チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

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185 彼の不本意な滞在 

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二度目の連絡は体感1時間後、その時僕は関所に居た。埒の開かない庭師と役人のやり取りにうんざりした僕が対応することになって、ああっ、さっきから何度も…痛恨の極み!

けど焦っちゃダメだ。このヨルガオはナッツがくれた命綱。絶対に見つかるわけにはいかないんだ…


そうこう言ってる間にも馬車はどんどん進んでいく。侯爵領を抜けたら関所を通ってすぐに王都の森へと入る。

王都の森…、王都の周辺は静寂な森に囲まれている。少し硬派なリッターホルムの森林帯と違って王都の森はとても上品だ。まるでフォンテーヌブローの森のように高貴さを醸し出す静寂の森。


そういえば兄さんの手紙にあった王城の向こうにある湖って…王城の向こう側の森の中ってこと?あれって確か…



「アッシュ様。伯爵邸に着きました。」


はっ!考え事をしている間についに到着。ここが魔女の本拠地…。
僕をそこに残してコーディーさんはリッターホルムへと戻っていく。ああ…ついに一人か…。


「ああら公爵夫人、ようこそペルクリット伯爵邸へ。それとも元公爵邸とでも言い直しましょうかしら」

「別に結構。ここになんの想い入れも無いし。それより盛大なもてなしを期待してきたんだけどこの僕をどうやって満足させるつもり?言っとくけど僕はクオリティとコスパにはうるさい男だよ」

「…賢者様の物言いは只人のわたくしには少し難解なようですわね。ご安心を。わたくしこう見えても個人の資産を持っておりますの。あなた様の部屋だけは快適に整えてございますわ。旦那様は恥ずかしながらあまり余裕があるとは言い難いの。どうしてもと手に入れたこの屋敷も維持費ばかりがかかって、公爵家からの手当てなどそれですべて飛んでしまいますのよ。ご存じでしょう?旦那様はカルロッタ様の一件で公爵家からも大公家からも随分睨まれておりますし…ああそう言えば、大公閣下、いえヴェッティ王はお元気みたいね。いつまでもお元気で居て頂きたいものだわ。国の為にも。ねぇ、そうお思いになりますでしょう」

「本当に。大公もいいお歳だ。王子さえ一皮むけたら早く楽隠居させてやりたい。でもない普通の人間には老いという問題があるからね。あれ?そう言えば伯爵夫人はおいくつでしたっけ?いやぁ~、いつもお若くて羨ましい。僕と歳のかわらない息子が居るってのにまるで20代みたいだ。へぇ~…」

ミシリ…

「お褒め頂き恐縮ですわ…。これはわたくしのスキルですの…。そうね…代わって差し上げましょうか…」


不死…、その危険なワードは地雷原か。


「それより部屋はどこ。ああ、選べるならユーリが暮らしてた離れが良いな。幼いユーリの残した痕跡を日々探すのもいかも知れない」

「御冗談を。あそこは毒公爵がここを去ってから誰も近寄ってはおりませんの。何しろ建物の一部はあれの吐き出した毒素によって腐食しているのですもの。みな怖がってしまって…無理も無い事でございましょう?あなた様には邸の3階、その最奥をあてがっておりますわ。ほほほ、アルパが子供の頃使っていた子供部屋ですの。」


僕が子供みたいって言いたいのかっ!って叫びたいけどグっ!と堪える大人な僕。これがあのビルギッタお嬢様相手なら容赦しないのに!


「毒公爵って言うな。それから僕のことはアッシュで良い。大事な大事なアルパ君の部屋ね。最大の敬意を払ってもらったと思っておくよ。あっ、そうそう。その件で僕に何かないの?ありがとうとかさぁ…、長年生きてる癖にお礼も言えないの?」


バキリ!


「賢者よ…、わたくしを挑発していい事など一つとして無くってよ…。よく考える事ね、自分の立場がどういうものであるか…、誰か!夫人を部屋へ案内なさい!」


怖~…、どっちが地雷だったんだろう。長生きって言った事か?それともアルパ君の名前を出したこと?ああ、両方か…

魔女の前に立ちはだかりユーリを守護する者。

いつだってそれだけが僕の立場だ。







部屋に案内された僕の持ち物。それは何着かの衣類とサーダさんとナッツのお弁当。
保存を掛けてあるお弁当は日持ちが良い。なんなら当面これだけでもいいくらいだ。


「手荷物少なすぎて伯爵家の面々、若干引いてたな。けど着替え以外何を持って来いっていうのさ。」


ドライヤーも無ければスマホもタブレットも充電も無い。ひげはないからシェーバーも要らないし、


「歯ブラシだけは特製の豚毛を持って来たけど…」


ああそうそう。常備薬の代わりに持参したのは黄金のリンゴ。それから大事な大事なユーリの灰色の毒。
この二つはノールさんによって〝造形偽装”がかけてある。ぱっと見ただのローズマリーとセージのチンキにしか見えないはず。少なくともあの庭師も荷物を開いたメイドたちも気付かなかった。さすがだよノールさん。

ーピピピ…ー

鳥の声!連絡だ!

「あーイライラするなぁっ!」

僕はけっして油断しない男。聞き耳を立ててるであろうその扉に向かってまずは一言。そしておもむろにヨルガオを取り出すと…


=トンツー ツートントンツー トンツーツートン…=


イライラと机を指で叩く事一分。ささやかに、本当にささやかな声で

分かった

とだけ聞こえたんだ。

送ったのはモールス信号。例の遭難騒ぎの時にロビンに教えた救難用信号だ。
ロビンに教えた、つまりそれは負けず嫌いなノールさんもとっくに会得したと言う訳で…











「奥様、あの子供の荷物に不審なものはございませんでした。むしろ荷物が少なすぎるくらいで…」


死出の旅路に荷物は要らないと言うところか…。よく分かっている事。


「もとは農家の子倅ですもの。服にも宝石にも興味が無いのでしょう。けれどあの子供などと言ってはいけなくてよ。公爵夫人とおっしゃい。それで?」

「しばらく扉の前で待機しておりましたが夫人は随分苛立っているようでしたわ。机をトントンと打ち鳴らして」

「ほほほ、そう。苛立って…。愉快な事。良い事、一人で出歩かないようしっかり見張るのよ」


あの口の減らない賢者め…。
いいわ。すでにあれはわたくしの手の内。残り僅かな時間をせいぜい楽しむがいい…。







執務に入る前二度ほど連絡を入れただろうか…。だがその二度とも返ってきたのは咳払いだった。

ノールにせがまれアレクシの戻りを待ってアッシュにいれた午後の連絡、その場でようやく彼からの声を拾うことが出来た。


「あーイライラするなぁっ!」


遠くにくぐもる彼の声。その後を追うように聞こえてきたのは何かを叩く鮮明な音。

「これは…?」

トンツー ツートントンツー トンツーツートン……

「しっ!………」


暫く続けられるその音を私を制してまで真剣な面持ちで聞き耳を立てるノール。この音は一体…


「分かりましたユーリウス様。これは『いまついた きかれてる おうけのみずうみ どこ』と」
「分かるのかノール。」

「ええ、これはアッシュ君が昨年の事件の時教えてくれたモールス信号。覚えるのにちょっとしたコツがあるのですが、私は即座に覚えましたので」


彼の機転にはいつもながら感服する。しかしアッシュとノールの間にこのような手段があった事は幸いであった…。
聞かれている…そこまですると言うのかあの女は。ここまでアッシュの動きを警戒するとは。だがまさか伯爵夫人が下品にも聞き耳は立てまい。あの女は人の目にどう映るかをいつも気にしていた…。
では使用人、扉の外か…。これからは声を抑えねばなるまい。


「分かった。」


小さくそして短くそれだけを返し話を終える。
アッシュと直接話せなかったのは甚だ残念ではあるがその機会ならまた訪れよう、彼がこうして無事である限りは。



「アレクシ、至急殿下につないでくれ。王家の湖、その位置を確認するのだ」






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