上 下
3 / 57
2羽 花と風車の村の黒羊

①黒羊と羊飼いの少年

しおりを挟む
銀色狼と空駒鳥のつがいがフォレストサイド村南東の森で巡礼の旅での最初の夜を過ごしてから3日後──。
二人は森を抜けて街道に出ていた。
街道は馬車が走りやすいように石畳で舗装されており、所々でガゼボが設置されていた。
「やっぱり街道は歩きやすいね!
森の中のほうが薬の材料になる植物が多いから楽しいけど・・・。」
ライキの隣をてくてくと歩きながらリーネが言った。
「うん。
でももうそろそろネーザ村の区域に入るから街道に出ておこうと思って。」
ライキは片手に持った地図に目を落としながら答えた。
「そうなんだ!
予定通りに着きそうだね!
ネーザ村、楽しみだなぁ♪」
「だな!」
二人は互いに顔を見合わせ笑い合う。
少し進むと見晴らしの良い場所に出て、そこに広がる花畑にリーネが足を止めて歓喜の声を上げた。
「わぁ!野の花の花畑がこんなに広がってる・・・!
すっごく綺麗だね・・・!」
「そうだな。
今は・・・11時半か。
折角の景色だ。
村に着く前にここで昼飯とするか。」
「うん!」
二人は花畑の広がる丘の中腹にマットを敷いて、リーネが朝食の支度のついでに作ったお弁当を広げて座った。
「今日はニホン国料理のお弁当にしたの!
といってもメインの唐揚げは晩御飯の残りだけどね!」
ランチバスケットの中には梅肉と切り胡麻のおにぎりとふき味噌のおにぎり、昨日の夕食の残りの竜巻うさぎの塩唐揚げ、こごみのごまマヨネーズ和え、岩鳥の卵を使った卵焼き、ライキの実家から持ってきたウインナーもタコの形になって入っていた。
そこにデザートとしてフォレストサイド村の朝市で買ってアイテムボックスに入れて持ってきたカラマンダリンをライキが取り出して置いた。
「竜巻うさぎのお肉、時間が経っても柔らかくて美味しいね!」
リーネが唐揚げをもぐもぐ食べながら笑った。
「うん、美味いな!
俺このふき味噌のおにぎりも好きだな!」
「えっ?ライキ渋いね!
ちょっとほろ苦いでしょ?」 
「うん、そこがいい。」
「わかる!
このほろ苦さ、春の味って感じで私も好きなの!
ライキが気に入ってくれたなら来年もふきのとうを採ってまた作るよ!」
「マジで?嬉しいな!
ふきのとうって雀月すずめつき(3月)くらいにうちの近くの川沿いの土手にポコポコ出てくるやつか?」
「うん!
沢山出てたからそれを摘んでおいて、味噌が出来たらふき味噌にしようと思ってライキのアイテムボックスに入れて貰ってたんだけど、美味しく作れて良かったぁ♡
・・・春の味といえば、竜巻うさぎのお肉も春限定だよね?
どうしてなの?」
「あぁ、竜巻うさぎのしっぽの竜巻って春しか出ないんだよ。
あの竜巻がないと、普通の野うさぎと見た目も行動も区別がつかなくなってしまう。
俺らは魔獣専門の狩人だから、人に害をなさない野生動物は基本的に狩らないし。
だから春しか出回らない。」
「へぇ~!」
リーネがニコニコして耳を傾けているのを見て、ライキはもっと語っても良さそうかな?と思い、更に続けた。
「竜巻うさぎの上位種で冬限定の水晶うさぎっていうのもいるんだけど、そいつらの肉はもっと美味いよ?」
「えっ!?何それ、初めて聞く魔獣!
レアなの!?」
「うん、超レア。
あいつら水晶みたいな見た目で綺麗なんだけど、装甲が硬くて刃が通りにくいし、魔石をぶつけても魔法を一切通さないから通用しない。
大変だけど地道に物理ダメージで削っていくしか無いんだ。
俺もまだ数回しか狩ったことがないよ。
そのぶん肉がとても美味いから、狩れたらすぐに肉をくれって言って高級食材を扱う町の商人が常に予約をしているんだ。
それで奴らの肉がうちの店に並ぶことはない。
俺も食ったのは一度だけだよ。」
「えっ!
そんな珍しいお肉をどうやって食べたの?」
リーネが小首を傾げた。
「昔兄貴がうまくちょろまかして商人に渡さなかったやつを二人でこっそりとな?
これ、父さんにはナイショな?」
ライキがニシシと歯を見せて笑った。
「あーっ!ズルいんだぁ!」
リーネがあははっと笑った。
「まぁそんなわけだから肉は手元に残らないけど、毛皮も魔法を一切通さないとても貴重な素材だから、魔法攻撃が厄介な魔獣と戦うときに盾として使えるから売らずに一つ持ってるんだ。
今もアイテムボックスにあるよ?
見る?」
「うん!見たい見たい!」
リーネが興味を持ったので、ライキは嬉しくてアイテムボックスからいそいそと金属板に貼り付けた水晶うさぎの毛皮を取り出してリーネに手渡した。
「わぁ・・・!
水晶っていうから毛皮が透き通っているのかと思ったけど、白いんだね・・・!」
「うん。
生きてる状態だと奴らの放つオーラが周りの景色を反射するから水晶みたいに見えるけど、毛皮自体はシンプルなんだ。
まぁ、毛皮が透き通ってたら肉とか筋が丸見えになってグロいしな!」
ライキがあはははと笑う。
「あはは!そうだね!」
リーネも楽しそうに笑う。
リーネはしばらくその毛皮を触った後、
「見せてくれてありがとう!」
とライキに返したので、ライキは水晶うさぎの毛皮をアイテムボックスに仕舞った。
「あ、そうそう。
水晶うさぎもさ、竜巻うさぎと同様に冬以外だと普通の野うさぎと区別がつかなくなってしまうんだ。
だから俺ら狩人の間で野うさぎは”可愛い成り済まし野郎”って呼ばれてる。」
「へぇ~!面白い!!」
(ウケてるウケてる!
あと1時間くらいはうさぎの魔獣ネタを語れるけど、やっぱり兄貴の言ったようにリーネに引かれたくはないからこのくらいにしとこうかな・・・。)
ライキはそう自分に言い聞かせると、気持ちを切り替えるように側に群生している白詰草を摘んで花冠を編み始めた。
「わぁ・・・!
流石ライキ・・・上手だね!」
「そんなことないよ。
白詰草は茎が丈夫だから編みやすいんだ。
・・・よし、出来た。」
ライキは優しく微笑んで出来上がった花冠をリーネに被せてやる。
「ありがとう!!
・・・似合うかな?」
リーネは頬を染めて微笑むと上目遣いに尋ねた。
「うん・・・つか、可愛すぎてヤバい・・・。」
ライキはそう素直な感想が口をついて出た後、気恥ずかしく頭をかいた。
「えへへっ・・・大袈裟だよ・・・。
でも、嬉しい・・・。」
リーネは花のようにふんわりと微笑んだ後、ハッとして顔を上げ、花冠にそっと手を伸ばしてから言った。
「これ・・・しなびないうちにアイテムボックスに入れてもらってもいい?
家に持って帰ってドライフラワーにして取っておきたいから!」
「・・・何もそんなありふれた白詰草の花冠なんて取っておかなくても。
フォレストサイドにもいっぱい生えてるし、またいつでも編んでやるよ?」
ライキは前にリーネが二人がつがいになる切欠となった自分の精液を、記念としてどうしても取って置きたいとゴネたことを思い出して苦笑いをした。
「やぁだ!
このネーザ村近くの白詰草の花冠だから特別なんじゃない!
それに、ライキが巡礼の旅でくれたものは全部取っておいて記念にするんだから!」
リーネはちょっとムキになって眉を吊り上げながら言った。
「そんなのいちいち取っておいたらリーネの部屋があっという間に記念品だらけになるぞ?」 
ライキはそうクツクツと笑うとふと視線の先に何かを見つけて「あっ」と声を上げ、銀のまつげを伏せて手を伸ばした。
そしてそれをプチッと摘んで優しく微笑むとリーネに手渡した。
「はい、これもやる。
記念にするならこっちにしたら?」
リーネはそれを受け取ると、目を輝かせて歓喜の声を上げた。
「わあっ!
幸運の四葉のクローバーだぁ!!
ほ、ホントに貰ってもいいの!?
四葉ってなかなかないんだよ?」
「そうなのか?
何か普通にそこにあるのが見えたからさ。
つか、そんな珍しいものなら尚更リーネが貰ってくれよ。
それを本に挟んでおいて押し花になったら、透明な樹脂で固めて何かに加工してやるから。
昔母さんに頼まれて押し花でコースターを作ったことがあるから作り方はわかるし、他にも栞とかアクセサリーも作れるぞ?
そっちのが記念っぽいだろ?
ドライフラワーと違って風化もしないし。」
「あ・・・ありがとう!!
そうするね!!
ライキ、だぁいすきっ!!!」
リーネは感激のあまり涙を浮かべると、頬を染めてライキに飛びつきギューッと抱きついてきた。
ライキはリーネの勢いに思わずバランスを崩して押し倒されてしまった。
「おっ・・・と!」
「ご、ごめんね?
嬉しくってつい・・・。」
リーネは頬を染めたままはにかんだ。
「・・・・・リーネ、マジ可愛すぎ♡」
ライキも頬を染めてはにかみそう言うと、ゴロン!とリーネごと転がって体勢を入れ替えて上からリーネを見下ろす形になった。
そして転がった勢いで外れてしまった花冠をその淡金の髪にもう一度被せると、顔を傾けて彼女にキスをした。
「っ・・・んっ・・・」
リーネもそれに応じる。
ライキは唇を離すと熱っぽい視線をリーネに向けて言った。
「このまま襲っちゃお・・・♥」
そう悪戯っぽく笑うとリーネのワンピースをたくし上げようと手をかけた。
「やっ!?
ら、ライキ・・・!?
こんな昼間から外でなんて駄目だよぉ・・・!」
リーネは真っ赤になってジタバタと抵抗するが、ライキに力で押されてワンピースは胸元まで捲られ、白い肌と白のレースがあしらわれた清楚なパンツとブラジャーが露わになった。
ライキが陽光に晒されたその美しくも艶めかしいリーネの姿に興奮してゴクッと生唾を飲み込んだところで、遠くから誰かの高い呼び声が聞こえてきた。
「ズワルトーーーーー!!」
声の主は10歳くらいの少年で、金の髪はライキより少し短く、瞳の色はピスタチオナッツのような緑色で、羊飼いが持つ鈴のついた杖をカランカランと鳴らしながら数頭の羊を引き連れこちらへ向かって走って来た。
リーネは大慌てで起き上がってワンピースを直すと、ライキと共にその少年の方を向いた。
「どうしたの?」
リーネが少年に声をかけた。
「オイラの羊がそっちに走って行っちまったから追いかけてきたんだけど、早くて追いつけなくてっ・・・!」
少年はそう説明すると二人の前方を走る黒い羊を指差した。
「あれか・・・!」
ライキとリーネはその姿を見つけると頷き合い、追いかけようとすぐに駆け出した。
足の早いリーネがライキを離して先に行き、ついには黒い羊に追い付いて、その身体を捕まえてギューっと抱き締めてから手を振った。
「やっほー!捕まえたよーーー!」
リーネが無事に羊を捕まえたことで安堵し、足を緩めたライキに追いつき並んだ少年が言った。
「あのお姉ちゃんすげぇカッコいい!
それに比べて兄ちゃんは足遅くてダセェのな・・・。
立派なのは見てくれれだけかよ・・・。」
と後半はジト目でライキを見た。
「・・・・・。」
ライキは少年にムッとして顔を顰めた後、少年に付いてリーネの側へと駆けていくのだった。

リーネが捕まえた羊は珍しい黒い身体に黒い体毛を持っており、名前はその見た目に因んでこの辺で黒を意味する”ズワルト”と名付けられていた。
「姉ちゃんありがとう・・・!
ズワルトってお転婆だからすぐ群れを逸れるんだ。
助かったよ!」
少年はリーネを間近で見て、その整った容姿に見惚れて鼻の下を伸ばした後デヘヘとだらしなく笑った。
「捕まえられて良かった!
君、ネーザ村の子?」
リーネが少年の隣を歩きながら尋ねた。
「うん!
オイラ、ネーザ村の羊飼いのハンスっていうんだ。
姉ちゃんは旅の人?」
彼はニコニコしながら聞き返した。
「うん!
私達巡礼の旅をしているつがいなの!」
リーネは後ろを少し離れて歩くライキを振り返ると、その手を取ってハンス少年に紹介した。
「私達のつがい名は”銀色狼と空駒鳥”。
私はリーネ・ファーマシー。
彼はライキ・ハント・スイズリーハント。
フォレストサイド村から来たんだ。
よろしくね!」
「フォレストサイド村!!
村って名がついててもネーザよりずっと人が多くてえらい都会だってとーちゃんが言ってたとこだ!
すげぇ!都会の人はやっぱ綺麗なんだな!」
ハンスが目を見開いて驚き感激の声を上げた。
「えっ!?綺麗だなんてやぁだっ!
お上手だね、ハンス君は!
でもフォレストサイドを都会だなんて言われたの、初めてだよ!
ねっ、ライキ!」
ライキはリーネに話題をふられていつもの調子で返す。
「周り森ばっかだしな(笑)
でも観光エリアも合わせたらそれなりの人口は居るんじゃなかったっけ?」
「うん。
今人口400人前後だから村にしては多いんだけど、フェリシア神国において指定できる町の数は3つまでだから、町の中で一番人口の少ないフランの人口を超えない限りはフォレストサイドが町になることはないってジュニアスクールで習ったよ!」
「そうだっけ?
流石リーネ・・・」
ライキがリーネを褒めようとしたら、それをかき消すようにハンスが被せてきた。
「すげぇ!
リーネ姉ちゃん美人なだけじゃなくて頭もいいんだな!
そこのにーちゃんと違って!」
「えっ、そ、そんなことないよ?」
リーネは反応に困ってあたふたしている。
「・・・・・。」
ライキはハンスのあからさまな態度に正直ムッとしたが、ここでキレては大人気ないと思って黙って耐えた。
そうこうしているうちにハンス少年が担当している他の羊達の群れに合流した。
その群れは普通の羊と雷羊らいようが半々といった割合で一緒に行動しており、
(父さんと母さんが言っていた通りだ・・・。)
とライキは感心した。
ふとその中に牧羊犬がいないことに違和感を感じたライキはハンスに訪ねた。
「・・・ハンス、お前のとこ、牧羊犬はいないのか?
さっきその黒い羊・・・ズワルトだっけ?
そいつが逃げ出したときも普通は真っ先に牧羊犬が追いかけるだろ?
この数の羊をお前一人で見るの、大変なんじゃないのか?」
するとハンスはツーン!とそっぽを向いてライキを無視した。
「・・・おいこら無視かよ。」
ライキは流石に不愉快になり、眉を吊り上げ抗議した。
ライキの怒りの気配を感じてか、近くにいた羊達がビクッとしてメエェェ!と連鎖的に鳴いた。
それを察したリーネがライキをそっと制してハンスに言った。
「ねぇ、ハンスくん。
ライキが君に何かしたかなぁ?
ライキ、目つきはキツイけど、すごく優しいお兄さんなんだよ?」
リーネに目つきがキツイと言われて内心ズドーン・・・と凹むライキを余所に、ハンス少年は言った。
「この兄ちゃん、銀の髪で目つきもキツイくて狼みたいな野蛮な格好しててさ。
この間牧羊犬を襲った魔獣に似てるからオイラ嫌いだ!
羊たちも怖がってるし!
リーネ姉ちゃん、こんな奴やめたほうがいいよ!!
リーネ姉ちゃんがこんな奴のつがいとして好きにされるだなんて、オイラ凄く嫌だ!!」
ライキは彼の自分を否定する言葉の中に気になるワードが幾つか含まれていたので、すかさずハンスにそれを尋ねた。
「・・・牧羊犬が魔獣に襲われたのか?
俺に似てるって・・・どんな奴だ?」
またしてもハンスはツーン!として答えないので、リーネがすぐにフォローした。
「お願いハンスくん、教えて?
ライキは魔獣専門の狩人だから、魔獣のことにとても詳しいし頼りになるよ?」 
リーネの言葉にハンスはチラッとライキを見て、
「ホントにこいつが・・・?
足だってリーネ姉ちゃんより遅いのに?」
と呟いてため息をついてから、
「・・・リーネ姉ちゃんのお願いだから教えてあげる。」
と言って、ようやく打ち明け始めた。
「・・・銀のデカい狼の魔獣だよ。」
「狼の魔獣?
風狼ふうろう”じゃないのか?
風狼ふうろう”は普通の狼より一回り大きくて、体毛はくすんだ灰色、サックスブルーの眼をした奴だ。」
「違う!
牛よりも大きかったし、体毛は灰色っていうよりお前の髪みたいに艶があって銀って感じだった・・・!
眼の色は赤かったし、牙が凄く鋭くて、額のところにダイヤの黒い印みたいなのがあった・・・!」
ダイヤの印だって・・・!?」
ライキはリーネと顔を見合わせ、頷いた。
「・・・その魔獣はいつどんなふうに現れたんだ?」
ライキが尋ねるが、またしてもハンスはプイッ!とそっぽを向いて答えない。
「ハンスくん!
お願い、答えてあげて・・・?」
リーネがそうハンスの手を取って頼むと、ハンスは頬を染めて鼻の下を伸ばしてから答えるのだった。
「現れたのは一週間前・・・。
そいつが突然何処からともなくこの花畑に現れて、羊が襲われたんだよ。
牧羊犬はそいつから羊を逃がそうとして殺されてしまったんだ・・・。
羊も散り散りに逃げてしまって、無事回収出来たのは、ズワルトを含めた今ここにいる羊だけになってしまったんだよ・・・。」
「・・・その魔獣はどうなった?」
やはりライキの問いかけは無視されるので、リーネが「お願い!」と一言添えると「仕方ないなぁ・・・」と言ってようやく彼は答えるのだった。
「教会の神父のおっちゃんが女神フェリシア様に報告したら、すぐに神使しんし様っていう人が来たんだ。
そうしたらその魔獣、逃げるように姿を消してしまったんだってさ。
それからその魔獣は姿を現してないよ・・・。
エングリアの近くの森で姿を見たってニュースペーパーの記事に出てたらしいけど、それが同じやつなのかはオイラにはわからない・・・。」 
ライキはハンスの証言を聞いて思った。
(そうか・・・師匠がこの村に対処に来たんだな。
それなら次に空に昇った時に師匠にその魔獣について訊いてみよう。
それにしてもこいつ、ムカつく・・・。)
ライキはため息をつくと、リーネに耳打ちして彼に訊いて欲しいことを伝えた。
「ねぇハンスくん。
他にネーザ村で変わったことはない?」
「えっ、変わったこと?
・・・そういえばその魔獣が現れて去った後くらいからかな?
村の人が夢見が悪いってよく愚痴ってるなぁ・・・。
オイラのとーちゃんなんか、それ以来昔の浮気がバレてかーちゃんとジュラバになって、羊達に笑われる夢ばかり見るって目の下にクマを作っててさ。
仕事もオイラ一人に任せてサボってばかりさ・・・。」
「浮気しちゃうハンスくんのお父さん最低・・・!」
リーネは眉を吊り上げて会ったこともないハンス父に文句を言った後、ハッとしてハンスに尋ねた。
「ハンスくんは悪い夢は大丈夫なの?」
「うん!
オイラは全然平気!
昨日なんか幼馴染のフィナのパンツにトカゲを入れて泣かせる夢を見たぞ!」
ハンスはそう言うと何故か自慢気に笑ってみせた。
「もーーー!
お父さんだけじゃなくてハンスくんもなの!?
女の子にそんなことするなんて最低!!」
「えっ!夢の中の話だってば!」
「普段からそういうことをしているから見る夢でしょ!?」
リーネがジト目でハンスを見て、それに対してハンスが肩を落としているのを見たライキは、(いい気味だ!クソガキが!)
と鼻で笑った。
「でも、ライキ。
みんなして夢見が悪いなんてなんだろうね?」
「うーん・・・。
ナイトメアシープが村の羊の中にいたりしてな・・・。」
ライキは顎に手を当てて思考してから話題の内容的に一応ハンスに配慮して、彼に聞こえない程度の小声でリーネに答えた。
「ナイトメアシープ?」
リーネはその名を耳にするのは初めてで、不思議そうに小首を傾げた。
「あぁ。
夜にしか現れないかなりレアなハイクラス魔獣で、人を眠らせて悪夢を見せて生気を吸い取るんだ。
しかも奴らはさっき話した”可愛い成り済まし野郎”と一緒で、昼間は普通の羊と変わらないからナイトメアシープだと誰も気が付かない。
その特性的に、森よりも羊のいる村近くで現れることが多い魔獣らしい。
俺も知識として知っているだけで、まだ出くわしたことがないよ。」
「・・・村の人の症状と、ナイトメアシープの特性が一致してるね・・・。」
リーネが心配そうに羊の群れに視線を送った。
「そうだな。
でもハンス一人の話からそうと決めつけるのは早いよ。
村に行って聞き込みをしてみよう。」
「うん。」
二人でそんなことを話していると、ハンスが振り返って言った。
「二人で何コソコソ話してるのさ!」
「えっ、えぇと・・・」
リーネもナイトメアシープのことを彼に話すのは彼の羊を疑うようで気分が悪いだろうと配慮し、咄嗟とっさに誤魔化した。
「普通の羊と雷羊らいようが一緒にいてビリビリしないのかなぁ・・・なんて。
ね?ライキ!」
「あぁ・・・つーかそれ、俺わかったよ。」
「えっ!?わかったの??
どういう仕掛けなの!?」
「普通の羊だけ首輪がついてるだろ?
あれに鈴と一緒に雷の魔石もついてる。
それで普通の羊にも雷羊らいようと同じ耐性をつけてるんだよ。
ハンスの腕にもほら、見てみな?
雷の魔石のついたブレスレットがあるだろ?」
「わぁ~ホントだ!
流石ライキ!
そんなところに気がつくだなんて、格好いい!!」
ライキはリーネに褒められて嬉しくて頬がだらしなく緩んだ。
「ちぇっ!
後でオイラがリーネ姉ちゃんにだけ教えてやろうと思ったのに、だらしない顔して喜びやがって!
ムカつくっ!!」
ハンスがべーっとライキに舌を出した。
ライキはフン!と鼻息をついてそっぽを向いた。
リーネは二人の間に挟まり困ったように汗を飛ばした。
「おーーーい、ハンスーーーー!!」
そこでハンスの父親らしき男が丘の上からこちらに向かって駆けてきた。
「とーちゃん!」
「すまねぇな!
ここんところずっと夢見が悪かったしよ。
昼まで寝かせて貰って助かった。
ってもまだ何かダルいけどな・・・歳のせいか?
ともかく、羊の番を交代するからお前今日はもういいぞ?
・・・おや?旅の人か?」
ハンスの父は二人を見て頭を下げた。
「こんちには!
巡礼の旅をしています銀色狼と空駒鳥のつがいです!」
リーネが挨拶し、ライキも一緒に会釈をした。
「おおっ!
これは美男美女のつがいじゃないか!
ネーザ村へようこそ!
っていってもここは村の外れですがね!
村はこの丘を登った先ですよ。
ハンス、お客さんを村へ案内して差しあげなさい。」
「うん!」
ハンスは嬉しそうに笑って杖を父に渡すとリーネの手を取り笑いかけた。
「じゃあリーネ姉ちゃんついてきて!
あ、お前は来なくていいから。」
ライキにはあっちいけシッシッ!と手を払うハンス。
「クソガキ・・・。」
ライキはイラッとしつつも相手は子供なので、ワナワナと震える拳を握り締めて抑え、心配そうにライキを振り返るリーネに微笑み返すと、意気揚々とリーネの手を引くハンスに追い付き、リーネに聴こえないようそっと耳打ちをした。
『さっきからお前が握ってるリーネの手、お前が来るまで俺のチンコを一生懸命さすってくれてたんだけど、それでも良いのか?』
ハンスはギョッ!として慌ててリーネの手を離すと、キョトンとしているリーネの顔を眉間に皺を寄せてじーっと見て、自分の手をクンクンと嗅いでオエッとしてからその手を穿いているハーフパンツでゴシゴシと拭いた。
それを見てライキは満足そうにほくそ笑むとリーネの手を取りギュッと繋いだ。
「・・・ラ、ライキ・・・。
ハンスくんに一体何を言ったの?」
リーネが訝しげにライキを見上げて尋ねた。
『あいつが一番嫌がりそうなものをリーネが触ってばっかだって嘘付いた。』
ライキは歯を見せて悪戯っぽく笑いながらヒソヒソ声でリーネに言った。
「ハンスくんが一番嫌がりそうなもの・・・?
なんだろう・・・?
動物の糞とか・・・?」
リーネが眉を寄せながら考えていると、ズワルトと呼ばれていた黒い羊がカランカランと鈴を鳴らしてこちらに走って来て、ライキとリーネを通り越してハンスの側に行き、その手をペロペロと舐めた。
「あははっ!
くすぐったいってズワルト!
舐めたりしたら汚いぞ!?
でも綺麗にしてくれてありがとうなっ!」
ハンスはそう言って黒い頭を撫でてやると、黒い羊も連れて一緒に村の方へと歩みを進めた。
「あれっ?
その子、群から外れて私達に付いて来ちゃっていいの?」
リーネがハンスに尋ねた。
「あぁ、いいんだよ。
ズワルト、突然変異の黒い個体で不吉だからって、まだ子羊の頃に肉にされそうだったのを根に持っててとーちゃんのことが嫌いなんだ。
だからいつもとーちゃんが番のときは群から外れてオイラに付いてくるんだ。」
「へぇー、
黒い羊、可愛いのにね!
ぬいぐるみがあったら欲しいくらい♥」
リーネがニコニコしてハートを飛ばしながら言った。
ズワルトも褒められていることがわかるのか、心なしか嬉しそうだ。
「うん。
そいつメスだし、子供も産めるのに突然変異体だからって殺すのは勿体無いな。
それに態々普通の子羊を肉にしなくても、雷羊らいようは普通の羊の肉よりうんと臭みがなくて柔らかいから、そっちを肉にしたほうが生産性も上がるはずだ。
でも雷羊らいようの羊毛はカメラとか通話器の材料として高値で売れるからな・・・。
そっちを失うほうが損をするのか・・・?」
ライキがブツブツそんなことを呟いていると、ハンスが突っ込んだ。
「ふん!
普通の羊だって雷羊らいようと一緒に暮らすうちに肉の質が格段に上がるんだよ!
だからうちの村では一緒に飼ってるんだ!
知ったかぶりするなよ素人が!」
「クッソガキ・・・」
ライキとハンスがバチバチと火花を飛ばすのを見て、リーネが大きなため息をついてから言った。
「もーーーーー・・・!
二人とも、仲良くしてよね!!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

性奴隷は泣かない〜現代ファンタジーBL〜

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:130

恋心

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:53

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:55

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:123

逃げても絶対に連れ戻すから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:75

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:125

真夜中の恋人

BL / 完結 24h.ポイント:660pt お気に入り:12

処理中です...