいから、毎日だよ。送ることなかったら挨拶だけでもいいから。
おはようとか、おやすみとか、体調はどうなのかとか」
「療養中なのに迷惑じゃないか?」
「だーかーらっ、どうでもいい相手からのメッセージなら迷惑だけど、あの子がまだ燈哉君のこと好きなら迷惑にはならないってば」
「もう好きじゃなかったらただの嫌がらせだ」
「その時はその時。
好きじゃないならもう一回好きになってもらえるように頑張りなよ」
「酷いことしたし、嫌われてるかも」
「だったら既読無視一択だよ、オレなら。
返信が来たならまだ望みはあるかもしれないんだから、できることは何でもしてみなよ。
何もしないまま嫌われるくらいなら、悪あがきして嫌われる方が諦めもつくんじゃない?」
「やっぱり、もう駄目なのか?」
「オレはあの子じゃないから分からないけど、考える時間が欲しいって言ったまま、何も答えをくれないまま何も言わずに終わらせたことに後悔はあるよ。
待ってれば何か答えがもらえると思ってたのにもらった言葉は『僕の元カレ、Ωのくせにαのフリしてたんだ』だよ?
そんなの、駄目になるに決まって思ってたけど、オレはその言葉の意味を問いただすことだってできたのに逃げたんだよ。ある意味、自分で終わらせたんだ。
でもさ、これだって言い訳でも開き直りでも何か答えをもらえてたらもっと違う関係を築けたかもしれないし、もしかしたらあの言葉に対しての誤解があったのかもしれない。
だけど話もできないまま心が離れるって、こういうことなんだよ。
そう思うと今の燈哉君たちの状況って、似てるんだよね、あの時と。
あの子が何を聞いてどう受け止めたか、ちゃんと話しないと駄目だと思うよ?
完全に心が離れたらあの子の名前、本当に呼べなくなるのに、それでもいいの?」
自分と重ねたのは燈哉なのか、羽琉君なのか、それとも両方なのか。
「電話してみるよ」
オレの言葉に何か思うところがあったのか、そう言った燈哉は覚悟を決めたように見えた。もしかしたら夏休みはひとり寂しく過ごすことになるのかもしれない。
「夏休み、一緒に遊ぶの楽しみにしてたのにな」
そう呟きながらも「頑張りなよ」と言ったオレに、「何かあったら相談していいか?」と困った顔を見せた燈哉は、やっぱりヘタレだと思う。
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