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高校三年 許嫁と私

セルフプロデュース

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 山王丸兄弟との修羅場を終えた海歌は後日、葛本から自殺未遂をする気なのではと勘違いされた、無人駅のホームへ足を運んだ。

 海歌のような若い娘がずっと椅子に座っていた所で、誰が声をかけてくることはまずない。

(変わらなきゃ……)

 海歌は駅のホーム出入りする電車をぼんやりと感情の読み取れない瞳で見つめながら、変わるきっかけを探していた。

 葛本が山王丸の息子であると明らかになった今、彼が自ら死を選ぶ理由などない。
 彼は虐げられることが苦しくて、死に救いを求めていたからだ。

(山王丸の血を引く息子であると大々的に発表されたら、葛本は助かる。けれど……)

 海歌が学校内で豚と呼ばれることは、回避のしようがない。
 若草海歌はそう呼ばれることで喜んでいると、噂になっているからだ。

 高校を卒業すれば、人間関係はリセットされるだろう。大学へ進学するつもりながら、地元を離れたらいい。
 しかし、彼女の名前が完全な当て字で、違和感を抱かせる読み方をする限り――虐げる相手が変化するだけで、海歌には平和な学園生活など訪れないだろう。

(それに……)

 そう遠くない未来。
 彼女は山王丸兄弟のどちらかと結婚する。

(ここままでは、耐えられない)

 海歌が地獄から抜け出るためには、やはり死ぬしかないのだ。

『俺を選べよ』

 葛本に、自分を選んでほしいと告げられた海歌は迷っていた。
 彼の気持ちには答えたいが、自分に自信のない彼女は、どうしても自分が彼の隣で生き続ける未来を思い描けない。

『人生を変えるなら、まずは髪型から』

 自分を変える為には、何から始めるべきか。

 悩んでいた海歌は、駅のホームに掲示されていた美容院の看板を見て閃く。

(まずは、髪型から……)

 海歌はさっそく、携帯電話を使って美容院の予約を取った。
 普段は完全予約制なのだが、ちょうど当日のキャンセルを受けたばかりで、今すぐに顔を出せば飛び込みで髪を切ってくれるようだ。

 駅のホームから改札に出た海歌は、そこからの徒歩で五分ほどの美容院へ足を運ぶ。

「いらっしゃいませ。若草様ですね。お待ちしておりました」

 海歌を出迎えたのは、テンガロンハットを被った男性だった。
 整った顔立ちの男性は、イケメンの部類に入るのだろう。
 だが、その店員よりも美形と称するのが相応しい山王丸の笑顔を見すぎて、海歌にはその人物の容姿がそれほど整っているとは思えず、瞳を輝かせることはなかった。

「カットの希望は、ございますか?」
「……おさげに戻せるくらいの、長さであれば。希望はありません」
「髪の長さはミディアム以上ですね。雰囲気は、どうされますか? かわいい、セクシー、クール。どんなご希望も叶えてみせます!」

 暗い表情で淡々と会話を続ける海歌と、無駄にハイテンションな店員はどう見ても相性が悪い。

(長さ以外の希望はないと、伝えたはずなのに……)

 話しかけてくる美容師にうんざりしながら、海歌は言いづらそうに言葉を重ねる。

「より大人らしい雰囲気で……」
「承知いたしました。それでは、こうしたスタイリングはいかがでしょうか?」
「なんでもいいです……」

 会話をすることすら疲れた海歌は、美容雑誌を見せてきた美容師に断りを入れ、椅子に座るとカッティングを依頼した。

『量産型大学生スタイルで、あなたも明日から清楚系美少女に! 』

 一瞬視界の端を過ぎった美容雑誌には、セミロングの艷やかな黒髪を翻すモデルが写っている。
 さして興味を持てなかった彼女は、心の中で悪態をついた。

(髪型を変化させただけで美人になれるなら、この国は清楚系美少女で溢れている)

 美容師は先程までのハイテンションが嘘のように、ヘアカットが終了するまで無言を貫いている。
 おかげで海歌はぼんやりと、鏡に映る自分の髪が切れて落ちていく姿を見つめられた。

(髪の毛みたいに、この首も切り落とせたら……)

 何かの手違いで、死に至るような事故が起きないだろうかと期待しても、思い通りになるはずがない。
 彼女の髪は、あっと言う間に短くなった。

「いかがでしょうか」
「問題ありません」
「ありがとうございます。現在、ご予約のお客様限定で、リボンをお渡ししております。何色がよろしいでしょうか」
「緑か、青」

 海歌が緑と青を指定したのには、理由がある。
 一族の娘は、身体の一部に必ず緑色を纏う義務があるのだ。
 前回の茶会でも、海歌は名字の通り、若草色のリボンをおさげに結びつけていた。

 青を選んだのは、海歌の名前に自分の名前に関連した色だからだ。

「青か緑でしたら、こちらになりますね」

 海歌はずっと、若草色ではなく名前に関連した色を纏いたかった。
 彼女の要望に応えた美容師はトレイに二色のリボンを乗せて、海歌の前へと持って来る。
 彼女はその中からマリンブルーを基調とする、白の刺繍糸で海の仲間たちが刺繍されたリボンを手に取った。

「お目が高いですね。そのリボンは、有名な絵本作家が出版した絵本をイメージしてデザインした限定品なんですよ」

 美容師は機会があったら読んでみてくれと、海歌に絵本のタイトルを告げてくる。
 レジ前にも見本が置かれているあたり、海歌を褒めたのは絵本を購入させる為だろう。

『海底の人魚姫』

 興味を惹かれるタイトルではあったが、手元に置いたところで母親からグチグチと文句を言われるだけだ。

『幼児ではないのだから……。絵本なんて買うのはやめなさい』

 苦言を呈する母の姿を思い浮かべた海歌はリボンを受け取り髪に巻きつけてもらうと、カット代金を支払って美容室を後にした。

(頭のリボンに合わせて、海の色を思わせるマリンブルーのワンピースが欲しいな……)

 海歌は美容室の帰りに目当ての洋服を探し求めて商店街をふらつく。
 一人でウィンドウショッピングを楽しんでいると、マネキンが着ている有名水族館とのコラボワンピースに目を奪われた。

 真冬にノースリーブワンピースとは随分と挑戦的な格好ではあるが、ケープつきのショートコートと一緒に飾られていたため、それほど抵抗感はない。

 マリンブルーを貴重としたワンピースは、下に向かうに連れて白のグラデーション加工が施されている。
 裾部分には泡をイメージしたフリルレース、海の生き物達がぐるりと一周、小さくプリントされていた。
 見ているだけで水族館で暮らす海の生き物達を水槽越しに観察しているような幸福感を味わえる。

「いらっしゃいませ」
「あの。マネキンが着ている服、頂けますか」
「承知いたしました」

 海歌は店の中にいた店員へ声をかけてワンピースを衝動買いすると会計を済ませ、短くなった髪を揺らしながら帰路へついた。
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