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大学一年 私たちの未来

あなたがいれば、きっと大丈夫

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『三月三日、十五時三十三分の悲劇』

 涼風楓が流した噂になぞらえ、一連の事件はすべてその名で呼ばれるようになった。

 男女の言い争いから、商業ビルの火災、空港爆発事件、著名人が乗っていた飛行機の墜落事件まで。
 大小さまざまな同時多発テロ事件は、事件から半年経過した後も世間を騷がせ続けている。

 涼風楓主導の元、同時多発テロの実行犯として名乗り出た人間たちは、全員が望む通りの結末を迎えたようだが、集団自殺に名乗り出た被害者の一部は、やはり死に切れなかったものも多かったようだ。

 何人かが当時の状況を語ったことで、涼風楓が主防犯であることは白日の下に晒されることになった。

(何もかもが、彼の思い通りに事が運んでいる)

 涼風楓が主防犯であると報道された時点で、一族の評判が地に落ちることは織り込み済みだ。

 涼風家の家族構成が晒されると、案の定亡くなった長女の件を掘り起こされた。

 涼風家の人柱制度から始まり、男子のみ養子へ迎え入れているのは何か理由があるのではと大きな騒ぎになり、連日世間を騒がせている。

 死んだほうがマシだと思えるような逆風に身を置くようになった海歌は、椎名とともに肩を並べて開き直った。

「こりゃ、退学かもな」

 あれから海歌と椎名は、山王丸邸で暮らしている。
 同じ大学に入学こそしたが、登校初日に針の筵を体験した二人は、早々に通学を諦めていた。

『若草と山王丸って……』
『悲劇を起こした首謀者の親玉だろ? 』
『犯罪者の血を引いているのに、よく登校なんてできるよね』

 見てみぬふりをする側と虐げられるそばに立っていた二人は、涼風楓が望みを実現したのと引き換えに、二人仲良く虐げられる側として生活する羽目になった。

(私達は、後悔などしない)

 海歌と椎名は互いさえいれば、どれほどの地獄へ身を置くことになっても幸せだ。
 どれほど虐げられたとしても、お互いしか見えていないから。

「仕方ありません。時期が、悪すぎました」
「高卒の夫婦って、どうなんだ?」
「珍しいとは、思います」
「まぁ、俺らに学歴なんざ、関係ねぇか」
「はい」

 一族の後継者となれば、海歌と椎名は有り余るほどの金が手に入る。
 涼風楓の件で、一族に連なる人間たちは荒れ狂っているが海歌と椎名は比較的穏やかな時間を過ごせるのは、現当主のおかげだ。

 彼女がまだ幼い海歌のために事態を収束させようと手を尽くしてくれているからこそ、今日も海歌は、椎名と身を寄せ合って暮らしている。

「君たちは本当に、仲がいいね」
「兄ちゃん」

 海歌の自由を奪い監禁していた山王丸和光は、椎名との話し合いを経て、この世界で生きる道を選んだ。

 話し合いの内容は、山王丸兄弟の秘密らしい。

 海歌は椎名に声を掛けたが、教えてもらえなかった。
 一度決めたら貫き通す椎名の性格を知っている海歌は、早い段階で彼から話を聞こうとするのはやめている。

 話し合いの末、山王丸はこの世界で生きていく為の条件を提示したらしい。椎名はその提案を呑み、比較的穏やかな生活を送っている。

 椎名の兄呼びは、その一つだ。
 そして海歌にも。
 それは適応されている。

「邪魔しないでください。お兄さん」

 山王丸は彼女を諦める代わりに、椎名と海歌に兄呼びを強要した。

 椎名にとって、山王丸は異母兄だ。
 同学年、三か月早く生まれただけで兄と呼ばなければならないのは思うことがあるはずなのに、椎名は気にした様子もなく親友であった頃とまったく同じ態度で接している。

 問題は、海歌の方だ。

 椎名と結婚をすることで、山王丸は義兄となる。
 馴れ馴れしく名前で呼ぶくらいならば、兄呼びの方が数十倍マシだ。
 海歌は渋々妥協したが、その呼び方には毎回棘がある。

「毛を逆立たせた猫みたいで、かわいいね」
「触らないでください。私に触れていいのは、椎名だけです」
「あはは。はっきりと物事が言えるようになった。成長したね、海歌さん」
「不愉快です!」

 そう遠くない未来。
 椎名と海歌が結婚することを見越して、山王丸は海歌を名前で呼び始めた。
 従兄が大嫌いな海歌は、彼と言葉を交わすことすら不愉快だと対話を拒み、椎名の背に周り込み隠れてしまう。

「海歌さんって、なんでこんなにかわいいのかな?」
「俺が選んだ女だぞ。当然だろ」
「いいなぁ……」

 山王丸は舌なめずりをしながら海歌へ狙いを定めるが、彼女は怖がって従兄を拒む。

 海歌が生きてる限り、どれほど彼女が不快な言動をしようとも。
 山王丸兄弟の狂気が目覚めることはない。彼らにとって海歌は、自分の命よりも大切な存在だから。

 そして、海歌も。

 椎名が生きている限り。どれほど心ない言葉を投げかけられようとも、命を断つようなことはしないと決めている。

(世界が素晴らしいとは思えないけれど。椎名と愛し合えば、どんな場所でも美しく色づくから)

 海歌の痛みを知る、椎名だからこそ。
 海歌は彼に、すべてを捧げるのだ。

「私は椎名に、全て捧げました。お兄さんに捧げられるものは、ありません!」

 一族の悪評が世間を騒がせている限り、海歌達に心ない言葉を向ける人々は後を絶たないだろう。

(一人では耐えられないことも、椎名と一緒なら耐えられる)

 もう、死にたいなど思わない。
 海歌は椎名とともに、未来へ向かって歩き始めた――。
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