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186 彼の不本意な滞在 ②

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次の連絡で湖の場所は解るはずだ。今僕が考えるべきこと…、それはこの家のどこかにあるユーリの毒と、兄さんからの手紙の謎、その両方を発見する事。

ユーリの毒に関して、僕は離れじゃないかと予想している。
アデリーナにとって使用人が誰も近寄らない離れは最も都合いいんじゃないかって。
そして僕には『元窃盗犯が教える隠して良い場所、悪い場所』がある。

いくらアデリーナが2000年生きた魔女だとしてもだ。その思考パターンまでもが奇想天外と言う訳では無いだろう。
ならば必ずこのハックは生かせるはず。どこだろうが探し出して見せる。必ずね。


それから手紙。
兄さんが脈絡なくいきなりぶっこんで来た王城の向こうにある湖。それこそが大きなポイントな気がする。何故ならこのキーワード、〝そこにジュリアは咲いているか?”

ジュリアの花。それは母さんの誕生日に僕がプレゼントした前世のバラ。
良い香りねって母さんが喜んでくれたキャメルカラーの品種改良されたバラ。その名を知っているのは僕と兄さん、それから母さんしかない。…父さんは花の名前なんか憶えないから。

だけど兄さんだってユーリがバラを嫌忌していることは知っている。
マァの村の公爵家の別荘。あそこの敷地からはカルロッタさんが亡くなった後バラというバラが全て引き抜かれた。別荘の管理人へのヴェストさんからの適切な指示によって。
そしてその事実は告知など無くても村中が共有している。狭い村。あそこはそういう土地だ。

その名前をわざわざ書き記したのは何故だ。その理由は明確だ。

ジュリア…、ジュリアス…、ユリウス…、これらは全てユーリウスを指す。そう!これは符合だ!
僕と兄さんにしかわからない符合。

きっとその湖にこそ何かの秘密がある!









「何の用だユーリウス。全く…、お前からこうも頻繁に連絡が来ると調子が狂う。それでアッシュは無事か」

「アッシュは無事です。こちらこそあなたからアッシュを気遣う言葉を聞くと複雑な感情になる」


な、何だと⁉
いや、こいつとの過去を思えば当たり前であるか。私だって殊勝なこいつなど気持ちが悪いと思っておるしな。


「それでなんだ。今日は何の用だ。昨夜の件ならすでに対処済みだ。コーネインが素早く使用人を取り換え、ああそうだ、ヘンリックの提案でヴェッティの近衛は例の6家から騎士を選抜する事になった。」

「彼らは昨年のロビンの一件で家人の調査は一人残らず済ませている。恐らく以前から機会をうかがっていたのだろう。」

「まったくあの親子はやり手であるな」

「優秀な家臣に恵まれることもある意味才能では?彼らが居たことは殿下にとって目下の幸いと言えましょう。」

「んん?そ…、まあいいそれで?」

「アッシュが王家の湖の位置を知りたがっている。」


王家の湖?なんだそれは。この王城の中に湖など…、だがアッシュが知りたがっているのなら何か重要な事なのだろうが…湖とな…?


「ああ、もしかしてあれか!王城の南側にある領境の森、そう言えばあそこには泉があったな。それの事か?」


この王城は王都の南に位置している。その裏側にあるのが古き家門、ユングリング侯爵家との領境となる鎮魂の森だ。
鎮魂…、過去のいきさつを正しく理解した今ならその名前にどのような意味が込められているのか分るというものだ。
あの森は静寂に包まれどこか厳かで、妹姫のシグリットも、そして王妃であられた母上もあの森を散策されるのをとても好んでおられた。
その為あの森は前王により人の出入りがとても厳しく制限されておるのだ。

通行できるのは王家と侯爵家以上の家門。それ以外の者はコーネイン領かケーニマルク領を経由せねば往来はできぬのである。

確かあそこには泉があった。母が、そしてシグリットが心を癒した小さな泉が…。


「泉…?湖ではないのか。」

「泉だ。だが他に水辺は無い。恐らくそこのことであろう。あそこは入り組んだ場所にあるゆえしばし待て。シグリットに目印成るものが無いか確認してこよう。2時間後にもう一度連絡を寄越せ。それまでにまとめておくとしよう」


鎮魂の森にある泉…。確かあそこは、例のあの、召喚された異世界人、旅立つ勇者に禊を勧めた場所ではなかったか…。旅の無事を願うなら身を浸して行けと…。なのにあの軽薄な勇者は「美女もいないの何が楽しくて水浴びなんか」などと言ってそのまま旅立っていったのだ。


………

実に同感だと思ったものだ。









ちゅー、ちゅー

ユーリだ!じゃ、その前に…


「ねずみか…、へぇ、扉の前以外にもネズミっているんだな。」ドカッ!

バタバタバタ…


「これで良し、これでしばらく大丈夫」
「あ、ああ。だが君が話すのは最低限でいい。私が話そう」






あの後僕は部屋から一歩も出なかった。そして昼食も夕食も、ワゴンで運ばれるそれらを僕はそれはもう丁重にお断りした。僕にはサーダさんのクラブサンドがまだまだ残っているから問題ない。
そして明日も明後日も、僕はここから出る予定はない。って、そもそも僕を出す気は無いだろうけど…。

軟禁…。ワゴンで食事って…、まぁ顔突き合わしてご飯なんか頼まれたって食べたくないけど。消化に悪そうだ。

だって…見張りのメイドがティーセットを持ってきた際、そのティーセットには悪意の象徴かのように色んなゴミが浮いていたのだ。

それで僕が泣き寝入りすると思ったら大間違いだ。むしろチャンスだと思ったね。
僕はそのティーカップに懇切丁寧にお茶を淹れ、メイドに

「お仕事ご苦労様。公爵夫人がお茶を淹れて差上げよう。全部飲み干すまで見てるから」

と言い放ってやった。

メイドは泣きながら部屋を出て行った。涙目になるならケンカ売らなきゃいいのに、未熟者め。農村のおばちゃんにもまれた僕がそれくらいでメソメソするとでも?農家の子舐めんな!

そもそも僕は引きこもりには定評のある男だ。(前世で)
人間関係を疎かにしただけでなく、僕は食に関してもかなり偏っていた。(死因になるくらい)

同じものを食べ続けるのに一切の抵抗は無い!なんなら水とプロテインバーさえあれば1~2週間くらい全然平気だ!

ナッツの持たせてくれたこのクッキー。

これは昨年のロビンの事件の後、僕が携帯食としてナッツに研究してもらった大豆の粉から作った兵糧丸ならぬ兵糧クッキーだ。もちろん味にはナッツのこだわりが垣間見える。

これさえあれば当分もちそうだし、余り長引かせず片を付けるつもりだ。時間をかけたところで良い結果は産まないだろうし、何より僕には兄さんの秘策がある。…多分。

そんな状況下で聞くユーリの声は、吊り橋効果だろうか…?より一層セクシーに聞こえる…。





「殿下が言うには君の言う王家の湖とは王城の向こう、〝鎮魂の森”にある泉のことだろうと。」


湖じゃなかったのか…。兄さんが間違えた?いや、きっとわざとだ。関連性に気付かれないために…。


「その森は王妃、そしてシグリット姫が保養に使われる泉で前王により往来の制限が発令された。王家、そして侯爵家しか立ち入りは許されていない。そしてその令は未だ有効だ」


ふむふむ。前王はこんなところにまで強権を発揮していたのか。


「その中でも泉は容易に足を踏み入れられぬよう整備された道は無いのだと言う。ただこの時期であれば木蓮の花芽を目印に進むのだと。アッシュ、君分るかい?」


分るかい…わかるかい…分かる…、もちろん分かるとも!

僕はあらゆる植物図鑑を脳内に持つ男。ましてや木蓮などと言ったメジャーな木、わからいでか!
モクレン、それは磁石の樹と呼ばれるハイカーにとって覚えておいて損はないお役立ち植物。

その花芽は常に先を北に向ける事から〝コンパスプラント”と呼ばれている…。なるほど北ね。


僕は小さく一つリップ音を立て、それに気づいたユーリのリップ音もしっかりと聞き届けその日の通話は終了した。



うん、悪くないな。こういうのも…。






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