14 / 40
10.
しおりを挟む「バーンズグール侯爵閣下ヴェスター様、並びに夫人シャーリーン様、ご無沙汰しておりました。
この度はお招きいただきありがとうございます。滞在中お世話になります」
「久しぶりだね、ルコラ嬢。よく来てくれた。
急な予定変更にもなってしまうけど楽しんで過ごしてほしい」
海に面した領地を抱え、年三分の一は他国へ赴いているヴェスター様は日に焼け健康的な外面とは裏腹に穏やかな物腰で、微笑むやわらかな目もとはセナと瓜二つ。
「はい。お役に立てるかはわかりませんが精一杯務めさせていただきます」
「もうダメダメ、難しい話はあとよ。
疲れたでしょう?少し休んだらお茶にしましょう。それから出かけても遅くないもの。ね、セナ」
「もう…すぐ行きたいのよ、わたしは。」
「あなたはせっかちなところを直さなければダメね。ほら、さっさと着替えていらっしゃい。
ルコラ嬢もね、異国のすごく美味しい菓子があるのよ。用意もできてるの、だから、ね?」
「せっかちなのはお母様だわ、もう!」
その他国で知り合い嫁いでいらした伯爵家出身のシャーリーン様は、少女のような愛らしい見た目におっとりとした雰囲気だが、
やはりこちらもよく似ていると思わず苦笑しそうになる。少しむすっとしたセナとふたり、笑顔の夫人に言い含められさっそく部屋へと案内される。
ヴェスター様はディナーまでには戻ると仕事に向かわれ、「あとでね」セナの自室とは階のちがう客間で楽なデイドレスへの着替えを侯爵家の見知った侍女たちに手伝ってもらいながら。
あの日の帰り際、セナとの会話を思い出していた。
『ーー…じゃあまた学園で、……ねえ、ルコラ……久々にお邪魔したけれど、やっぱりお邸の雰囲気おかしいんじゃない?……どうして誰も近くにいないの?侍女はどうしたのよ』
ーー何度か招いて、その度に聞かれるから邸に招くことをしなくなった。
そうすると聞かれなくなり、わたしも話すことをしなくて済んだことにほっとして。
それでもつき合いを続けてくれた友人。
立派な馬車の装飾を映しながら逡巡はしてしまう。
『……わたしが下がらせてるのよ。……義妹があの態度でしょう?それにかかりっきりなの。
入学するまえにどうにかしないと困るしね』
でもやはり話そうという気にはならない。
ーーいずれこの関係は終わるのを知っているし、
浅い眠りに、微睡んでいるようなもので。
起きなきゃと思うのに、そうできない。
このままこうしていたい。
目覚めたくない。
今のままでいいのだ。
今だけで。
微睡のなかで、過ごせれば。
『……話してくれないのね。』
気にしてくれていたことはわかってた。
心配してくれていたことも。
不審を飲み込んで、一緒に過ごしてくれていた。
言いたいことを我慢させて、わたしも何一つ伝えなかったから。
どこか距離ができていて、義妹が学園に来てからそれが顕著になっただけ。
遠ざけたのはわたしからだ。
それに安心しながらもさみしいと思ったのも事実。
それなのに曖昧に笑うだけなのは
動かされる心がわたしには、見つけられないからだ。
シャーリーン様が用意してくださっていたのは記憶に馴染みのある最中のようなお菓子だった。
パイ生地の中身はまさしく餡子。
お気に入りなの、と勧められるままいくつも平らげてしまった。
今は他国へ行っているセナのお兄様であるヨナ様の話や、他意のない他愛のないお喋りは気が軽くなる。
いよいよ痺れを切らしたセナに連れられて向かったのは、港近くの露店街だ。
広場をぐるりと囲むように大小様々な店が並び、店舗一体型の店も多い。
視察でも来る予定の場所だけれどそこでは通り過ぎてしまうような雑貨や宝飾店を見てまわる。
貝殻のままの真珠を初めて見た。
最後にはカフェに寄り、邸に戻る。
前回は、こんな風に出かけられなかった。
なんせ義妹は大声で話すし、好き勝手に行動し侯爵夫妻やセナにまで物を強請っていた。
わたしは謝罪行脚に巡っていただけだ。
新鮮な魚介類に彩られた侯爵家のディナーも量は食べれなかったけどとても美味しく、デザートにはまた最中が出てきたのがおかしくてセナと笑い合った。
アレンジされて冷えたそれはとても甘かった。
ただ楽しく、一日は終わった。
「ーー…殿下方は明日昼過ぎに到着予定だ。
出迎えと視察の同行、迎賓の館にお泊まりいただくんだが晩餐があるからね、それにも出席してもらう。
堅苦しいものではないから安心していいよ。
滞在は一週間ほどだ。そのあいだ毎回ではないと思うが、出番は少なくないと考えていてくれたら助かるよ」
「かしこまりました」
「不安そうだね」
「、」
「そりゃあ緊張もするわよお父様…いい加減どちらの国の方か教えてくださらない?お名前は?」
「はは、そうか。…そうだね、もう王宮には着いているころだろうし話して構わないだろう。
ーーーー…」
「ーーーーエターナリア王国から参りました、ブライス・リルムンドと申します。
…………、お会いできてうれしいです、……ルコラ嬢……」
それはわたしが予想していた国ではなく、想像もしていなかった。
大国だ。
魔法大国。
何百年も前の悍ましい戦争を終結させた魔法使いの生まれた国。
ーーそして何年か前には、その忌まわしい戦争を引き起こした罪人である"災厄の魔女"に、
当時婚約者だった現王太子妃殿下を含め多数が被害に遭った国。
恐ろしいと薄らぼんやりと、思ったけど対岸で起きていることで。
わたしには巨悪より目の前の悪意のほうが、こわかった。
「ーー、」
想像も、していなかった。
白のローブを羽織り、白銀に紫色が混じる変わった髪色をした目の前の方とは、断言するまでもなく初対面だ。
なのにわたしのことを名前で呼んだ。
呼び慣れているみたいに。
おかしな話だけどなぜかそう感じた。
わたしはまだ名乗ってもいない。
指名されたのだから名前くらいは知っていて当然なのかもしれない。
おかしな反応だと思った。
声はわずかに震えて、感情がこもったような視線。
「……あなたに会いたくて、やって来ました」
付き纏う違和感に咄嗟の言葉が出ず、わたしは立ち尽くした。
63
あなたにおすすめの小説
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの
鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」
そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。
ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。
誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。
周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」
――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。
そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、
家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。
だが、彼女の予言は本物だった――
数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。
国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、
あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。
「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」
皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、
滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。
信じてもらえなかった過去。
それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。
そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。
――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。
旦那様から彼女が身籠る間の妻でいて欲しいと言われたのでそうします。
クロユキ
恋愛
「君には悪いけど、彼女が身籠る間の妻でいて欲しい」
平民育ちのセリーヌは母親と二人で住んでいた。
セリーヌは、毎日花売りをしていた…そんなセリーヌの前に毎日花を買う一人の貴族の男性がセリーヌに求婚した。
結婚後の初夜には夫は部屋には来なかった…屋敷内に夫はいるがセリーヌは会えないまま数日が経っていた。
夫から呼び出されたセリーヌは式を上げて久しぶりに夫の顔を見たが隣には知らない女性が一緒にいた。
セリーヌは、この時初めて夫から聞かされた。
夫には愛人がいた。
愛人が身籠ればセリーヌは離婚を言い渡される…
誤字脱字があります。更新が不定期ですが読んで貰えましたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる