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本編

39.錬金術師の卵達

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その話は妹の口から突然振られた。
話半分に聞いていた僕は空返事で答え、曖昧な解答を送る。
妹はいつも唐突だ。
いつの間にか僕の部屋にやってきては気がつけば居なくなる。
まぁすぐ忘れると言うことは大した話じゃないのだろう。
そう思って僕はお腹の大きくなった母の様子を見に行っていた。

妹が学園でうまく立ち回っていると聞いて緊張の糸が取れたのもあるのだろう。
一時期盛り上がっていた夜のお勤めが盛んになってきた。

幸にして僕の寝室と父さんと母さんの寝室は離れているので声までは聞こえないが、朝顔を見合わせる時とか妙にイチャついてた。
それでいつの間にかお腹が大きくなっていたと言うわけ。

母さんは妊娠してたのを事前に知っていたけど、近くの国で戦争を起こす馬鹿な国のお陰で僕や妹に言い出せなかったそうだ。
何せ戦争が始まったら一番足手まといになるからだ。
アリシアと違って僕は口が軽いから、きっとあちこちに言いふらすだろうという懸念もある。ご懐妊の噂はきっと町中に広がり、敵がそれを知れば利用されると知ったのだろう。
そう思えば僕がシーラ達を手懐けたのはファインプレーだったのではと思わなくもない。
妹は厳しい言葉を並べていたが、あの子は僕をか弱い令嬢と思ってる節があるからなぁ。
だからあまり心配させないようにここ最近は外出を控えている。
それと言うのも夜食に週一でカツサンドやハンバーグが出るようになったからだ。本当は毎日食べたいが、流石に許可してくれなかった。

それはさておき弟か妹か気になるところだ。
最初から大きかったアリシアにはお姉ちゃんらしいことしてあげられなかったけど、これから生まれてくる子には姉らしいことができるはずである。
アリシアで懲りてるのでやり過ぎないようにはしたいな。

「母様、生まれてくるのは妹でしょうか? 弟でしょうか?」
「分からないわ。どちらが生まれてきてもトールちゃんは大切にしてくれるのでしょう?」
「もちろんです!」
「ならば無事に生まれてくることを祈ってて頂戴」
「はい、お気分がすぐれなかったらちゃんと相談してくださいね?」
「ええ、レオンハート家の錬金術師様は世界一だもの。頼りにしてるわ」
「へへへ」





そんな幸せの日々を過ごしていたところで、妹が玄関からぞろぞろ大勢の同年代の学園生達を連れてきた。

「あら、今日は皆さんお揃いでお勉強会かしら?」
「いいえ、姉様。これから錬金術の講習会をしますのよ」
「そうだったのね。どうぞ、狭い屋敷ですがゆっくりして行ってくださいね」

突然の来客にも関わらず、僕はそれなりに振る舞えていると鼻高々にしていた。しかしそれに待ったをかける声がある。

「お待ちください姉様」
「まだ何か?」
「講師はお姉様ですわ。この前引き受けてくださるとお耳にしています」
「え?」

妹はいつの間にか録音していた蓄音機を再生し、僕の退路を絶ってきた。
まさかこのようにして僕の行動を先読みしてくるとは!
素直な妹はどこに行ったのだろう。
お姉ちゃん悲しいよ。よよよ。

「あー、えっと。うん、覚えてる覚えてる。皆さま、今日はよろしくお願いしますね?」

にこりと笑ってみせたけど、学園生達は固まったように動かなかった。
やばいなぁ、恥ずかしいところ見せちゃったよ。
アリシアの顔色をチラッと見たけど、ニコニコしていたので普段からこんな感じなのだろうか?
分からない。この子人によって顔色コロコロ変えるからなー。



「はい、それでは今日は一般的なポーションの作り方から始めます。皆様にとって一番作り慣れたものですけど、だからこそ奥深いものだと言うことを覚えておいてください。まずは自分のいつものやり方とすり合わせて、こんなやり方もあるんだと覚えてくだされば十分です。では最初に薬草は乾燥させて来ていますね?」

一番最初のスタートから躓いた生徒は5人。
妹曰く、レオンハート家のレシピを買い損ねた貴族だという。

「乾燥させてなくても大丈夫ですよ。では何故乾燥させた方が良いのかわかる人」

僕の質問に勢いよく手をあげる学園生達。
主張強めに妹が挙手するけど、なに対抗意識燃やしてんのさ。
これって学園生のための講習でしょ?
身内がでしゃばっちゃったらダメじゃない。

「はい、ではそこのおさげにしてる子」
「姉様、オディーリア侯爵令嬢ですわ」

うげ、うちより家格上じゃん。
やべ、名前わかんないから髪型で判別しちゃったよ。
怒らせちゃったかな?

「失礼、オディーリア様」
「オディーリアで結構ですよ。どうせ錬金術師はマジックキャスターのなり損ないですから」

卑屈だなー。
でもそれが貴族社会の現実か。

「ではオディーリア」
「はい。薬草を事前に乾燥させるのは葉の中の成分を凝結させ、すり潰す時に薬効を高める効果があるからですわね」
「はい、ありがとうございます。これが模範解答です。では率直に聞きます。事前に乾燥させておく必要性はどうしてあると思いますか? また、わたくしがそれを推奨している意味を述べなさい」

レシピに載ってる見解だけじゃ100点満点はやれないな。
それはただの模倣だ。真似をしただけで先はない。
僕がこの講習で教えるのは錬金術師として何を成し遂げるかである。
僕の深く突っ込んだ質問に対して手を挙げたのは残念ながら妹だけだった。

「ではアリシア。貴方の答えを聞かせてちょうだい」
「はい。わたくしは一度乾燥させた方が日持ちするからだと考えますわ」

学園生達はざわざわしだす。
授業として錬金術を習う都合上、素材はその時に用意していればいいだけだ。
しかしそれを日常的に作る身分になると、常にストックや品質管理に迷わされる。
以前買い込んでいた薬草が萎れて使えなくなっていたりと散々だ。しかし事前に乾燥させておくと、それ以上萎れようがないのでそのまま放っておくより日持ちする。
実に貧乏くさい思考だが、無駄をなくせるし、実際効果が上がるのならば覚えておいて損はない。
他にも理由はあるが、それはおいおい答えていけばいい。

「お見事です。さすがわたくしの妹ですわね。ですが皆さん、勘違いしてはいけませんよ。今の回答は妹が自ら導き出した答えです。わたくしは今日この質問をする事を妹に事前にお話ししていませんし、わたくしがこのような質問をしたのは今日初めてです。わたくしが皆さんに問いかけるのは皆さんが将来錬金術でなにを作りたいかに集約されます。ポーションなんてものはファーストステップに過ぎないのですわ」

僕は錬金術はポーションを生み出すだけのものではないとバッサリ切り捨てて講習会をスタートさせた。
唖然としていた学園生達だったが、授業が進むにつれて錬金術の面白さに気がついたのだろう。
最初はどこかとまどいを見せた学園生達も、最後には分からないところは積極的に挙手するようになっていた。

妹が積極的に挙手するのは、普段僕が妹の錬金術に対してノータッチだからと言うのもある。
妹も錬金術師として結構高みにあるのに、貪欲に僕から言葉を引き出そうとする。それに感化されたのだと思うと嬉しいかな?
今日教えた子達が将来の貴族社会を引っ張っていくのなら安心だ。

締めにドーナツパーティーをして解散した。
僕はつい食べ過ぎてしまったけど、量は十分に用意したから大丈夫だ。学園生には食べ慣れないものだったのか、皆舌鼓を打っていた。

学園生が出払い、見送りを終えた妹が僕のところにやってくる。

「お姉様、本日はありがとうございました。わたくしも更なる課題が見えて来ました」
「アリシアはさー、みんながポーションの授業してるのに自分だけ魔道具の質問して来てさー。みんな意味不明って顔してたよ? 少しは自重しようよ」
「ごめんなさいまし。ですが今日という日を逃せばまたお姉様と離れ離れになってしまいますもの!」
「毎日帰って来てるのに?」
「それはそれ、これはこれですわ!」

そう言われて僕は妹に揉みくちゃにされ、仲良くお風呂に入って就寝した。
なんだかんだ妹とは普通に仲がいい。
一応姉と呼んでくれるけど、どうも扱いが妹なのはどうにかならないものだろうか?
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