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43.揺さぶり

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 レミィは、解毒剤について何かを知っている筈なの。その根拠に吸血鬼化されてから、解毒剤に関して一切を喋ろうとも考えようともしていない。確実に製法か他の何かを知っていて、悟られないように隠している。
 一時期、レミィの調薬を手伝っていたことがある。薬品の名前とか、混ぜ方とか、そういう簡単な知識だけなら持っている。その事はレミィも承知なの。
 そんな私に悟られてはいけないものは二つ、解毒剤現物の在処か、数分で作成可能な解毒剤の製法。この二つのどちらとも取れるような発言をすれば、このはったりに信憑性を持たせられる筈。

 …あー、何考えてるんだ私。そもそも、どちらとも受け取れるような発言とか、そんな器用な芸当が私に出来る訳ないじゃない。ならいっそ、二択のどちらかに山を張ったはったりの方がまだマシよ。
 ならどちらに貼るべきかしら。レミィ自身、解毒剤は作っていないと言っていたけれど…、吸血鬼化前のレミィの発言は信用に欠ける。でもそうね、レミィからすれば、奪われるリスクを背負ってまで解毒剤を作り置きするメリットは無いとも思えるわ。
 それを考慮すれば、後者の解毒剤の製法の方が可能性が高そうね。一先ず、レミィが知っているのは、解毒剤の製法と考えておくとして、それからどう揺さぶりをかけようかしら…。目の前で薬品棚を漁れば、なにかしらの反応を示すかもしれないわね。

「時間が押してるから。また会いましょうねレミィ。」

 壁に横長く穴を開けただけの簡素な薬品棚…前よりも増築されて、薬品も前よりも増えてるわね。知らない物の方が多いまであるわ。新しく増えた薬品は、…見分けが全然つかないわね。
 …あれ、さっきまでの考えの基盤は、私が薬品をある程度見分けられる前提のものだったわ。でも実際は、見分けられない…何一つという訳では無いけれど、殆ど見分けがつかない。
 もしかして…、さっきまでの前提が崩れる? 私の中途半端な薬学に対してレミィが悟られたくない事、必然的に残った選択肢は…、解毒剤の在処。レミィが隠しているのは、解毒剤現物の在処の方かもしれないわね。
 …読みが外れた。

 私が薬品棚を漁り出してからのレミィは、不安の表情から、少しずつ疑問の表情へと変化して、そこから更に不敵な笑みにまで変容した。

「あらら、シエルキューテ様。そんな所で何を探してるんです? 思わせぶりな事を言ってたので、かなり驚いたのですけど、結局何も分かってないみたいですね。」

「確かに、何も分かってなかったわ。さっきのはただの嘘よ。…でももう良いの、あの薬品棚にある解毒剤を持って帰るから。」

 そう言った途端、レミィから笑みが消える。本当に分かりやすい子ね。
 思った事が素直に顔へ出てしまう程、簡単な嘘に惑わされてくれて助かったわ。

「さっきレミィが考えた事でしょう。『なぜ、そこに在る解毒剤を持って帰らないか。そうか、解毒剤の在処を知らないのか』とかね。端から疑問すら持たず、最初みたく数字だけ数えてれば良かったのよ、間抜け。」

 まぁ、実際にはレミィの考えを読み取っても、解毒剤の在処なんて分かっていなかったわ。最後のもはったりで、そのはったりで今やっと解毒剤の在処が分かったの。
 レミィは、私が薬品棚を漁っている真っ最中も不安を顔に浮かべていた。もし仮に、レミィの隠したい物が薬品棚以外の場所にあるのだとしたら、レミィは私が薬品棚を漁ろうとしている時点で不安では無くて疑問が浮かぶ筈よ。『なぜ、そんな所を漁っているの?』とかね。
 でも、レミィはそれでも尚不安を抱き続けた、そこに隠している物があるから。
 というか、あそこまで素直になられると読む思考の量が多すぎて、逆に読みずらいのよね。

 …それにしても、魔王様とバーラが介入してこないなんて、不思議だわ。一応聞くだけ聞いておこうかしら。

「レミィ、バーラはどうしたの?」

 …答えない。いつまで経ってもレミィの加勢に来ないことを考慮すると、死んだと考えるのが妥当なのかしら。
 まあ、次も聞き出しましょうか。

「魔王様が今何をしているか知ってる?」

 また、答えない。でも、知らない訳では無さそうね。レミィから色々聞き出す時に、魔王様も介入して来なかった。これよりも大事な用があるのかしら?
 まあいいわ、これでカリムは助かるのだから…。…カリムが助かる?

 …私は、ビスクの介入を恐れていたわ。でも、それは杞憂に終わったとも安堵していた。それが、大きな勘違いなのかもしれない。
 ビスクが介入する。それは、ビスクがここに来てレミィを守るとは限らない。もっと根本的なものを抑えてしまえばいいだけなのだから。

 私は解毒剤を手に取り、急いで地上へと向かった。
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