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新しい婚約者
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翌日、早速シンドラー侯爵家にジュリアスが訪れた。理由は正式にシェリーネと婚約を交わすためだ。
アレンは喜んだが、隣でその話を聞いていたセレニィーの口元が歪んだように見えたのは、気のせいだとシェリーネは頭を振って否定する。
シェリーネの心は、既に決まっていた。
どうせ政略結婚するなら、顔見知りの方がいいだろうと覚悟を決めていたのだ。
幼い頃は、政略結婚をした挙句、結婚生活を破綻させた両親の事があり、恋愛結婚に憧れを抱いた事もある。しかし、その想いも異母妹ロゼリアに軍配が上がってしまった。
最初からセザールはシェリーネのことを、只の幼馴染か妹の様な存在ぐらいにしか思っていなかったのだと思うと少し哀しい気持ちになった。
泣いて縋ったらかつての母エリーロマネの様になる。そんな反面教師の様な存在がシェリーネに冷静さを取り戻させたのだ。
でなければ、きっと母の様にセザールの前で本音を吐露して、その場にいた全員を罵ったに違いない。
不貞を犯して母を捨てたアレンを、主を裏切って不義を行った挙句その相手との子供を産んで侯爵夫人の座を奪ったセレニィーを…そして、何も知らずにただ無償の愛情を両親から受け、シェリーネから何もかも奪っていった天使の様な異母妹ロゼリナを…。
彼女は最後にシェリーネの最も大切で神聖な場所を乗っ取った。それはセザールでもあり、僅かばかり残っていたシェリーネの矜持だった。
何も分からないのか、毎日幸せそうに微笑んで、元婚約者のセザールと庭園で散歩をしている姿を見かけると、自室の窓のカーテンを閉めて、目を逸らすのはシェリーネの方だから──。
不貞を働いたのは向こうなのに、何故かシェリーネの方が居心地が悪い。まるで暗闇に一人ぼっちで立っているような心細くて不安な気持ちをずっと持っていた。
いつか持て余した不満が怒りとなって爆発するのは目に見える。
そんなシェリーネの気持ちを読み取っていたかの様に、ジュリアスはあの日、声を掛けてくれた。それだけで、シェリーネの心は少し救われたような気がする。
きっと自分も少しは望んでいたのかも知れない。彼らの行く末に少しでも自分が傷をつけて、暗い闇を落とせればいいのにと、そんな泡沫の期待を抱いていたのだろう。
今からジュリアスが告げる事がどれほど彼らに衝撃を与えられるかを、シェリーネは固唾を呑んで見守っていた。
「では、私とシェリーネが結婚したら一月以内に侯爵領に行って、代官の引継ぎをしてください。僕らが結婚したら、シンドラー侯爵家の主はこのシェリーネになるのですから」
「ええ、分かっています。それで構いません。私は長い事…」
「いいえ、ダメよ。何を言っているの!今の当主はアレンでしょう。どうして当主交代なのよ。そんなのおかしいわ。それにシェリーネが結婚して、出て行ったら次の当主はロゼリナじゃないの」
「それは違います。正統な血統をもっているのはシェリーネただ一人、そこらの駄犬ではない。婿養子のアレン殿にはその権利は一切なく、シェリーネが結婚するまでの代理なのです」
「だ…駄犬ですって、いくら公爵家でも言っていい事と悪い事の区別がつかないの」
「ふっ、親が親なら子も子ですね。全く持って同じだ。分別というものを持っていない」
「分別ですって…」
「そう、もしアレン殿を本当に愛しているなら、彼に離婚してもらって侯爵家を出ればよかったんだ。そうすれば傷は浅くて済んだのに、前当主エリーロマネ様が亡くなる事もなかったでしょう。それにシェリーネの傷も浅くすんだはずだ。恥知らずが育てたもっと恥知らずが同じ過ちを犯さずに済んだものを」
「恥知らずですって、私とアレンは愛し合っているわ。それにロゼリナだってセザール様と愛し合っている。それの何処が悪いの。先に出会っていただけでしょう」
「既婚者だと分かって不貞を犯してもいいと、姉の婚約者を奪ってもいいとそう言われるのか」
「ち…違うわ。ただ本当に愛していたから…」
「だから言っている。何故、離婚して一緒にならなかったかを…言えないでしょうね。あなたには…」
ジュリアスは含みのある表情をして、セレニィーを問い詰めていた。
彼の言っている事は正論だ。それなのに申し訳なさそうに青い顔で俯いているアレンとは違って、真っ赤な顔で怒りの表情を隠そうともせずに口論しているセレニィーの態度にシェリーネは奇妙な違和感を覚えていた。
シェリーネは知っている。数日前に生徒会室でジュリアスから聞いた話が本当なら、この後父アレンがどうなるのかを知りたかった。
そして元婚約者のセザールも、何より何も分からない知りませんと云う顔をして、堂々と社交界に顔を出しているロゼリナのことも。
ジュリアスが用意してくれた特等席でシェリーネは彼らの行く末を見る事が出来る。
シェリーネはジュリアスの次の言葉を待っていた。
アレンは喜んだが、隣でその話を聞いていたセレニィーの口元が歪んだように見えたのは、気のせいだとシェリーネは頭を振って否定する。
シェリーネの心は、既に決まっていた。
どうせ政略結婚するなら、顔見知りの方がいいだろうと覚悟を決めていたのだ。
幼い頃は、政略結婚をした挙句、結婚生活を破綻させた両親の事があり、恋愛結婚に憧れを抱いた事もある。しかし、その想いも異母妹ロゼリアに軍配が上がってしまった。
最初からセザールはシェリーネのことを、只の幼馴染か妹の様な存在ぐらいにしか思っていなかったのだと思うと少し哀しい気持ちになった。
泣いて縋ったらかつての母エリーロマネの様になる。そんな反面教師の様な存在がシェリーネに冷静さを取り戻させたのだ。
でなければ、きっと母の様にセザールの前で本音を吐露して、その場にいた全員を罵ったに違いない。
不貞を犯して母を捨てたアレンを、主を裏切って不義を行った挙句その相手との子供を産んで侯爵夫人の座を奪ったセレニィーを…そして、何も知らずにただ無償の愛情を両親から受け、シェリーネから何もかも奪っていった天使の様な異母妹ロゼリナを…。
彼女は最後にシェリーネの最も大切で神聖な場所を乗っ取った。それはセザールでもあり、僅かばかり残っていたシェリーネの矜持だった。
何も分からないのか、毎日幸せそうに微笑んで、元婚約者のセザールと庭園で散歩をしている姿を見かけると、自室の窓のカーテンを閉めて、目を逸らすのはシェリーネの方だから──。
不貞を働いたのは向こうなのに、何故かシェリーネの方が居心地が悪い。まるで暗闇に一人ぼっちで立っているような心細くて不安な気持ちをずっと持っていた。
いつか持て余した不満が怒りとなって爆発するのは目に見える。
そんなシェリーネの気持ちを読み取っていたかの様に、ジュリアスはあの日、声を掛けてくれた。それだけで、シェリーネの心は少し救われたような気がする。
きっと自分も少しは望んでいたのかも知れない。彼らの行く末に少しでも自分が傷をつけて、暗い闇を落とせればいいのにと、そんな泡沫の期待を抱いていたのだろう。
今からジュリアスが告げる事がどれほど彼らに衝撃を与えられるかを、シェリーネは固唾を呑んで見守っていた。
「では、私とシェリーネが結婚したら一月以内に侯爵領に行って、代官の引継ぎをしてください。僕らが結婚したら、シンドラー侯爵家の主はこのシェリーネになるのですから」
「ええ、分かっています。それで構いません。私は長い事…」
「いいえ、ダメよ。何を言っているの!今の当主はアレンでしょう。どうして当主交代なのよ。そんなのおかしいわ。それにシェリーネが結婚して、出て行ったら次の当主はロゼリナじゃないの」
「それは違います。正統な血統をもっているのはシェリーネただ一人、そこらの駄犬ではない。婿養子のアレン殿にはその権利は一切なく、シェリーネが結婚するまでの代理なのです」
「だ…駄犬ですって、いくら公爵家でも言っていい事と悪い事の区別がつかないの」
「ふっ、親が親なら子も子ですね。全く持って同じだ。分別というものを持っていない」
「分別ですって…」
「そう、もしアレン殿を本当に愛しているなら、彼に離婚してもらって侯爵家を出ればよかったんだ。そうすれば傷は浅くて済んだのに、前当主エリーロマネ様が亡くなる事もなかったでしょう。それにシェリーネの傷も浅くすんだはずだ。恥知らずが育てたもっと恥知らずが同じ過ちを犯さずに済んだものを」
「恥知らずですって、私とアレンは愛し合っているわ。それにロゼリナだってセザール様と愛し合っている。それの何処が悪いの。先に出会っていただけでしょう」
「既婚者だと分かって不貞を犯してもいいと、姉の婚約者を奪ってもいいとそう言われるのか」
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彼の言っている事は正論だ。それなのに申し訳なさそうに青い顔で俯いているアレンとは違って、真っ赤な顔で怒りの表情を隠そうともせずに口論しているセレニィーの態度にシェリーネは奇妙な違和感を覚えていた。
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