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04.(※)
しおりを挟む「あはははは!!!俺と貴方が運命ですって?だあはははは!!!」
腹を抱えて爆笑する俺を、【宵闇の王】があっけにとられたような顔で眺めている。【運命】といったか。俺が?お前の?――そんなわけがないし、そもそもお断りである。怒りを通り越して面白くなってきてしまった。笑いすぎて出てきた涙を左腕でぬぐいながら睨み上げる。すると、ポカンと固まっていた王は俺の上にまたがったまま瞬きをした。俺がおびえてガタガタ震えだすとでも思っていたのだろうか。お生憎だが俺は恐怖という感情がよくわからないんだ。
「……この状態で大笑いされるのは初めてだな」
「怯えるとでも?」
「ああ、大抵は怯えるか悦ぶかだな」
「へえ~~~」
至極どうでも良さげな声が出た。確かに彼ほどの美貌と地位があれば、並の人間なら喜んでその身を吸血奴隷として差し出すのだろう。反吐が出る。確かに、彼と初めて出会った潜入先の歓楽街でも娼婦・男娼問わず、皆が彼の目に留まる事を夢見ているのだと言っていた。が、それと吸血鬼狩りを一緒にしないでほしい。
ようやく俺の上から退いた【宵闇の王】は、俺の正面に腰掛けてじっとこちらを見つめている。俺は身体の前で拘束され、不自由な状態の両手と足を動かして体勢を立て直した。ズレた眼鏡のまま【目】を合わせるわけにもいかないので、窓の外に視線を向ける。その様子を見ていた王は「つれないな」と微笑み、しばし思案した後、俺の眼鏡の位置を整えた。
「【目】は使わないんです?」
「ああ」
「……俺、機密情報なんて一切与えられてませんよ」
「戦闘員に情報を期待するほうが間違いだろう」
「本当に俺が【運命】だとでも?」
即座に首肯する目の前の男に、知らず歯を食いしばる。
思い出すのは快楽に正気を失った父の姿。幼いころの俺から見ても、父は一途に母を思う良き男であった。そんな硬派な父が【運命】を名乗る吸血鬼の男にめちゃくちゃに犯されていく様子は、今でも俺の記憶に鮮明に居座っている。襲われ、血に濡れて死に向かう母の目の前でセックスをする父。男である父が女のように泣き喘ぐ様子が理解できなかった当時の俺は、馬鹿みたいにその場で固まっていた。逃げろと何度も告げる父の言うとおりに着の身着のまま家を出たため、その後父がどうなったのかは知る由もなかったが、そんな人間の末路なんて吸血奴隷に決まっている。
今思えば、よく逃がされたものだと思う。父が本当にあの吸血鬼の【運命】であるのなら、善がる父の姿に必死で息子の姿など見えていなかったのだろうか。
父のようになんて、なってたまるか。慰み者にされて、血を吸われて、孕ませられる人生なんて許されない。俺は搾取されるだけの玩具になるつもりはない。屠る側の人間だ。湧き上がる殺意のままに襲い掛かりたいのに、両手足の拘束が邪魔をする。睨み上げる俺を楽しそうにその深紅の目で見つめる【宵闇の王】に、さらに苛立ちが募る。
拷問されても強姦されても堕ちてなんかやらない。マスターが助けに来るまで絶対に正気のままでいる義務があるのだから。
その後は【宵闇の王】も俺も、特に会話をするでもなく沈黙が続いた。馬車を引く馬の蹄の音が規則正しく響く音を聞きながら、俺は外を見つめる。窓の外からは並んで進む軍の吸血鬼が見えるのだが、時々俺が殺気を向けてはびくびくと震えるのが面白くて、暫くその遊びを楽しんでいた。五感に優れる吸血鬼だからこそ、人の数倍も敏感に俺の殺意を感じ取っているのだろう。ゲーム感覚だ。しかし、【宵闇の王】はと言えば、そんな俺の様子を咎めるでもなく、でも幾分か不愉快そうに眉を顰めて眺め続けている。こちらとしても非常に不愉快なので見ないようにしているが、正直視線がうっとおしくて仕方がない。
そして遂に、反応するものかという俺の硬い意志に根負けしたらしい王が機嫌悪そうに口を開いた。
「随分嫉妬させてくれる」
「はぁ”?」
「他の男に意識を向けるな」
煌々と輝く深紅の瞳で此方を見つめる王の戯言に、俺は思わず彼の目を見つめてしまう。眼鏡越しでも目が離せなくなる【宵闇の王】の【目】の威力に唇を噛む。くそ、やらかした。
【宵闇の王】は俺の頬をするりと撫で上げ、後頭部に手を添えて顔をぐっと近づけてくる。ごきっと首がいやな音を立てた。背丈の関係でどうしても見上げる姿勢になるのが癪に障るが、振り払おうにも単純な力勝負で俺が彼に勝てるわけがない。
「このままこの場で犯してやってもいいんだぞ」
「声、聞かせたくないんじゃなかったんです?」
「お前次第だ、【夜桜】」
後頭部から手が下り、首筋を張って腰に添えられ、ぐっと身体を引かれた。逆らえることなく引っ張られた俺は、変な体勢のまま【宵闇の王】の胸に飛び込むような形になる。そして暴れる俺を片手1つで抑え込んで膝の上に乗せ、王は俺の腰をするりと嫌な手つきで撫で上げた。ぞわりと嫌な感覚が走る。びく、と震える俺に気分を良くしたのか、少しだけ彼の雰囲気が穏やかになる。しかしその手を止めることはなく、俺の私服の中に手を突っ込んで再度腰を撫で始める。
「――ッッ」
「腰が弱いのか?」
「さわ、んなっ…きもいんっ、だよ!」
「口が減らねえな」
ガブリ。
ジュルッ、ジュルッ――
「―――――――っ”っづ!!!!」
首を噛まれ、血が抜き取られていく感覚に悲鳴を噛み殺す。唇を血がにじむ勢いで噛み締める俺をチラリと見つめた王は、再びジュルジュルとものすごい勢いで血液を吸い上げる。先日も味あわされた強烈な快感が身体を駆け抜けた。ただ血を吸われただけなのに、一切の抵抗もできなくなってしまう。今にも快楽に濡れた悲鳴を漏らしてしまいそうになる。
そんな俺の様子を見た【宵闇の王】が血の垂れる首筋を舐め上げた。その瞬間、がくがくと身体が痙攣し始める。ーー直接快楽成分である唾液を流し込まれたのだからたまらない。瞬く間に身体はのぼせた様に火照り、視界がぐらりと揺れる。瞳を愉悦の色に染めた王は、かくんと力が抜けた俺の身体を再度抱えなおし、またもや吸い始める。
「ぁ、あ―――~っ、あ、ァ…ひ、やめ、」
じゅる、ジュルッ
「うぁ…あ、あ」
心なしか、どろりと頭が溶けてしまうような甘い香りが周囲を満たしていく。ひたすら流し込むように与えられる快楽に下半身が重くなり、もはや【宵闇の王】に身体を預けるしかない状態になる。唇は噛み締めることもできずに耳を塞ぎたくなるような気持ち悪い己の声が脳髄まで響き渡る。
熟しきった桃のような甘い香りから逃れたくて、俺は外に目をやった。
「ッッッ"――ああああああ!!!やめろ、離せ!!」
目に入ったのは、情欲に濡れ切った男たちの目。いくつもの目が小さな窓を覗き込むようにこちらを見つめているのだ。先程までの痴態がずっとみられていたことへの羞恥と憤怒に、殺意があふれ出る。ぞわりと湧き出した殺意にびくりと震えた彼らはしかし、目を逸らすことなくごくりと喉を鳴らした。――息をのむ。あんな、あんな俺のハルバード一本で殺せそうな吸血鬼たちを怯ませられない。それどころか、欲の捌け口にされるのだ。この俺が。
――父のように。
ヒュッと嫌な呼吸音が漏れた。そのまま呆然と固まってしまう。この場で一番下なのは俺だと、彼らの目が語っている。その間にも休みなく与えられる快楽と吸われる血液に、視界がかすんでいく。ぼんやりと靄がかかった思考のまま見下ろせば、爛々と輝く深紅の瞳がこちらを見つめていた。
漸く、危機感に近い感覚が沸きあがる。眼鏡が外されても、【目】を合わせられても、抵抗1つできない自分を殺したくなってしまう。こんな姿をマスターに見られたらきっと、手酷いお叱りが待っているのだろう。殺されちゃうかもなあ。恥さらしだってマワされるかも。研究材料にされるかも、――――。
どろりと思考が溶けていく。目の前が真っ暗になるのはきっと、貧血のせいだろう。ようやく首から口を離した【宵闇の王】をぼーっと見つめ、俺は気を失った。
「ここまでしても恐れない、か」
司は完全に気絶した【夜桜】を見つめる。青白いを通り越して真っ白になった顔は、それでも艶やかな色気を残していて美しい。眼鏡をはずしてより鮮明になった桜色の目は司の欲望を大いに刺激する材料となった。さらに、夜を丸ごと溶かしたような黒に少し青みがかった髪の毛は、さらさらと指通りよく流れて色白の首筋によく映えている。身の丈ほどもあるハルバードを片手で振り回して戦う姿など、到底想像できない程に細い体は少々健康を心配するほどだ。軍服姿で暴れまわる映像の時にはなかった、触れれば壊れてしまいそうな儚さが、初めて出会った時を思い出させて司をかきたてるのだ。着流し姿で看板を抱えていた【夜桜】は、まさに夜桜が魂を持って現れたのだと思うほどに儚く美しかった。
【夜桜】の拘束を外し、抱きかかえる。やはり驚くほど軽い身体のどこからあれ程の強さが生まれるのか。【運命】というだけではない、彼本人への興味が湧き上がって止まらない。これほどまでに司の心を独り占めにする存在など、生まれてから1度たりとも現れなかった。
普通の人間ならば、血を吸われ、さらに自分が大人数の情欲の対象になっているとわかったら、まず「恐怖」するだろう。しかし、彼は矜持を傷つけられたと怒りはすれど、恐怖を見せることは一切なかった。――そんなことがあり得るのだろうか。人間も吸血鬼も、未知の体験や物事に直面した時にはまず恐怖し、警戒するものだ。垣間見える【夜桜】の歪さに、司は眉を顰めた。
「後で聞けばいい話だな」
飄々としている彼のことだから、案外普通に答えてくれるかもしれない。
――ぱちん。
司は指を鳴らした。
多くの護衛を引き連れて、【宵闇の王】と囚われの【夜桜】が乗る馬車は進む。
何者かに襲われたのであろうか。彼らが進んできた道には、何人かの軍服の吸血鬼が身体を破裂させ、臓物が飛び出した血みどろの様態で息絶えていた。
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