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しおりを挟む「……お加減は、いかがですか……?」
その女性と瞳が合った瞬間、ズキリと頭の芯に痛みが走った。思わず顔が歪む。
今日は体調もいいはずなのに。
傍らにいる彼女を見ると大丈夫だというように頷くので、深く呼吸をしてから視線を戻した。
「……ありがとうございます大丈夫です。」
無愛想に聞こえてしまっただろうか。
そんなつもりはないのだが、声に硬さが混じっているのが自分でもわかった。
「カリード、今日お客様がみえると伝えていただろう?お前が目覚めることを大勢が待ち望んでいてくれた。…ぜひその姿を見てほしいと私たちから案内させてもらったんだ」
「…はい。見苦しい姿ではありますが、お気遣い感謝いたします」
「…」
「……失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「っーー失礼いたしました、クイン・ウエストモアと申します。学園では、……友人、として交流がございました」
友人。
見舞い客がまさか女性だったとは。
学園…卒業式はもう終わっていると聞いた。そうか。
友人…。
「そうでしたか。……すみません自分には、」
記憶がない。
あなたのことがわからない。
悩みながらも告げれば瞳が揺れたように見え、それを繕うような笑顔に感じる違和感に戸惑う。
泣きだしそうな笑顔に、焦燥感が募る。
ーーいったい、何なんだ。
どのみちその正体は今の自分にはわからない。
わかっていることなど少ない。
わからないことが、心苦しい。
熱くくゆる湯気にさえ薬効効果はあると、教わった方法で目を閉じ、香りを吸い込んでから口をつける。
「リラックス効果もあります。少しお休みになれば頭痛も治るかと」
「あぁ、ありがとう…」
「?どうしました?」
「いや、先ほどの女性だが、……きみの髪色に似ていたな」
「いえいえわたしなんかより、お綺麗なお方でしたよ」
「なんかなどと言わないでくれ。きみのおかげで助かってる…いつもありがとう」
「……もったいないお言葉です」
「…」
「……カリード様、焦りは禁物ですよ?毎日変化はあります、大丈夫です」
「そうだな…」
初対面の戸惑いは薄れ、今では心情すら察してくれるほど気心が知れた薬師のサーラ。
過言ではない。起き上がる時間が長くなっていったのも、間違いなく彼女のおかげだ。
何も覚えておらず、何が起きたのかもわからず。
ただ弱くなったと感じる心や身体を恥だと。
泣いていた両親。家の者たち。名無しの自分。
壁にかけてある剣を見て朧げだった記憶をわずか取り戻したとき、絶望と感じたのはそれだった。
誰も、何も、守れなくなるのか。
誰を、何を、守っていたのか。
こうなった自分が、恥だと思えた。
そうではないと、言ってくれたのはサーラだった。
暴れるなどはしでかさなかったが、女々しく弱音ととれる愚痴を吐くことが増えた。
まったくの他人だから、打ち明けられたのかもしれない。
『この先記憶が戻りすべてを知る日がいつか来ると思います。ですが起きたこと、それはあなた様のせいではありません。あなた様は悪くない。
それだけは間違えてはいけません。恥なんて、決してそんな風に考えてはいけません。
…もしかしたらそう思うことを止められず、今のように恐ろしく不安な気持ちがあなた様を苛み続けるかもしれません。
苦しい日々が続くかもしれません…ですが、あなた様は悪くない。それは間違いない事実です。』
元平民だがその才能を買われ男爵家の養子となり、有力な伯爵家が後見となっているサーラ。
力強く語りかけられて、やはり弱いと自嘲しながら不覚にも眦が熱くなった。
『ご両親、周りの方たち、大切な方…。皆様があなた様を大事に思い、愛していらっしゃいます。
どうか今はそのお身体とお心を尊重し、休ませ、優しくしてあげてください。
知識と力を尽くすことをお約束します。わたしはそのためにいるんです。お話ならいくらでも聞きます。口外はしません。
大丈夫です!守秘義務があるので!』
最後には、笑っていたように思う。
「…」
眠気はすぐには訪れない。
サーラにはとうに退出してもらった。
ーー二言三言交わしたあと、友人だという女性の翻る背中にかかるうつくしい髪。
たしかに綺麗だった。
瞳は…灰色だったか。
クイン・ウエストモア。
なぜだろう。
なぜ、あのような感情を覚えたのか。
これまでも幾度か思いだすことを躊躇うような気持ちになったが、今もまたそう感じている。
思いださなければいけないのに、それが酷く恐ろしいことに繋がってしまうようなーー。
「…ッ」
治っていたはずの痛みが、そう教えている。
取り戻さなければいけないのに、
取り戻したら、壊れてしまう。
何が。誰が。
わからない。
目覚めたくないが、自分はもう目覚めてしまった。
瞼の裏側によぎる陰は彼女のーー。
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