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さあ、ここで活躍しましたのは伝家の宝刀、前世知識チートと、持つべきものは天才の弟ですわ!
まあ、知識チートと言っても、前世の私はしがない事務員のようでしたので、それほど専門的な知識があるわけではございませんの。
それに、下手に目立った功績をあげて王族に目をつけられてしまうのも困りますし、備蓄と目前の身の安全のどちらを取るかといえば、断然身の安全でしたから、正直知識チートについては少々諦めておりましたのよ。
それがどうしたことでしょう。
わたくしが、今の生活と前世の知識とを比べて不満に思うことをうかつにもボヤいたところ、ファウストったら!ウチの子ったら!我が家の天才枠攻略キャラ様といったら!
ステラフィッサ王国の文化レベルは、中世ヨーロッパ風の外観を持った明治時代、といったところです。
王都やガラッシア領、その他主要な都市はきちんと整備され、上下水道もあるところにはございます。
そこはやはり乙女ゲームの世界、というところですわね。
これで本当に中世ヨーロッパの世界観なら、上下水道なんて夢のまた夢、排泄物を窓から投げ捨てていたような地域もあったと読んだことがありますから、そこは乙女ゲームのキレイな世界に合わせた文化レベルになっているのです。
けれどわたくしが前世で生まれ育った国は、ニホン。
あちらの世界は文化・文明レベルがおそろしく高い世界でしたのに、水道水が飲める国は数少なく、その中の最右翼ともいうべき国がニホンでした。
おそらく衛生面の意識の高さでは右に出る国はなかったのでは?
そんな国で生活していた記憶があると、なかなかこちらの文化レベルでは厳しいものがあるというのが正直なところ。
毎日お風呂に入れる、というのはニホンでは当たり前のことでしたが、こちらでは貴族などの特権階級に許される贅沢な習慣のひとつです。
今世の世界には魔法がありますが、生活魔法というような便利なものはなく、お湯を沸かすにもエネルギーが必要です。
電気もガスもない世界ですから、原始的に薪を燃やすのが一般的になるでしょうが、そこは魔法のある世界ならではの、魔力を込めた「魔石」というものでまかなうことが可能です。
もちろんこの魔石、お安いものではなく、お風呂いっぱいの水を温めるのに、一般市民の皆さまが気軽に手を出せるものではないでしょう。
まあでもわたくしは、他に追随を許さないガラッシア公爵家の令嬢ですし、猫足の白いバスタブが、わたくし専用に寝室の続きに設てあります。
ここまでですでに贅沢なほど贅沢過ぎることは十分承知しております。
文化レベルの低い異世界に転生して、最高級の貴族の家に生まれ育ち、衣食住なにひとつ不自由なく暮らしていられるのですもの。
それはそう、まったくそのとおりなのです。
そう、なのですけれど…… 。
前世の記憶が訴えるのです。
石鹸が、肌に合わない、と。
匂いとか、肌触りとか、泡立ちとか、きっと普及し出した頃の石鹸って、こんな感じなんだろうなあ、といういまひとつ感。
毎日お風呂に入れて、石鹸まで使えていてかなり贅沢な環境であることは間違いないのですけれど、溢れ出る「コレジャナイ」という不満……。
ファウストは、そんなわたくしのワガママを敏感に感じとってしまったのです。
「ねえさまは、おふろがおキライなの?」
「どうして?そんなことなくてよ?」
「……ほんとうに?」
お風呂が嫌いなわけではないので首を振りましたが、ファウストの澄んだビー玉の目にじっと見上げられていたら、本音がポロポロとこぼれてしまいました。
「ほんとうよ?わたくしお風呂はむしろ好きなの。
でも、石鹸があるでしょう?あれがもっと良い匂いで、それもいろんな種類があって、泡もフワフワのモチモチでクリームみたいになって、洗い上がりもしっとりさっぱりとして、そうだったらもっと楽しくて、好きになれるのにとは思っているの」
前世で使っていた洗顔、シャンプーにコンディショナー、ボディーソープを思い浮かべ、羅列するようにファウストに語ってしまいました。
お店に行けば迷うほどの種類があって、香りだけでなく肌質や悩みに合った効能だって選べたのですもの。
入浴剤だって様々、毎日違った香りを楽しんでいた覚えがあります。
お風呂上がりの保湿だって、まだ小児の間はガマンできますけれど、すぐに必要になってきますわ。
こちらでは香油のようなものが主流のようですけれど、これも肌に合う合わないがあります。
ちなみに前世の私はオイルタイプは苦手としておりましたわね。
肝心な記憶は戻らないのに、そんな些細な生活様式だけを思い出して日々ストレスを溜めているなんてバカバカしいことですけれど、毎日のことですから、小さな積み重ねが、自分でも思っていた以上に大きな不満になっていたのだと思い知りました。
「ねえさまは、どんなかおりがお好きですか?」
「そうですわね……ローズのようなお花は定番ですけれど、果物の、とくにレモンやオレンジのような柑橘の香りが好きですわ。それからラベンダーやローズマリーのハーブも」
こてんと首を傾げて尋ねてくるファウストに、それからいくつか質問されて、わたくしは思うままに前世の好みを答えました。
それからすぐのこと。
ファウストは部屋にこもりがちになり、寝食も忘れたように何かを作りはじめました。
兄とわたくしは心配しましたが、お父さまやお母さまは何かご存知のようで、好きにさせてやりなさいと、お世話はセルジオに任されました。
そうして一か月近く経った頃、ファウストはカゴいっぱいに何かを詰めて、わたくしのところへやってきました。
「ねえさまに」
そう一言だけ添えて渡されたそれには、良い匂いのする、キレイな色の、いろんな形をした、言うまでもなく石鹸の山が入っていたのです。
淡いピンクのバラの形、明るい黄色の半透明のものは宝石のようで、青から緑のグラデーションのものは、可愛らしい葉の形をしています。
「まあ!すてき!それに良い香りがしますわ」
「たくさん、泡もできます」
ファウストがそういうと、セルジオが水を張ったガラスの容器を持ってきて、その中で真っ白な雲型の石鹸を泡立てました。
甘いクリームのような香りが瞬時に立ち上がり、見る間に入道雲のような泡がその手のひらに出来上がっておりました。
「すごいわ!これをずっとファウストは作っていたの?」
感激してファウストを見返すと、コクリと小さく頷いたその表情は、いつもあまり動きが見えないのに、今は心なしか嬉しそうにも誇らしそうにも見えました。
カゴいっぱいに、おそらくわたくしが語って聞かせたすべてを叶えた石鹸が詰まっていました。
そもそも石鹸の作り方などわたくしは知らないので、どれくらいの時間でこんなにたくさんの種類、それも可愛らしい形でそろえられるものなのかもわかりません。
これまで公爵家で使用していたものがそれほどクオリティの高いものではなかったのですから、流通しているものの中でもそれがいちばん品質の高いものということです。
ファウストはそれを一から改良、完成させ、さらには種類も豊富にそろえた、ということでしょうか。
え、本当に一か月でできるもの?
「ルクレツィアお嬢様のためにとかなり無理はなさってますが、それでもその発想も魔法の腕も、舌を巻くほどでしたよ」
疑問が顔に出ていたのか、セルジオがそっと教えてくれました。
なるほど、魔法。
稀有な力を持っているとは聞いておりましたが、それもすでに使いこなしているようです。
そこへわたくしの知識チートを叶えるために、驚くほどの集中力と才覚を目覚めさせたことがうかがえます。
石鹸を作る工程のどこかで魔法を使い、製作自体の時間は短縮できるかもしれません。
それでも品質改善をした上での香りや色の調合、さらにはわたくし好みに可愛らしい形にまでして、前世のおしゃれな雑貨屋さんに置いてあっても遜色ないクオリティにまで仕上げているのですもの、本当に無理をしたんだわ。
わたくしに石鹸をプレゼントできてホッとしたのか、ファウストは今にも眠りに落ちそうなほどうつらうつらとしはじめています。
「ありがとう、ファウスト!大切に使いますわね」
まだまだ幼いファウストに無理をさせてしまったのは本意ではありません。
小さな体を一度だけぎゅっと抱きしめ、あとはセルジオに委ねて寝かしつけてもらうことにします。
ふにゃふにゃとなっているファウストをセルジオが抱き上げて部屋に連れて行くのを見送りながら、わたくしは考えておりました。
(ファウストのポテンシャルの高さは予想以上ですわ。
根を詰めるのはよくありませんが、わたくし次第では、考えていた対策のいくつかが実現できるかも!)
そう、わたくしひらめいてしまったのです。
まず一つ目、ファウストに邪険にされるような姉になる、という出会ったときに立てた目標、わたくし忘れてはおりませんのよ。
ですから、体調に無理のないようにという配慮はもちろんいたしますけれど、これから少しずつワガママという名の知識チートを披露して、ファウストにそれを作ってくれるよう命令するのです。
するとどうでしょう。
あっという間に義弟を無理難題で振り回す横暴な姉の爆誕ですわ!
二つ目。
気がかりの個人的な資産について。
ファウストに作らせたものを商売にして、発案者としてそのマージンをしっかりいただこうと思っておりますの。
細かい話はそれ専門の方にお任せしようとは思っておりますが、その主張だけは強く訴えたい所存。
そしてこの商売に、アンジェロお兄さまを巻き込もうと企んでおります。
わたくしひとりではとても商売なんてできそうにありませんし、できたとして悪目立ちはダメ絶対、そこへお兄さまの名前がトップにあれば、公爵家の三兄妹としての功績になるのです。
そして今は丁度よくもアンジェロお兄さまの従者選抜の最中。
お兄さまを巻き込めば、すぐに商売上手な方が配下に加わること間違いなし。
そこはセルジオの手腕を信頼しております。
さらに三つ目。
お兄さまを巻き込むことで、将来起こり得るヒロインとの恋愛イベントの要、つまりお兄さまの悩みごとをなくしてしまおうと考えているのです。
おそらくですが、お兄さまは天才型のファウストに対して、嫉妬めいた感情を抱くことになります。
自分にないものを持つものを羨む気持ちはよくわかりますわ。
でもそれを拗らせてややこしくなる前に、「適材適所」という見識をお兄さまが持つ環境を整えるのです。
正直ファウストは物作りや魔法に関しては才があるかもしれませんが、領地運営や商売に必要な対人関係においては、少々難ありな成長を遂げると思われます。
そこへきて、すでに公爵家嫡男たる振る舞いを身につけていらっしゃるお兄さまでしたら、何ら問題ありません。
そのあたりを上手にお兄さまに伝えて巻き込めたなら大成功!
ファウストが作り、お兄さまが売る。
そしてわたくしはちゃっかりマージンを得る。
すばらしい三者両得ですわ!
乙女ゲーム大好きな三十路女としては、義弟に屈折した感情を抱く完璧な公爵令息という攻略キャラクターを見てみたい気もいたしますが、そこはルクレツィアとして涙を呑んで恋愛イベント潰しを選びます。
仮に悩める素振りがあっても、ベアトリーチェお姉さまにご協力いただいて、ヒロインの入る余地なく、お兄さまがクソヤローになる道は閉ざすのみです!
(すばらしいわ!ファウストの才能に気づいただけでこんなにも問題が解決するなんて、わたくしも天才なのではなくて?)
ファウストに作ってもらうものとして、仮にヒロインに冤罪をかけられそうになったときに使える道具、例えば監視カメラではないにしても、わたくしの身の潔白が証明できるだけの映像記録が残せるものも考えております。
学園入学まではまだまだ時間がありますから、きっとその頃までには出来上がるはず。
(ファウストへの過度な期待かもしれませんけど、希望を持てないよりはマシですもの、お願いするだけはしてみましょう)
ファウストの石鹸という、転生悪役令嬢の神様からのプレゼントのような天啓をうけて、いよいよわたくしは、破滅回避への対策に乗り出すこととなりました。
まあ、知識チートと言っても、前世の私はしがない事務員のようでしたので、それほど専門的な知識があるわけではございませんの。
それに、下手に目立った功績をあげて王族に目をつけられてしまうのも困りますし、備蓄と目前の身の安全のどちらを取るかといえば、断然身の安全でしたから、正直知識チートについては少々諦めておりましたのよ。
それがどうしたことでしょう。
わたくしが、今の生活と前世の知識とを比べて不満に思うことをうかつにもボヤいたところ、ファウストったら!ウチの子ったら!我が家の天才枠攻略キャラ様といったら!
ステラフィッサ王国の文化レベルは、中世ヨーロッパ風の外観を持った明治時代、といったところです。
王都やガラッシア領、その他主要な都市はきちんと整備され、上下水道もあるところにはございます。
そこはやはり乙女ゲームの世界、というところですわね。
これで本当に中世ヨーロッパの世界観なら、上下水道なんて夢のまた夢、排泄物を窓から投げ捨てていたような地域もあったと読んだことがありますから、そこは乙女ゲームのキレイな世界に合わせた文化レベルになっているのです。
けれどわたくしが前世で生まれ育った国は、ニホン。
あちらの世界は文化・文明レベルがおそろしく高い世界でしたのに、水道水が飲める国は数少なく、その中の最右翼ともいうべき国がニホンでした。
おそらく衛生面の意識の高さでは右に出る国はなかったのでは?
そんな国で生活していた記憶があると、なかなかこちらの文化レベルでは厳しいものがあるというのが正直なところ。
毎日お風呂に入れる、というのはニホンでは当たり前のことでしたが、こちらでは貴族などの特権階級に許される贅沢な習慣のひとつです。
今世の世界には魔法がありますが、生活魔法というような便利なものはなく、お湯を沸かすにもエネルギーが必要です。
電気もガスもない世界ですから、原始的に薪を燃やすのが一般的になるでしょうが、そこは魔法のある世界ならではの、魔力を込めた「魔石」というものでまかなうことが可能です。
もちろんこの魔石、お安いものではなく、お風呂いっぱいの水を温めるのに、一般市民の皆さまが気軽に手を出せるものではないでしょう。
まあでもわたくしは、他に追随を許さないガラッシア公爵家の令嬢ですし、猫足の白いバスタブが、わたくし専用に寝室の続きに設てあります。
ここまでですでに贅沢なほど贅沢過ぎることは十分承知しております。
文化レベルの低い異世界に転生して、最高級の貴族の家に生まれ育ち、衣食住なにひとつ不自由なく暮らしていられるのですもの。
それはそう、まったくそのとおりなのです。
そう、なのですけれど…… 。
前世の記憶が訴えるのです。
石鹸が、肌に合わない、と。
匂いとか、肌触りとか、泡立ちとか、きっと普及し出した頃の石鹸って、こんな感じなんだろうなあ、といういまひとつ感。
毎日お風呂に入れて、石鹸まで使えていてかなり贅沢な環境であることは間違いないのですけれど、溢れ出る「コレジャナイ」という不満……。
ファウストは、そんなわたくしのワガママを敏感に感じとってしまったのです。
「ねえさまは、おふろがおキライなの?」
「どうして?そんなことなくてよ?」
「……ほんとうに?」
お風呂が嫌いなわけではないので首を振りましたが、ファウストの澄んだビー玉の目にじっと見上げられていたら、本音がポロポロとこぼれてしまいました。
「ほんとうよ?わたくしお風呂はむしろ好きなの。
でも、石鹸があるでしょう?あれがもっと良い匂いで、それもいろんな種類があって、泡もフワフワのモチモチでクリームみたいになって、洗い上がりもしっとりさっぱりとして、そうだったらもっと楽しくて、好きになれるのにとは思っているの」
前世で使っていた洗顔、シャンプーにコンディショナー、ボディーソープを思い浮かべ、羅列するようにファウストに語ってしまいました。
お店に行けば迷うほどの種類があって、香りだけでなく肌質や悩みに合った効能だって選べたのですもの。
入浴剤だって様々、毎日違った香りを楽しんでいた覚えがあります。
お風呂上がりの保湿だって、まだ小児の間はガマンできますけれど、すぐに必要になってきますわ。
こちらでは香油のようなものが主流のようですけれど、これも肌に合う合わないがあります。
ちなみに前世の私はオイルタイプは苦手としておりましたわね。
肝心な記憶は戻らないのに、そんな些細な生活様式だけを思い出して日々ストレスを溜めているなんてバカバカしいことですけれど、毎日のことですから、小さな積み重ねが、自分でも思っていた以上に大きな不満になっていたのだと思い知りました。
「ねえさまは、どんなかおりがお好きですか?」
「そうですわね……ローズのようなお花は定番ですけれど、果物の、とくにレモンやオレンジのような柑橘の香りが好きですわ。それからラベンダーやローズマリーのハーブも」
こてんと首を傾げて尋ねてくるファウストに、それからいくつか質問されて、わたくしは思うままに前世の好みを答えました。
それからすぐのこと。
ファウストは部屋にこもりがちになり、寝食も忘れたように何かを作りはじめました。
兄とわたくしは心配しましたが、お父さまやお母さまは何かご存知のようで、好きにさせてやりなさいと、お世話はセルジオに任されました。
そうして一か月近く経った頃、ファウストはカゴいっぱいに何かを詰めて、わたくしのところへやってきました。
「ねえさまに」
そう一言だけ添えて渡されたそれには、良い匂いのする、キレイな色の、いろんな形をした、言うまでもなく石鹸の山が入っていたのです。
淡いピンクのバラの形、明るい黄色の半透明のものは宝石のようで、青から緑のグラデーションのものは、可愛らしい葉の形をしています。
「まあ!すてき!それに良い香りがしますわ」
「たくさん、泡もできます」
ファウストがそういうと、セルジオが水を張ったガラスの容器を持ってきて、その中で真っ白な雲型の石鹸を泡立てました。
甘いクリームのような香りが瞬時に立ち上がり、見る間に入道雲のような泡がその手のひらに出来上がっておりました。
「すごいわ!これをずっとファウストは作っていたの?」
感激してファウストを見返すと、コクリと小さく頷いたその表情は、いつもあまり動きが見えないのに、今は心なしか嬉しそうにも誇らしそうにも見えました。
カゴいっぱいに、おそらくわたくしが語って聞かせたすべてを叶えた石鹸が詰まっていました。
そもそも石鹸の作り方などわたくしは知らないので、どれくらいの時間でこんなにたくさんの種類、それも可愛らしい形でそろえられるものなのかもわかりません。
これまで公爵家で使用していたものがそれほどクオリティの高いものではなかったのですから、流通しているものの中でもそれがいちばん品質の高いものということです。
ファウストはそれを一から改良、完成させ、さらには種類も豊富にそろえた、ということでしょうか。
え、本当に一か月でできるもの?
「ルクレツィアお嬢様のためにとかなり無理はなさってますが、それでもその発想も魔法の腕も、舌を巻くほどでしたよ」
疑問が顔に出ていたのか、セルジオがそっと教えてくれました。
なるほど、魔法。
稀有な力を持っているとは聞いておりましたが、それもすでに使いこなしているようです。
そこへわたくしの知識チートを叶えるために、驚くほどの集中力と才覚を目覚めさせたことがうかがえます。
石鹸を作る工程のどこかで魔法を使い、製作自体の時間は短縮できるかもしれません。
それでも品質改善をした上での香りや色の調合、さらにはわたくし好みに可愛らしい形にまでして、前世のおしゃれな雑貨屋さんに置いてあっても遜色ないクオリティにまで仕上げているのですもの、本当に無理をしたんだわ。
わたくしに石鹸をプレゼントできてホッとしたのか、ファウストは今にも眠りに落ちそうなほどうつらうつらとしはじめています。
「ありがとう、ファウスト!大切に使いますわね」
まだまだ幼いファウストに無理をさせてしまったのは本意ではありません。
小さな体を一度だけぎゅっと抱きしめ、あとはセルジオに委ねて寝かしつけてもらうことにします。
ふにゃふにゃとなっているファウストをセルジオが抱き上げて部屋に連れて行くのを見送りながら、わたくしは考えておりました。
(ファウストのポテンシャルの高さは予想以上ですわ。
根を詰めるのはよくありませんが、わたくし次第では、考えていた対策のいくつかが実現できるかも!)
そう、わたくしひらめいてしまったのです。
まず一つ目、ファウストに邪険にされるような姉になる、という出会ったときに立てた目標、わたくし忘れてはおりませんのよ。
ですから、体調に無理のないようにという配慮はもちろんいたしますけれど、これから少しずつワガママという名の知識チートを披露して、ファウストにそれを作ってくれるよう命令するのです。
するとどうでしょう。
あっという間に義弟を無理難題で振り回す横暴な姉の爆誕ですわ!
二つ目。
気がかりの個人的な資産について。
ファウストに作らせたものを商売にして、発案者としてそのマージンをしっかりいただこうと思っておりますの。
細かい話はそれ専門の方にお任せしようとは思っておりますが、その主張だけは強く訴えたい所存。
そしてこの商売に、アンジェロお兄さまを巻き込もうと企んでおります。
わたくしひとりではとても商売なんてできそうにありませんし、できたとして悪目立ちはダメ絶対、そこへお兄さまの名前がトップにあれば、公爵家の三兄妹としての功績になるのです。
そして今は丁度よくもアンジェロお兄さまの従者選抜の最中。
お兄さまを巻き込めば、すぐに商売上手な方が配下に加わること間違いなし。
そこはセルジオの手腕を信頼しております。
さらに三つ目。
お兄さまを巻き込むことで、将来起こり得るヒロインとの恋愛イベントの要、つまりお兄さまの悩みごとをなくしてしまおうと考えているのです。
おそらくですが、お兄さまは天才型のファウストに対して、嫉妬めいた感情を抱くことになります。
自分にないものを持つものを羨む気持ちはよくわかりますわ。
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仮に悩める素振りがあっても、ベアトリーチェお姉さまにご協力いただいて、ヒロインの入る余地なく、お兄さまがクソヤローになる道は閉ざすのみです!
(すばらしいわ!ファウストの才能に気づいただけでこんなにも問題が解決するなんて、わたくしも天才なのではなくて?)
ファウストに作ってもらうものとして、仮にヒロインに冤罪をかけられそうになったときに使える道具、例えば監視カメラではないにしても、わたくしの身の潔白が証明できるだけの映像記録が残せるものも考えております。
学園入学まではまだまだ時間がありますから、きっとその頃までには出来上がるはず。
(ファウストへの過度な期待かもしれませんけど、希望を持てないよりはマシですもの、お願いするだけはしてみましょう)
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オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
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