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さぁ、お迎えに上がりましょう

6.

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「へぇー、似合ってんじゃん。豚に真珠……馬子にも衣しょーーギャァアアアア!!!!!」


 昼もまだ早い時間から、俺の叫び声が響き渡った。地面にぶっ倒れてじたばた暴れる俺を、エレノアとベルが蛆でも見るかのような見下げ果てた目で見つめている。
 のどかな広場で繰り広げられるなんともシュールな光景に、忙しなく職務に励む人々は呆れたようにそっと目を逸らした。





「昨日、少しでも見直した私が馬鹿だったわ」


 白い花々で彩られたテラスに座り、昼食を取る。ここは、大公の権限を使って陛下におねだりして頂いた、俺が許可した者しか入る事すら許されない専用のテラスだ。
 上品に椅子に座り、ベルが用意してくれた軽い昼食を取る。拗ねたように頬を膨らませる俺を冷めた目で睨みつけ、寝覚めの紅茶を飲むエレノア。彼女の背後に立つベルが青筋を浮かべてうんうんと頷いた。
 ……なんだよ褒めたのに。俺は先程思いっきり踏み躙られた足の甲をさすり、無事を確かめる。良かった、骨は折れていない。

 昨日の暗い赤色のフワッとした感じのドレスもそれはよく似合ってはいたが、彼女の大人びた雰囲気には、今の薄紫色の……なんかスラッとした感じのドレスの方が似合っている気がする。
 ぼんやりとエレノアを見つめていると、彼女はソーサーをテーブルに置き、胡乱げにに俺を見つめ返した。


「なによ」
「別に。……眠れた?」
「……えぇ、程々に。とても綺麗な部屋だったわ。ありがとう」
「え、お、あ、うん。どう致しまして」


 まさかこの女から誠実なお礼を言われると思っていなかったので、まごついてしまう。その様子を見たエレノアは、くすくすと楽しそうに笑った。……昨日よりは元気になったみたいだ。
 

「ベルから聞いたわ。オズワルドが色々準備してくれたのよね」
「……まぁ、陛下の命令だし」
「えぇ、改めてありがとう」


 思わず大口を開けて固まる俺に、彼女はもう一度楽しそうに笑い、オムレツを口に入れた。トロトロとしたオムレツが美しい形の唇に運ばれていくのを眺めながら、項を掻く。感謝されるのは悪い気分じゃないが、寝起きだからか、高慢で悪辣な普段の彼女の雰囲気がごっそりと抜け落ちてしまっていて、やりづらい。今彼女をからかってもスカされるだけだ。後にしよう。
 俺もオムレツにナイフとフォークを刺す。フワリと裂けるそれを口に含み、堪能する。昨日の事が嘘のように穏やかな時間だった。

 食後のシャーベットを食べながら、彼女は首を傾げた。


「これから、謁見させて頂けるのかしら」
「うん、そう。多分まだ陛下も起きたばっかだから……夕方くらいかな。次いでにその時他の大公も紹介するけど、大丈夫?」
「……そうだったわ。この国ではお昼が朝なのよね。時間感覚がおかしくなりそう」


 そっか、天の王国出身の彼女は疲れて昼まで眠っていただけで、普段は朝に起きるのか。
 星の王国では、昼が起床時間、夜の3時くらいまでが活動時間、朝は眠る時間だ。勿論この時間感覚は他の国には当てはまらないので、大体の国が星の王国との会談の際は必ず夕方を指定してくれる。ーー天の王国は昼の1時とかだったけど。起きたばっかりだっつの。


「なんかしたいこととかある?」
「じゃあ、この国のことについて詳しく教えて欲しいわ。本では知り得ないこともあるでしょう?」


 笑みが深まる。やはり彼女は聡明だ。昨日の憔悴っぷりが嘘のように気丈に知識を求め、踏み出そうとしている。ーー謁見の際に無知をひけらかすことがないように。
 基本的には気に食わないが、こういう所は素直に好感が持てる。


「勿論いいよ。うーん、何から説明しようかーー……」


 じゃあ、まずは身分から。

 星の王国の身分制度は上から順に王族、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵って感じ。大公がある以外は天の王国と同じだ。
 この大公っていうのはもう知ってると思うけど……、平民、貴族、王族の推薦で12人の人間が選ばれる。今はほぼほぼ世襲制になってしまっているけれど、別に家柄が絶対に決まっている訳でもない。ちなみに俺は【序列11位】。
 さらに、大公には必ず一つの巨大な屋敷とその周辺の土地が与えられる。例えば俺の屋敷は【宝瓶宮】っていう名前。土地は【スカト領】と【サダクビア領】。ーーその節はどうも。感謝してる。まぁ、基本的にはその土地に住む子爵か男爵に管理させてるんだけどね。毎日屋敷に帰るのなんて、俺くらいじゃないかな。妹いるし。

 んで、知ってて欲しい事なんだけど、今大公及びその傘下の貴族は【革新派】と【保守派】の2つの派閥に別れている。


「……聞いた事ないわよ」
「そりゃ隠してるからね。派閥同士でバチバチだー、なんて他国にバレたら攻め入られる隙になる」


 この2つの派閥が何かって言うと、王位継承権が関係している。

 【革新派】は、陛下の寵姫の息子である第二王子を次の王にしようと目論んでいる派閥。
 【保守派】は、陛下の正室の息子である第一王子を序列通りに次の王にしようと目論んでいる派閥。

 陛下が病に伏しているとかでは無いんだけれど、……陛下も濁すから。ちなみに俺は【保守派】。陛下の正当な息子が次の王になるべきに決まってる。余計な血は不和と争いを産むから。


「成程。どちらが優勢なの?」
「生憎だけど革新派。大公の序列上位3位全員が革新派になっちゃったから」


 そう。革新派が大公の序列上位を占めるなんて、ヴィンセント殿下にとっては誤算だったに違いない。とにかく、俺と動く以上はどうしても【保守派】だとみなされてしまうから、嫌なら俺とは公の場で今日以降は話さない方がいい。


「……出来ればエレノアをこっち星の王国の事情に巻き込みたくはないんだけど、周りがどう思うかまでは統御出来ないから」
「…………別に、どうなったって巻き込まれたなんて思わないわ」
「勿論陰ながらは守るし、身の安全は任せてくれ。エレノアはただ幸せになればーー」


「ーーーーはぁ?」


 眉を顰めて目をそらすエレノア。その煮え切らない態度に少しイラッとしてしまう。俺はエレノアは幸せになるべきだと思っているし、わざわざ面倒事に首を突っ込んで傷つく必要なんてない。
 そう言うと、今度こそエレノアは不愉快そうに眉を吊り上げた。そして、彼女はガタリと無作法に音を立てて立ち上がると、俺の胸ぐらをつかみあげた。思わず半立ちになってテーブルに両手をつく俺に、ぐっと顔を近づける。
 視界の端に、ニヤニヤと此方を見るベルの姿が見える。

 
「あのねぇ!私の幸せを勝手に決めないで頂戴。毎日楽しい事だけをしてするだけなんて、私を扱き下ろしてくれた聖女さーー聖女と何にも変わらないわ」
「え、ちょ」
「この私を誰だと思ってんの!?エレノア様よ!派閥が何よ、そんな事で私を手放して蝶よ花よと甘やかします!?舐めてんじゃないわよ!!」


 鼻と鼻がくっつきそうな程の位置で叫ぶエレノア。どんどん口調が荒くなっている。俺専用のテラスとはいえ、近くに誰がいるとも限らないのにこんなに声荒らげて顔真っ赤にして大丈夫なのか。
 いや、そんなことよりも。
 俺はなんで彼女を護るなんて考えていたんだろう。そんなことをしなくても彼女は完璧だ。


「無様に悲しんでいるのを見て憐れんでいるんでしょうけど、そんなの昨日で終わりよ終わり!!……ーーッッこのまま私を野放しにしてみなさい、革新派に肩入れしてやるから!!」
「え、それは困るお前にそっち行かれたら勝ち目ないじゃん」
「え、ほんと?ーーふ、ふん!そうよ!なら、私の事傍において置いた方がいいんじゃない?」


 何故か頬を染めながら叫ぶ彼女に俺も頷く。……そりゃそうだ。彼女ほどの人材が革新派に言ってしまうと、本当に保守派の立場が無くなる。
 彼女がそれでいいなら、精々巻き込まれて役に立ってもらおうか。


「どうなっても文句言うなよ」
「言わないわ。昨日以上に辛いことなんて思いつかないもの。」

「じゃあ、今日からお前と俺はだから。裏切ったら殺す」


 テラス席に冷たい風が吹く。肌を切るようなそれにエレノアは少し身じろぐと、ニヤリと見慣れた笑顔を浮かべた。


 ああ、こっちの方がエレノア


「受けて立つわ。貴方も精々無様な姿は見せないで頂戴ね」



 その笑顔を見ると、ふと微かな疑問が浮かび上がる。

ーーそもそもどうして俺は彼女に幸せになって欲しいんだろう。たかが、顔馴染み程度の女に。


 
 まぁ、いいか。


 久しぶりに、愉しいかもしれない。
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