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誰かの身代わり
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一瞬、フェリアに注目した多くの貴族達も直ぐに視線を逸らした。
彼らの目的は、今日この夜会の主役であるサンドラとサージェスの登場だ。夫同伴でないことを確認した貴族達にとって、最早フェリア達の夫婦関係は破綻したのだと勝手な憶測をし始めていた。
中には次期公爵夫人となるサンドラにどう取り入ろうかと皮算用をし始めた者もいるだろう。
フェリアはそんな貴族達の好奇な目に晒されながら、いつもの様に壁際に一人佇んでいた。
使用人の一人がフェリアに「奥様、飲み物は如何でしょうか?」と勧めてくれるが、ここ数日フェリアは体調が芳しくないので断った。
物思いにふける事が多い上に、睡眠も不十分。その為か食欲もわかないし、突如として睡魔に襲われる。今も使用人が持っている飲み物の臭いに気分が悪くなっていた。
「お顔の色が悪い様ですが…」
「だ…大丈夫です」
使用人に心配されたが、フェリアはこんな所で具合が悪くなれば、また新聞に悪評を書かれてしまうと我慢した。
だが、フェリアの体調は追い打ちをかける様に悪くなっていく。限界に近付く頃に、会場から大きな歓声が上がった。
入口には、サージェスにエスコートされたサンドラの姿があった。
シャンデリアの光に照らされて、彼女は光り輝くように立っている。周りが一斉に二人を囲んでいる様子を遠目に見ながら、フェリアの意識は薄れていった。
目を閉じる瞬間、「フェリア!!」サージェスの悲痛な叫びを聞いたような気がする。それはきっとフェリアが望んだ幻想だろう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
数時間前。
フェリアに見送られたサージェスは、両親の元を訪れていた。
「結婚生活は順調かしら」
「はあっ…、久しぶりに会った息子に対していう事がそれですか。母上」
「まあ、仕方がないだろう。イゾルデも気にしていたんだ。お前がこのまま一生独身を貫くのではないかと、だが、従順で愛らしい妻を持ったんだから、次は孫を……」
「父上、まだ気が早いです。一年しか経っていません。彼女に圧をかけないで下さいよ」
「わかっているわ。わたくしも親戚から急かされて気鬱になったぐらいですもの」
「あの頃は大変だったな」
「話を逸らさないで下さい。俺を呼び出したのはサンドラのことですか」
「…そうだ」
「なら、心配しないで下さい。元に戻る事は決してありませんし、そもそも在り得ない事ですから」
「確かにそうね。でも、貴方がそう思っていても、相手も同じだとは限らないでしょう」
「隙を見せない様に気を付けます」
「それがいい。それと嫁は大切にするのだぞ」
「心配しないで下さい」
サージェスは、両親の住む郊外の屋敷に呼び出された時から、何を言われるかを予測していた。
「やっぱりか」
内心チッと舌打ちしたくなったが、両親が案ずるのも理解できた。連日のニュースにサンドラの事が書かれ、その記事を見る度に心が重くなっていく。誤魔化す為にフェリアを掻き抱いて眠るのが日課となりつつあることは、誰よりもサージェス自身が分かっている。
それでも、そうしないとフェリアがいつかサージェスを捨てて、何処か遠くへ行ってしまう様な気分にさせられる。毎晩腕に抱いて眠りに着くと、少しは不安が拭えるように感じるのだ。
隣で小さな寝息を立てている妻の温もりが、凍えたサージェスの心を溶かしてくれるように、そう感じていた。
領地内の織物工場を視察した後、サージェスは魔導列車に飛び乗って、王都に戻って来た。
駅で待っていた部下から、「奥様は先に夜会に向かわれました」と報告を受けて急いだが、結局間に合わずフェリアを一人で入場させた事を悔やんだ。
遅れたが、フェリアの顔を見れば疲れた体も楽になりそうで、入場しようとした時に声を掛けられたのだ。
「…サージェス」
聞き覚えがある声の主は、あのサンドラだった。
幼い頃の初恋の相手で、今は顔も名前すら見たくない存在。
「あ…待って。お願い」
無視をして、会場入りしようとしたサージェスをサンドラは引き留めた。
「なんでしょう。ブラック令嬢」
「以前のように『サンドラ』と呼んで欲しいわ」
「俺が結婚したのは知っていますよね。なら」
「知っているわ。なんでもわたくしに良く似た夫人なのでしょう。それって、わたくしの身代わりってことよね」
「何を勘違いしているのか分からないが、妻の代わりはいない。今後、馴れ馴れしくしないでほしい」
「じ…じゃあ、今日の入場でエスコートしてくれたら、終わりにしましょう」
「わかった」
サージェスは周りの目がある為に、このままここで言い争っても仕方がないと判断した。そのまま、サンドラをエスコートして入場したが、目はフェリアを探して彷徨わせていた。
隅でいつもの様に立っていたフェリアの身体が崩れ落ちそうになった時、無意識にサージェスはサンドラの手を払い除けてフェリアの元に駆け寄った。
床に倒れる寸前に受け止められた自分を褒めたいと思っていた。
青白い顔をした妻を腕に抱き、サージェスは王城の控室に入っていく。
残されたサンドラがどんな表情を浮かべ、見ていた貴族達がどのような反応を示していたのかも知らずに……。
彼らの目的は、今日この夜会の主役であるサンドラとサージェスの登場だ。夫同伴でないことを確認した貴族達にとって、最早フェリア達の夫婦関係は破綻したのだと勝手な憶測をし始めていた。
中には次期公爵夫人となるサンドラにどう取り入ろうかと皮算用をし始めた者もいるだろう。
フェリアはそんな貴族達の好奇な目に晒されながら、いつもの様に壁際に一人佇んでいた。
使用人の一人がフェリアに「奥様、飲み物は如何でしょうか?」と勧めてくれるが、ここ数日フェリアは体調が芳しくないので断った。
物思いにふける事が多い上に、睡眠も不十分。その為か食欲もわかないし、突如として睡魔に襲われる。今も使用人が持っている飲み物の臭いに気分が悪くなっていた。
「お顔の色が悪い様ですが…」
「だ…大丈夫です」
使用人に心配されたが、フェリアはこんな所で具合が悪くなれば、また新聞に悪評を書かれてしまうと我慢した。
だが、フェリアの体調は追い打ちをかける様に悪くなっていく。限界に近付く頃に、会場から大きな歓声が上がった。
入口には、サージェスにエスコートされたサンドラの姿があった。
シャンデリアの光に照らされて、彼女は光り輝くように立っている。周りが一斉に二人を囲んでいる様子を遠目に見ながら、フェリアの意識は薄れていった。
目を閉じる瞬間、「フェリア!!」サージェスの悲痛な叫びを聞いたような気がする。それはきっとフェリアが望んだ幻想だろう。
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数時間前。
フェリアに見送られたサージェスは、両親の元を訪れていた。
「結婚生活は順調かしら」
「はあっ…、久しぶりに会った息子に対していう事がそれですか。母上」
「まあ、仕方がないだろう。イゾルデも気にしていたんだ。お前がこのまま一生独身を貫くのではないかと、だが、従順で愛らしい妻を持ったんだから、次は孫を……」
「父上、まだ気が早いです。一年しか経っていません。彼女に圧をかけないで下さいよ」
「わかっているわ。わたくしも親戚から急かされて気鬱になったぐらいですもの」
「あの頃は大変だったな」
「話を逸らさないで下さい。俺を呼び出したのはサンドラのことですか」
「…そうだ」
「なら、心配しないで下さい。元に戻る事は決してありませんし、そもそも在り得ない事ですから」
「確かにそうね。でも、貴方がそう思っていても、相手も同じだとは限らないでしょう」
「隙を見せない様に気を付けます」
「それがいい。それと嫁は大切にするのだぞ」
「心配しないで下さい」
サージェスは、両親の住む郊外の屋敷に呼び出された時から、何を言われるかを予測していた。
「やっぱりか」
内心チッと舌打ちしたくなったが、両親が案ずるのも理解できた。連日のニュースにサンドラの事が書かれ、その記事を見る度に心が重くなっていく。誤魔化す為にフェリアを掻き抱いて眠るのが日課となりつつあることは、誰よりもサージェス自身が分かっている。
それでも、そうしないとフェリアがいつかサージェスを捨てて、何処か遠くへ行ってしまう様な気分にさせられる。毎晩腕に抱いて眠りに着くと、少しは不安が拭えるように感じるのだ。
隣で小さな寝息を立てている妻の温もりが、凍えたサージェスの心を溶かしてくれるように、そう感じていた。
領地内の織物工場を視察した後、サージェスは魔導列車に飛び乗って、王都に戻って来た。
駅で待っていた部下から、「奥様は先に夜会に向かわれました」と報告を受けて急いだが、結局間に合わずフェリアを一人で入場させた事を悔やんだ。
遅れたが、フェリアの顔を見れば疲れた体も楽になりそうで、入場しようとした時に声を掛けられたのだ。
「…サージェス」
聞き覚えがある声の主は、あのサンドラだった。
幼い頃の初恋の相手で、今は顔も名前すら見たくない存在。
「あ…待って。お願い」
無視をして、会場入りしようとしたサージェスをサンドラは引き留めた。
「なんでしょう。ブラック令嬢」
「以前のように『サンドラ』と呼んで欲しいわ」
「俺が結婚したのは知っていますよね。なら」
「知っているわ。なんでもわたくしに良く似た夫人なのでしょう。それって、わたくしの身代わりってことよね」
「何を勘違いしているのか分からないが、妻の代わりはいない。今後、馴れ馴れしくしないでほしい」
「じ…じゃあ、今日の入場でエスコートしてくれたら、終わりにしましょう」
「わかった」
サージェスは周りの目がある為に、このままここで言い争っても仕方がないと判断した。そのまま、サンドラをエスコートして入場したが、目はフェリアを探して彷徨わせていた。
隅でいつもの様に立っていたフェリアの身体が崩れ落ちそうになった時、無意識にサージェスはサンドラの手を払い除けてフェリアの元に駆け寄った。
床に倒れる寸前に受け止められた自分を褒めたいと思っていた。
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