6 / 57
聴取
しおりを挟む
私は今、曾祖母が残した別邸に住んでいる。
そこは遠い異国の地から輿入れした曾祖母の為に、曾祖父が彼女の故郷を模した建物になっている。
平屋の建物の中は生活する為の施設が揃っているので、リハビリ中の私は快適に過ごせた。
何より両親に会わないことが嬉しい。会えば次の結婚相手の事ばかり言われる。まだ気持ちの整理のついていない私の心を置き去りに次々と縁談を持ち掛ける両親と顔を会わせるのは億劫で、丁度良い機会だった。
「今日は何を作ろうかな?」
「まあ、お嬢様いけません。貴族のご令嬢が厨房に立つなんて…」
「でも、この方が安心よ。貴方もそう思うでしょうレイド」
「左様ですね。お嬢様」
「もう、レイドはお嬢様の味方ばかりして」
レイドは私専属の執事。彼は元は傭兵で路頭に迷っていたところを私が貧民街で拾ったのだ。公爵家で教育を受けて晴れて私の専属執事となった。
先程から小言を言っているのは、侍女のラナ。彼女は亡くなった乳母の娘で私とは乳姉妹。当時流行り病で夫を亡くした乳母を家族ぐるみで公爵家に住まわした。だから、今は結婚して公爵家を出て行った姉のリナは私にとっても実の姉の様な存在だった。
他にも庭師のトニーやメイドのアナ、アナの弟のポール等が私にとっての本当の意味での家族なのだ。
さて、何故、公爵令嬢の私が自炊をしようとしているかと言うと、それはまだ本邸に私が住んでいた頃、一月前に王宮から調査官が派遣されて来た。
「ミシェルウィー公爵令嬢、体調が優れない中、この様な訪問をお許し下さい」
「いえ、本日は一体どの様なご用件なのでしょうか?」
「はい、実は少々お伺いしたい事があるのです。それはあの建国記念日のバルコニーから落下した時の事を詳しくお聞きしたいからなのです」
調査官の一人ノエル・アドラー伯爵が問う。
「どういった内容の事でしょうか?私に答えられる事であればお答え致します」
「では、あの日令嬢の飲んだ飲み物の中から睡眠薬が見つかりました。慌てて入れたのかまだ溶けきっていない薬がグラスに残っていたのです。後で令嬢の侍女らから事情を聞いた所、数日前から睡眠不足で医師から処方された物だと確認しました。ですが、薬を飲まれていなかったとも聞いたのですが、間違い無いでしょうか?」
「はい、確かに医師から処方された薬は受け取っていましたが、ハーブティー等で気持ちを落ち着かせてから眠るようにしていましたから、頂いていた薬はそのままの筈です。それが何か?」
「その薬と同じ物が令嬢のグラスから発見された事で、令嬢が狙われた可能性が高いのです。しかも大勢があの日、式典の始まりで飲んでいたにも関わらず直接貴女に飲ましたとなれば、自ずと入れた者は限られてきます。当時、王宮の使用人らから事情を聞き取った結果、貴女が自らそのグラスを選んだと聞いてわれわれは自殺しようとしたのではと思っていましたが、令嬢の侍女からの話でどうも腑に落ちない点があるのです。それはもし仮に自殺を図ろうとしたのなら、もっと早く大量に飲んでいた筈です。しかし、量は通常の半分にも満たなかった。しかも直前に飲む等、明らかに行動がおかしい。そこで我々はあのグラスを飲んだ貴族達に令嬢に薬を飲ませた者がいると思っています」
「その様子では特定していらっしゃるのですね」
「概ねは、しかし証拠がありません。ですので再度令嬢が狙われる恐れもありますので、くれぐれも口にするものにはご注意下さい」
「はい、気を付ける様にしますわ」
「では、我々はこれで失礼します」
「あ、あの、アドラー伯爵。夫人はお元気でしょうか?一度ご挨拶に伺いたいのですが…」
「妻は今は王都にはいません。領地にいますので」
「そうですか。またお会いできれば宜しいのですが」
「ええ、妻もそう思っていると思いますよ」
アドラー伯爵等は王宮に帰って行った。
私はその後、リハビリの為にこの別邸で過ごす事になったのだが、彼の忠告通り、口にするものは自ら作る方が安全だと考え今に至っている訳なのだが…
まあ、最初に作った物は食べれるような物ではなかったが、今では何とか口に出来る物を作れるようになっている。やはり人間何事もやれば出来るものだ。努力が大切。
彼の推測では、私に薬を飲ませた人物はあの時、私の近くにいた人間の誰かという事になる。
その誰かが父なのか母なのかそれとも…
段々、夕陽と共に私の気分も沈んでいくのを感じていた。
そこは遠い異国の地から輿入れした曾祖母の為に、曾祖父が彼女の故郷を模した建物になっている。
平屋の建物の中は生活する為の施設が揃っているので、リハビリ中の私は快適に過ごせた。
何より両親に会わないことが嬉しい。会えば次の結婚相手の事ばかり言われる。まだ気持ちの整理のついていない私の心を置き去りに次々と縁談を持ち掛ける両親と顔を会わせるのは億劫で、丁度良い機会だった。
「今日は何を作ろうかな?」
「まあ、お嬢様いけません。貴族のご令嬢が厨房に立つなんて…」
「でも、この方が安心よ。貴方もそう思うでしょうレイド」
「左様ですね。お嬢様」
「もう、レイドはお嬢様の味方ばかりして」
レイドは私専属の執事。彼は元は傭兵で路頭に迷っていたところを私が貧民街で拾ったのだ。公爵家で教育を受けて晴れて私の専属執事となった。
先程から小言を言っているのは、侍女のラナ。彼女は亡くなった乳母の娘で私とは乳姉妹。当時流行り病で夫を亡くした乳母を家族ぐるみで公爵家に住まわした。だから、今は結婚して公爵家を出て行った姉のリナは私にとっても実の姉の様な存在だった。
他にも庭師のトニーやメイドのアナ、アナの弟のポール等が私にとっての本当の意味での家族なのだ。
さて、何故、公爵令嬢の私が自炊をしようとしているかと言うと、それはまだ本邸に私が住んでいた頃、一月前に王宮から調査官が派遣されて来た。
「ミシェルウィー公爵令嬢、体調が優れない中、この様な訪問をお許し下さい」
「いえ、本日は一体どの様なご用件なのでしょうか?」
「はい、実は少々お伺いしたい事があるのです。それはあの建国記念日のバルコニーから落下した時の事を詳しくお聞きしたいからなのです」
調査官の一人ノエル・アドラー伯爵が問う。
「どういった内容の事でしょうか?私に答えられる事であればお答え致します」
「では、あの日令嬢の飲んだ飲み物の中から睡眠薬が見つかりました。慌てて入れたのかまだ溶けきっていない薬がグラスに残っていたのです。後で令嬢の侍女らから事情を聞いた所、数日前から睡眠不足で医師から処方された物だと確認しました。ですが、薬を飲まれていなかったとも聞いたのですが、間違い無いでしょうか?」
「はい、確かに医師から処方された薬は受け取っていましたが、ハーブティー等で気持ちを落ち着かせてから眠るようにしていましたから、頂いていた薬はそのままの筈です。それが何か?」
「その薬と同じ物が令嬢のグラスから発見された事で、令嬢が狙われた可能性が高いのです。しかも大勢があの日、式典の始まりで飲んでいたにも関わらず直接貴女に飲ましたとなれば、自ずと入れた者は限られてきます。当時、王宮の使用人らから事情を聞き取った結果、貴女が自らそのグラスを選んだと聞いてわれわれは自殺しようとしたのではと思っていましたが、令嬢の侍女からの話でどうも腑に落ちない点があるのです。それはもし仮に自殺を図ろうとしたのなら、もっと早く大量に飲んでいた筈です。しかし、量は通常の半分にも満たなかった。しかも直前に飲む等、明らかに行動がおかしい。そこで我々はあのグラスを飲んだ貴族達に令嬢に薬を飲ませた者がいると思っています」
「その様子では特定していらっしゃるのですね」
「概ねは、しかし証拠がありません。ですので再度令嬢が狙われる恐れもありますので、くれぐれも口にするものにはご注意下さい」
「はい、気を付ける様にしますわ」
「では、我々はこれで失礼します」
「あ、あの、アドラー伯爵。夫人はお元気でしょうか?一度ご挨拶に伺いたいのですが…」
「妻は今は王都にはいません。領地にいますので」
「そうですか。またお会いできれば宜しいのですが」
「ええ、妻もそう思っていると思いますよ」
アドラー伯爵等は王宮に帰って行った。
私はその後、リハビリの為にこの別邸で過ごす事になったのだが、彼の忠告通り、口にするものは自ら作る方が安全だと考え今に至っている訳なのだが…
まあ、最初に作った物は食べれるような物ではなかったが、今では何とか口に出来る物を作れるようになっている。やはり人間何事もやれば出来るものだ。努力が大切。
彼の推測では、私に薬を飲ませた人物はあの時、私の近くにいた人間の誰かという事になる。
その誰かが父なのか母なのかそれとも…
段々、夕陽と共に私の気分も沈んでいくのを感じていた。
7
お気に入りに追加
820
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?



皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる