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大学一年 私たちの未来

その後の俺達

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 世界は滅亡しなかった。

 海歌と心を通じ合わせた椎名は、山王丸椎名として穏やかな暮らしを営んでいる。

 母親は父親に夢中で、父親は椎名の母親に夢中。息子のことなど眼中にない家庭環境で育った和光。
 母子家庭で生まれ育ち、一族のご令嬢から暴行を受けていた椎名。
 立派な当主になるならば、幼い頃から孤独に耐えうる娘であるべきと歪んだ思想を押しつけられ、いないものとして扱われた海歌。

 山王丸兄弟と海歌はそれぞれ別々の家庭で生まれ育ったが、全員家族とともに暮らす日常的な幸せには疎かった。

「あなたは、また……! わたくしを差し置いていちゃいちゃと……」
「申し訳ございません……」

 椎名が山王丸椎名を名乗るようになってから、彼の母親も山王丸邸に招かれている。
 山王丸の当主は椎名の母親を誰よりも深く愛していた為、山王丸邸にやってきた彼女を猫かわいがりした。それに黙っていられないのは、和光の母親だ。

 いい年した子持ちの大人たちが子ども達そっちのけで惚れた腫れたの馬鹿騒ぎをしているのは、子どもの教育に悪影響を及ぼす。
 椎名の母親は不安そうに子ども達へ助けを求めるような視線を向けたが、子ども達はもうすぐ、成人を迎える年齢だ。
 悪影響など感じることなく、大人たちの馬鹿騒ぎを冷めた目で見つめていた。

「毎日、よく飽きねぇよな」
「未来の俺達をみているようだね」
「私に対する恋愛感情は、捨て去ったはずでしょう」
「義兄に徹するとは約束したけど、海歌さんが俺にとって大事な義妹であることは変わらないよ」
「……早く結婚してもいいと思えるような女性を、見繕ってください」
「涼風の件。ほとぼりが冷めるまでは合コンなんて顔を出せないよ」
「合コン……?」

 海歌は聞き慣れない言葉に首を傾げたが、椎名にはそれが何をするのかすぐに理解したらしい。
 海歌に気にする必要はないと告げた椎名は、彼女の耳を塞ぐ。

「海歌に変な単語、覚えさせんなよ」
「海歌さんが先に女を見繕って来いって言ったんじゃないか。アプリで婚活も流行ってるんだってさ。巷で話題の犯罪者一族が出会いを求めているなんて知られたら、炎上間違いなしだね」
「笑い事じゃねぇし……」
「椎名。お兄さんと何を話しているのですか。よく聞こえません……」

 耳を塞がれた海歌は、椎名と和光が小声で話す内容を聞き取れなかったと問いかけてくる。
 和光が余計なことを言わないよう睨みつけた椎名は、和光が頷いたのを確認し、海歌の耳から手を離した。

 事件から半年以上が経過した今も、涼風楓が起こした悲劇は、世間を騷がせている。

 海歌達はろくに外へ出られず、一日の殆どを山王丸邸で過ごしていた。

「なんだか、大家族になったみたいだね」
「毎日が、親戚の集まりって感じだろ」
「大家族で、合っているのでは……?」

 一族のしきたりに従い好きでもない女と結婚したせいで、長い間愛する人とともに暮らせなかった山王丸家の当主を筆頭に、この場には6人の男女が集まっている。
 歪んだ関係が息子達に受け継がれていくかどうかは、海歌の意思次第だろう。

「お袋達を羨ましがったって、俺は兄ちゃんと海歌を共有するつもりはねぇからな」
「お兄さん呼びだって、本当は嫌なのに。あなたの狂気が目覚めると面倒なので、妥協しているだけです。勘違いしないでください」
「本当に手厳しい、義妹と異母弟だなぁ……」

 和光は海歌と椎名の頭がぐしゃぐしゃになるほど乱雑にかき回し、微笑んだ。

「や、やめてください。不愉快です……っ」

 海歌が渋々、兄と呼ぶようになってから。和光の狂気は鳴りを潜めた。憑き物が落ちたように穏やかな微笑みを絶えず見せるようになった和光の精神は、安定しているようだ。

(俺と兄ちゃんは、半分しか血が繋がってなくても――やっぱり、兄弟なんだよな)

 和光と椎名は、海歌が生きているからこそ、狂気に苛まれることなく穏やかな生活を営めている。

(海歌がいない生活なんざ、考えたくねぇ)

 目に入れても痛くないほどかわいくて仕方ない山王丸兄弟は、髪をぐしゃぐしゃにされて嫌がる海歌の涙目と上目遣い見つめ、顔を見合わせ――ほぼ同時に海歌へ飛びついた。

「椎名は構いませんが、お兄さんは嫌です!」
「俺は海歌さんを抱きしめている椎名を、抱きしめているだけだよ」
「悪びれもなく、減らず口を叩かないで……!」

 海歌が嫌がることを見越して、和光は彼女を直接抱きしめる権利を椎名に譲っている。
 椎名を抱きしめ海歌の背中へ手を回しているだけでも気に食わないらしく、海歌は和光を上目遣いで睨みつけようとしたが、目の前で椎名が抱きしめているため、勘違いされることを恐れてすぐに椎名の胸元へ悔しそうに視線を落とす。
 椎名は海歌の様子を優しい瞳で眺め、和光に提案した。

「なぁ、兄ちゃん。海歌を真ん中にすれば、いいんじゃねぇの?」
「海歌さんを譲ってくれるなら、それでもいいけど……」
「私は椎名のものですから! お兄さんとは密着しません!」

 海歌は大声で和光を拒絶すると、椎名からは離れないと抱きしめる力を強めた。

(明るくなったな)

 俯き声も出せず、椎名の前で怯えていた頃が懐かしい。海歌の悔しそうな表情、悲しみや苦しみは、彼女を十数年間見守っていた椎名が、一生を掛けて背負っていかなければならないものだ。

(昔の海歌も、好きだけどさ……)

 怒ったり、笑ったり。楽しそうにしている海歌の方が、嘆き悲しみ、苦しむ海歌よりもよっぽど魅力的だ。

「ははは。怒っている海歌さんも、かわいいね」
「黙ってください……!」

 和光と海歌は椎名の異母兄と妻になり、これからも家族として、椎名のそばに居続けてくれるだろう。

(あの時死を選ばなくてよかったと思えるように、俺が兄ちゃんと海歌を、幸せするって誓うから)

 海歌が椎名にすべてを捧げたように。
 椎名もまた、海歌と和光に、すべてを捧げると誓う。

 椎名は喧嘩するほど仲の良さを見せつけてくる和光と海歌に挾まれ、満面の笑みを浮かべた。
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