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高校三年 お家騒動
許嫁と生きるか、自ら命を終えるか
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(……山王丸の弟だと知って、安心したの……?)
彼女は大人っぽい表情を見せながら憑き物が落ちたようにも見える彼の声を聞く。
「――ミツみたいなお高く止まってるやつがなんで俺を助けるのか、ずっと不思議だったんだ。弟だったからかよ……」
「友達のまま関係を続けてもよかったんだけどね。それじゃ、あまりにも若草さんがかわいそうだろう。選択肢は大いに越したほうがいい。四月になったら、山王丸を名乗る手筈を整えている。何も心配することはないよ」
「俺の意思は無視か」
「椎名だって、若草さんと結ばれることを望んでいただろう?」
葛本が海歌のことを好きなど、認める理由もない。
そもそもこの言い方では、山王丸が海歌を好きなようにも聞こえるではないか。彼女は従兄に愛を囁かれる自身の姿を妄想して、身震いした。
「どいつもこいつも……。散々俺を見下して、こき使いやがってさ……。俺の人生って、なんだったんだよ……」
「葛本」
葛本がどんな理不尽にも耐えてきたのは、それしか道がなかったからだ。
(お母様が山王丸のご当主様から受けた寵愛を、そのまま受け取っていたなら……)
先程海歌が山王丸へ怒鳴った際に葛本は彼女を止めたが、彼にも思うことはあるのだろう。
ぽつり、ぽつりと紡ぎ出される弱音は、滅多に聞けない彼の本心だった。
「ババアが変な意地を張ってなきゃ、もっと早くに山王丸で暮らせたんだろ? 冗談じゃねえ……。この年になって見下される立場から見下す立場になるなんざ、俺はごめんだ……!」
葛本は虐げられ続ける人間の痛みを知っている。
だからこそ、誰かを虐げられる権力者になることは望んでいないのだろう。
見てみぬふりだって、立派な加害だ。
彼からそう責められたような気がした海歌は、葛本の言葉へ全面的に同意を示した。
「その気持ちは、尊重されるべきだと思います」
「若草さん?」
「心が悲鳴を上げるくらいならば……無理に復讐など、する必要はありません。これでやっと、葛本も。一人の人間として、真っ当な人生を歩んでいけますね」
「お前……!」
「山王丸さん」
海歌が電車に飛び込もうとしていた件は、葛本だけが知っている。
彼に命を落とす理由がなくなれば、一人で自殺を成功させる気なのだと焦ったのだろう。
葛本は勢いよく畳から立ち上がると、海歌の両肩を掴んだ。
「なんだい?」
「ミツ、やめろ」
「いえ。このままでいいです。聞いてください」
山王丸は優しい微笑みを称えたまま、一切動じない。
彼は人間として出来すぎている。
不気味だと感じた海歌は、できる限り従兄と言葉を交わし合いたくはなかった。
(この言葉を面と向かって口に出すのは、酷く勇気がいることだ)
海歌がこれから死のうとしていると山王丸に打ち明けるのではないか勘違いしている葛本に睨みつけられながら。
彼女は肩を掴まれたまま、その言葉を吐き捨てる。
「私はできることなら、安らかに、死に至りたいのです」
「おい……」
「このまま生き続けても、嫌なことばかりです。私には耐えられない……」
「お前……!」
「私が生きている限り、お二人のどちらと結婚しなければならないのであれば――」
「おい。まだそんなこと、言ってんのか」
葛本は海歌の言葉を最後まで聞くことなく、怒りを露わにした。
彼女は彼の不機嫌な様子を見ても、
口を閉ざすことはなかった。
彼女は彼に話しかけているのではなく、山王丸に話しかけていたからだ。
だが、そうはっきり宣言すればそ葛本がどのような行動を取るかわからない。
海歌は葛本の瞳をまっすぐと見つめ、真意を確かめるしかなかった。
「若草さん」
「あなた達には輝かしい未来があるでしょう。けれど私には、何もありません」
輝かしい未来や、生きていく希望すら、海歌には存在しな。
(私が進むべき道は、一つだけ)
死に向かって突き進む。
それができないのならば、好きでもない男に身体を差し出すことになる――それだけは、絶対に嫌だった。
葛本にならば何をされても構わないが、好きでもない男の子を成すくらいなら、死んだほうがマシだ。
「生きる意味がないなら、俺が作ってやる」
「椎名……」
「俺を選べよ」
葛本は海歌へ、自分を選ぶように告げた。その瞳は真剣そのもので、すぐに本気であると理解する。
(葛本を、選んでもいいの?)
山王丸と葛本。
どちらかを必ず選ばなければならないのならば、海歌が葛本を選ぶのは当然のことだ。頼まれなくたって、山王丸など選択肢にはない。
「抜け駆けは、俺の見えない所でやってくれないと困るなぁ」
「……ミツが見てない時なんざ、ねぇだろ」
葛本は不穏な言葉を吐き捨てると、海歌の肩から両手を離した。
山王丸が止めに入ったおかげで、彼女の口から無理やり答えを引き出そうとするのは諦めたようだ。
「今日から俺たち兄弟が、若草さんの許嫁だよ。これからよろしくね」
「……俺とミツ、どっちか絶対に選べよ。一人で死を選ぶなんざ、絶対に許さねぇから」
山王丸には微笑まれ、葛本には凄まれる。真逆の二人に両極端な態度を向けられた海歌は、二人の視線から逃れるように背を向けた。
彼女は大人っぽい表情を見せながら憑き物が落ちたようにも見える彼の声を聞く。
「――ミツみたいなお高く止まってるやつがなんで俺を助けるのか、ずっと不思議だったんだ。弟だったからかよ……」
「友達のまま関係を続けてもよかったんだけどね。それじゃ、あまりにも若草さんがかわいそうだろう。選択肢は大いに越したほうがいい。四月になったら、山王丸を名乗る手筈を整えている。何も心配することはないよ」
「俺の意思は無視か」
「椎名だって、若草さんと結ばれることを望んでいただろう?」
葛本が海歌のことを好きなど、認める理由もない。
そもそもこの言い方では、山王丸が海歌を好きなようにも聞こえるではないか。彼女は従兄に愛を囁かれる自身の姿を妄想して、身震いした。
「どいつもこいつも……。散々俺を見下して、こき使いやがってさ……。俺の人生って、なんだったんだよ……」
「葛本」
葛本がどんな理不尽にも耐えてきたのは、それしか道がなかったからだ。
(お母様が山王丸のご当主様から受けた寵愛を、そのまま受け取っていたなら……)
先程海歌が山王丸へ怒鳴った際に葛本は彼女を止めたが、彼にも思うことはあるのだろう。
ぽつり、ぽつりと紡ぎ出される弱音は、滅多に聞けない彼の本心だった。
「ババアが変な意地を張ってなきゃ、もっと早くに山王丸で暮らせたんだろ? 冗談じゃねえ……。この年になって見下される立場から見下す立場になるなんざ、俺はごめんだ……!」
葛本は虐げられ続ける人間の痛みを知っている。
だからこそ、誰かを虐げられる権力者になることは望んでいないのだろう。
見てみぬふりだって、立派な加害だ。
彼からそう責められたような気がした海歌は、葛本の言葉へ全面的に同意を示した。
「その気持ちは、尊重されるべきだと思います」
「若草さん?」
「心が悲鳴を上げるくらいならば……無理に復讐など、する必要はありません。これでやっと、葛本も。一人の人間として、真っ当な人生を歩んでいけますね」
「お前……!」
「山王丸さん」
海歌が電車に飛び込もうとしていた件は、葛本だけが知っている。
彼に命を落とす理由がなくなれば、一人で自殺を成功させる気なのだと焦ったのだろう。
葛本は勢いよく畳から立ち上がると、海歌の両肩を掴んだ。
「なんだい?」
「ミツ、やめろ」
「いえ。このままでいいです。聞いてください」
山王丸は優しい微笑みを称えたまま、一切動じない。
彼は人間として出来すぎている。
不気味だと感じた海歌は、できる限り従兄と言葉を交わし合いたくはなかった。
(この言葉を面と向かって口に出すのは、酷く勇気がいることだ)
海歌がこれから死のうとしていると山王丸に打ち明けるのではないか勘違いしている葛本に睨みつけられながら。
彼女は肩を掴まれたまま、その言葉を吐き捨てる。
「私はできることなら、安らかに、死に至りたいのです」
「おい……」
「このまま生き続けても、嫌なことばかりです。私には耐えられない……」
「お前……!」
「私が生きている限り、お二人のどちらと結婚しなければならないのであれば――」
「おい。まだそんなこと、言ってんのか」
葛本は海歌の言葉を最後まで聞くことなく、怒りを露わにした。
彼女は彼の不機嫌な様子を見ても、
口を閉ざすことはなかった。
彼女は彼に話しかけているのではなく、山王丸に話しかけていたからだ。
だが、そうはっきり宣言すればそ葛本がどのような行動を取るかわからない。
海歌は葛本の瞳をまっすぐと見つめ、真意を確かめるしかなかった。
「若草さん」
「あなた達には輝かしい未来があるでしょう。けれど私には、何もありません」
輝かしい未来や、生きていく希望すら、海歌には存在しな。
(私が進むべき道は、一つだけ)
死に向かって突き進む。
それができないのならば、好きでもない男に身体を差し出すことになる――それだけは、絶対に嫌だった。
葛本にならば何をされても構わないが、好きでもない男の子を成すくらいなら、死んだほうがマシだ。
「生きる意味がないなら、俺が作ってやる」
「椎名……」
「俺を選べよ」
葛本は海歌へ、自分を選ぶように告げた。その瞳は真剣そのもので、すぐに本気であると理解する。
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どちらかを必ず選ばなければならないのならば、海歌が葛本を選ぶのは当然のことだ。頼まれなくたって、山王丸など選択肢にはない。
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「……ミツが見てない時なんざ、ねぇだろ」
葛本は不穏な言葉を吐き捨てると、海歌の肩から両手を離した。
山王丸が止めに入ったおかげで、彼女の口から無理やり答えを引き出そうとするのは諦めたようだ。
「今日から俺たち兄弟が、若草さんの許嫁だよ。これからよろしくね」
「……俺とミツ、どっちか絶対に選べよ。一人で死を選ぶなんざ、絶対に許さねぇから」
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