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5羽 爆誕!ハシバミの漫画家

⑦─追記〈ワイルドホークを使役しろ!〉─

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4人でエングリアへ行って日帰りし、夜に女神フェリシア&神使ヴィセルテと話をしたその翌日─。
銀色狼と空駒鳥のつがいは久々にフォレストサイド西の森に来ていた。
その目的は、ユデイの漫画家としての仕事の原稿運搬用にワイルドホークを使役するためである。
「しかしヴェノムクリシュマルドにそんな使い道があったなんて・・・」
ライキが傍らのリーネが腰に下げた武器を見ながら言った。
「うん!
魔獣に毒を注げるのなら逆に血を採ることも出来るんじゃないかと思って、今朝自分の体で試してみたら問題なく出来たの!
だからユデイの血をいただくときも腕を切らなくてもいいし、ナイフで切るのと違ってすぐに傷が塞がるからこっちのほうがいいかなぁと思ったんだけど、ユデイったら、
「怖っ!まじ怖っ!
腕をナイフで切られるのも怖いけどさぁ、その巨大な針みたいな武器は何!?
そんなんで刺されたら俺死んじゃうんじゃね!?
何かお前らが昨夜フェリシア様に教会のゲートを俺らが使えるようにと話してくれたとかで、今朝早く神官さんがうちに来て、この後ルウナと一緒に教会に表彰を受けに行くことになってんのに、その前に死んだら洒落になんねーっつーの!!」
って言って逃げまくってたね(笑)
私の足から逃げられるわけがないのにね!」
リーネがあはは!と楽しそうに笑いながらユデイの血を吸って真っ赤になった従属の魔石を取り出してみせた。
「ははは!
リーネがヴェノムクリシュマルドを持ってユデイを追い回す姿は、まるで南の森に出てくる蜂の魔物・オーガワスプみたいだったぞ(笑)」
「ひっどぉーい!
つがいのことを魔物に例えるだなんて・・・。」
リーネはそう愛しの彼に返しながら、何かを思いついて呟くように口にした。
「・・・ねぇ、そのオーガワスプ・・・
針を加工して、ヴェノムクリシュマルドみたいに医療器具として使えないかな?」
「 オーガワスプの針か・・・。
あの針って金属みたいに硬くて劣化しない素材なんだよな・・・。
綺麗に洗浄すれば使えるんじゃないか?」
「本当!?
それがうまく行けば、ダルダンテと決着がついてヴェノムクリシュマルドをフェリシア様に返した後でも、さっきみたいな方法で身体を切らずに血を抜いたり、身体の中に直接お薬を送り込むことだって出来るかもしれないね・・・!」
「うん。
そろそろオーガワスプが出てくる時期だし、沢山針を取って色々加工を試してみよう!」
「うん!」

彼らは昨夜、自分たちに与えられた寵愛の力にタイムリミットがあることを知った後、眠りにつくまでに色々と話し合っていた。
そして、神使になるかならないかはすぐに答えが出せるものでもないし、これから成人を迎えるまでにゆっくりと考えるとして、ひとまずダルダンテとの決着がついたなら、天界の武器であるヴェノムクリシュマルドと銀色狼の剣・鎧・弓・短剣、そして本来魔法が使えない彼らに魔法を授けてくれるフェンリルの牙とフェリシアの守り・・・これらをすべて、フェリシアに返そうということになったのだ。
もしも神使になるのなら引き続きその武具を使うことも可能だろうが、もし人のままでいることを選ぶなら、その武具は人の手には余るものになるからだ。
そしてリーネは、例え人の道を選び神秘の薬の力がなくなったとしても、神秘の薬の力があったときのようになるべく多くの人々を助けられるよう、今のうちから思いつく限りの努力と工夫をしてみようと心に決めたのだ。
その手始めとして、まずは神秘の薬の力が発動している時としていないときで、自分の身体にどんな変化が起こっているのかを血を採って調べることにした。
そして神秘の薬の力が発動しているときの状態を何らかの方法で再現出来れば、例えその力が失われたとしても、石化解除薬などの神秘の薬の力でないと完成し得なかった薬でも調合することが出来るかもしれないのだ。
(まだ一年ある・・・。
きっと大丈夫・・・。)
リーネは隣で微笑む大好きな彼となら、不思議となんとかなる・・・そんな気がしていた。

それからしばらく森を歩いていると、角イノシシを担いだ奇跡の退治屋のバスターに会った。
「おっ!お二人さん久しぶりだな!
今日はこっちの森に用か?」
「はい!
親友にプレゼントするワイルドホークを使役しようと思って。
バスターさん奴らを見ませんでしたか?」
ライキが尋ねた。
「あー・・・北の岩山に溜まってると思うぜ?
俺ボウガンはサッパリ当てられねーから、どうしても飛行系の魔獣ばかりが溜まっちまってよ。
親方(※ゲイルのこと)は自分がまとめて狩るから気にしなくていいって言ってくれるけどよ、あの人も忙しいからなかなかこっちまで来れないみたいなんだよな。」
「わかりました!
じゃあついでだから溜まってるやつを狩っておきますね!」
「助かる!
つか、嬢ちゃんも一緒で危なくねーか?
確かエングリアで一緒に組んだときはまだレベル7とかそんなだったろ?」
「むぅ!
いつまでもひよっこ扱いしないでくださいバスターさん!
シルバーファングウルフ退治の経験値も入ったし、今レベル21なんですよ?」
と、バスターに抗議するリーネ。
「マジか!
そんな短期間ですげぇな!」
「えへへ!
まぁシルバーファングウルフは殆どライキが一人で倒したようなものだけど・・・」
「そんなことないぞ?
リーネの毒による弱体化と支援魔法のお蔭で楽に倒せたし。」
そう言って二人は微笑み合う。
「相変わらずお熱いこった!
で、銀色狼さん。
あんたのレベルは?
一体いくつになったんだよ?」
「俺ですか?
今51・・・です。」
ライキは頭を掻き、気恥ずかしそうに答えた。
「マ・ジ・か!!
その若さで50超えって、俺が冒険者やってた頃には聞いたことがねーぜ?
すげぇ~・・・!」
「いえ、父さんや兄貴に比べたら俺なんかまだまだですよ。」
「イヤイヤイヤイヤ、そんなことねーって!
ま、嬢ちゃんも強くなってるみてーだし、そんだけ強い銀色狼がついてりゃ心配いらねーか。
ワイルドホークの使役、頑張りな!
あ、腹の子、お陰様で順調に育っててよ、こないだ3ヶ月目に入ったぜ!
カミさんがまだまだお前らに食べさせたいダルダンテ料理が沢山あるって言ってたから、暇が出来たら遊びに来な!
んじゃまたなーーー!!」
バスターは手を振って去っていった。
「バスターさん、上手く狩人やってるみたいだね!
それにミラさんも元気で、お腹の赤ちゃんも順調そうだしよかったね!」
リーネが柔らかく微笑んで言った。
「あぁ、そうだな!」
(でもバスターさん、ボウガンが当てられないって言ってたな・・・。
適性が無いのなら、手斧ならどうだろう?
力がある人にはそっちのが当てやすい気がする。
今度提案してみようかな?)
ライキがそんなことを考えていると、リーネが何かに気がついて足を止めた。
「あっ、北の岩山ってあれかな?」
リーネが指差したその先には、大量の飛行系魔獣がたむろしている岩山が見えていた。
「うん、あれだ。
よし!行くか!」

それから二人は岩山を登りながら、ライキのボウガンで獲物を狩っていく。
ライキ一人であれば移動の力の応用技で空を飛びつつ、ウインドの魔法を全体に放って辺りの魔獣を一掃できるのだが、そうするとリーネが一人岩山に置き去りになってしまう。
彼女のレベルも21とそこそこ上がってきたとはいえ、まだまだ打たれ弱い支援系職業であるリーネを一時的にでも一人置き去りにしたくはなかったので、少々手間ではあるがそのやり方を選んだ。
(もし俺に移動の力が無ければこうやって戦うのが普通だ。
だけど近頃は移動の力を大分使えるようになってきて便利だから、つい頼ってしまうところがあった・・・。
ダルダンテと戦うときのために、移動の力を使いこなせるようになる事は大切だけど、この狩人本来の戦い方もちゃんと極めていこう。
この力には終わりがあるのだから・・・。)

1時間程して、ようやく二人が岩山の頂きに差し掛かったときである。
勢いの良い若いワイルドホークが一体、辺りの魔獣が狩られて地面に転々と落ちているのを見て混乱し、近くにいる狩人を警戒してキョロキョロしているのが見えた。
『リーネ、あいつにしよう。
若くて活きが良いし、頭も悪そうだ。
まだこっちに気がついていないうちにミラージュをかけてくれ!』
ライキが小声でリーネに指示を出した。
『わかった!』
リーネは頷くと、目を閉じて意識を集中させた。
リーネの集中が深まると同時に胸元の空色のペンダントが光った。

─ミラージュ!─

対象となったワイルドホークの周りに白いもやがかかり、ライキとリーネの周りに光の粒が舞った。
『あれ?
これ、かかってるのか・・・?』
ライキはまず自分の手や胸元を確認し、続いて正面に立つリーネの姿も上から下まで確認するが、光の粒が舞っている以外は二人共いつもと変わらない姿に見えた。
『うん、私にも変わらなく見えるけど、多分あのワイルドホークにはライキの姿はユデイに、私の姿はルウナに見えているはずだよ?』
『よし。
じゃあ仕掛けてみよう!』
ライキはそう言うと、若くて活きが良いが頭の悪そうなそのワイルドホークの前に姿を現した。
(おっ!こいつか!
アイツラを狩った奴は・・・
つーか、弱そーじゃん!
一応少しは鍛えてやがんのか?
ヒョロヒョロではねーが、どー見ても一般人じゃん!?
何でこんなパンピーにみんなやられちゃってんの!?
やっぱオレっちがこのシマの最強ってことじゃん!?)
ワイルドホークにはライキがユデイに見えているので、彼がそんなことを思いながらオナラを鳴らして羽繕いをし、舐め腐った態度を取っていると、ライキの背後からリーネが現れた。
(な、なになになになになんなんだよこのクソマブい女はよーーー!
オレっち人間のメスには興味ねーとか言ってたけどサーセンした!
チョーかわいいじゃん・・・乳もデケェしよぉ・・・うっひょーーーサイコーーー♥)
ワイルドホークにはリーネの姿がルウナに見えているので、リーネの然程大きくはない胸元をひたすら嫌らしい目つきでまじまじと見た。
ライキはその目つきに反応してヒクッと額に血管を浮かばせると、口角を少し上げてスッ・・・とロングソードを抜いた。
「魔獣の分際で俺のつがいに色目を使うとはいい度胸だな・・・?
その自慢のホークアイ・・・二度と使い物にならなくしてやろうか!?」
ライキの殺気を帯びた低い声に流石のワイルドホークも尋常じゃない何かを感じてビクッとした。
(な、何だこいつ・・・!?
見た目は弱そうなのに、今までの魔獣生(※人生の魔獣版)で培われてきた第六感が、何かがヤバイ、今すぐ逃げるべきだとピリピリとサインを送ってきやがる・・・。
だが・・・ここで引いたら男じゃねーーー!!)
威勢の良さだけが取り柄の彼はそう己を奮い立たせると、ライキに向かって一直線に突っ込んで来た!
「リーネに色目を使ってくる魔獣など、俺が生かしておくわけがないだろう?
こいつは宣言通り目玉を潰して狩ってしまう!
変わりなら他にいくらでもいるしな・・・!」
ライキがそう言ってロングソードをワイルドホークの目玉に向かって突きつけようとしたときである。
「駄目っ!!」
リーネがライキの腕を引き、動きを制した。
(女神!!
オレっちの女神様が庇ってくれた・・・!?)
ワイルドホークが感激して瞳を輝かせた瞬間、グサッと羽根に鈍い衝撃が走った。
それはライキがワイルドホークの突進を軽々と躱し、ロングソードで羽根を刺してその動きを封じたからだった。
(いっでぇーーーー!
やっぱこいつつええーーー!!
え゛ーーーーーん!
おがあちゃーーーん!!)
「リーネ!?・・・何故止める?」
ライキが怪訝な顔をして彼女を見た。
「えっ、だってライキ・・・周りを見てみて・・・?」
リーネはキョトンとした顔でライキに周りを見るように促した。
彼女の言葉にハッとしたライキが辺りを見渡すと、もう既にこの活きの良さだけが取り柄の単細胞のスケベなワイルドホークしか、この岩山で生きている魔獣は居なかった。
「ちっ・・・仕方がない。
こいつで手を打つとするか・・・。」
ライキはため息をつくと、鋭い目つきで睨みつけたまま他にも数か所突き刺した。
(ギャーーーやめて~~~!!
もうしません!
もう色目を使ったり決してしません!!
貴方様に一生従いますからーーー!!)
「ライキ・・・あまり刺しちゃうと私も治しきれるかわからないし、飛べなくなっちゃうかもしれないよ?」
(ああっ!オレっちの女神様っ!
やさしーーー♡)
「いや、使役するなら徹底的に力の差を解らせてからでないと、従属の魔石で縛れなくなるんだ。
・・・大丈夫。
そんなに痛くはないはずだ。
短期間で傷が塞がり、飛行に支障が出ない所を狙って刺してるから・・・。」
(は!?
何言ってんの!?
超痛いんですけど!!
あっ、やめてっ、やっ、やめっ・・・
マジで一生付いていきますから、助けて~~~~~!!!)
「そっか・・・。
使役するためには仕方がないことなんだね・・・。
でも、何だか泣いてるみたいだし可哀想だから、なるべく痛くないように治療してあげるね・・・。」
リーネはそう言うとワイルドホークの羽根をそっと撫でた。
ライキはリーネの優しさに複雑な気持ちになり、小さくため息をついた。
(リーネはやはり優しすぎる・・・。
その優しさを狙って、ダルダンテや金獅子に付け入られるかも知れないのに・・・・・。
だが決して奴らの思い通りにはさせるものか!
俺が必ずリーネを守り抜いてみせる・・・・・!!)
(女神ちゃんやっぱ優し~~~~♥)

そして、10分後─。
「よし、こんなものか。」
ライキはそう言って、ワイルドホークの首に従属の魔石を埋め込んだ。
それは首輪でもネックレスでもないのに、不思議なことにピタリとワイルドホークの首にくっついて、外すことは出来なかった。
「こいつが外れないってことは、ちゃんと使役が成功したっていうことだ。
目を閉じろ。
開けろ。
鳴いてみろ。」
ライキの指示のままに身体を動かすワイルドホーク。
最後の命令の鳴き声が情けなくも西の森に響いた後に、彼は全身に受けた数々のダメージから意識を失った。

彼が次に目が覚めたときには体中の傷が嘘のように綺麗に治っており、痛みも全くなく、むしろ以前より調子がいいくらいだった。
そして、目の前には彼の女神が優しく微笑みかけていた。
「あっ、ユデイ、目が覚めたみたい!」
今いる場所は、彼がいつも空から見下ろしている人里の中のようだった。
「あっ、マジマジ?
ヤッホー、ワイルドホークくん!」
眼鏡をかけハシバミ色の瞳をした人懐っこい顔の青年の姿が目の前に現れると、彼は反射的にビクッ!と身が引き締まる思いがした。
心の奥では、
(こんな弱そうな奴がオレっちを飼い慣らすなんて、そんな現実あるはずがない!)
そう思うのに、首にくっついて離れない赤い石が、”確かに目の前の男にコテンパンにのされたのだ”という記憶と、その時の”恐怖する気持ち”を、頭の中に無理矢理送り込んでくるのだ。
彼は目の前の青年を疑う気持ちを諦めて、この現実を受け入れ、認めることにした。
そうすると嘘のように心が軽くなり、ホッとするのだ。
「試しに何か命じてみな?」
何故か聞き覚えのある、ゾッと恐怖心を刺激するドライな声がした。
彼が恐る恐るそちらを振り返ると、その声の主は、自分を徹底的に痛みつけて従属させた青年の姿とは全く違い、銀の柔らかな髪と凛々しい菫色の目をした美しく逞しい青年だった。
彼はホッとしてまたハシバミの瞳の青年の方に向き直り、彼の命令を待った。
「じゃあ手ぇ出して。
あ、手じゃわかんねーか。
握手したいから、羽根をこうビッ!と出してくれね?」
彼は主の意図を汲み取れなかったが、取り敢えず言われたとおりに羽根を出した。
すると主が自分の羽根の先にそっと触れて、柔らかく笑いかけて言った。
「俺、最初はワイルドホークよりもワイバーンに乗れたらカッコイイとか思ってたけど、こうして目の前で見ると、ワイルドホークくんカッケーな!
眼とかすげー綺麗でさ・・・気に入ったぜ!
ま、エングリアに用があるときは教会のゲートを使わせて貰えることになったからお前の背に乗せてもらうことはねーと思うけど、俺の仕事の大事な原稿をお前に任せることにする。
だからどうかよろしく頼むぜ?
ワイルドホークくん!」
「毎回ワイルドホークくんじゃ呼びにくいから、ルウナが名前をつけてあげたら?」
何故か聞き覚えのある高く澄んだ声の主・・・淡金の長い髪の、空と同じ色の瞳をした華奢な身体付きの綺麗な少女がクスクスと笑いながらそう言った。
「私が名前をつけていいの?
じゃあ、ホーくん♥
・・・・・どうかな?」
少し不安気に見上げてくる薔薇の蕾のような瞳をした彼の女神。
彼は目を輝かせてその頭を縦に振った。
「おっ!気に入ったみたいだぜ?
じゃ、改めて。」
「「よろしくホーくん!!」」
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