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3章 お爺ちゃんと古代の導き
閑話:金狼のあくなき挑戦
しおりを挟むその日、金狼は一緒に空に上がったクラン『乱気流』のマスター師父と共に[一の試練]にやってきていた。
ただでさえ安定しない足場に加えて、吹き付ける風が非常に厄介なフィールドである。
現在クリア到達者に見知った名前があることから、金狼はこのフィールドが一筋縄ではいかないことを肌で感じていた。
「さて、老師。一番は俺から行かせてもらおう」
「ふむ。お手並み拝見と行こうかのう」
一度弟子入りした時点でクランの格差は取り払われた。
クランの格なんて初めからないのに、知名度があって人数が多い方が格式が高いなんて、他のだれかの言った言葉に踊らされていた事をここ最近金狼は痛感していたのだ。
アキカゼ・ハヤテ。
それが金狼の前に新たに立ち塞がった壁の名前である。
最初こそすぐに追い越せると高を括った。
あの父がこのゲームで出来た初めての友だと紹介されたときは耳を疑った。どこか遠い目で楽しそうに語る父の姿を見たのは初めてのことだった。
だからこそ最初その名前を聞いたとき、何処かで嫉妬していた。自分にできないことを先にされたのだ嫉妬以外の何者でもない。金狼にとってジキンとは未だ乗り越えられぬ大きな壁であったのだ。
そんな父が称賛する人物はどうしたって気にかかる。
秘密裏に情報を集めた結果、とんでもない場所から情報を拾ってきた。
クラン『精錬の騎士』。素材採取で揉めてるクラン名が挙がれば否が応でも注意は向く。その身内こそがアキカゼ・ハヤテだと知ったとき、これは運命だと思った。
争うべくして争っていたのだと自分に言い聞かせる。
けれど結果は違う方向へと転がった。
件の父の好敵手が、とんでもない情報を放ってきたのだ。
それが大型レイドボスを撃退するイベントだった。
父はアキカゼ・ハヤテに協力しないと親子の縁を切るとまで行ってきた。
どうして?
何故なんだ?
なんでそこまで買いかぶる。
俺ではダメなのか?
俺ではまだ信頼に足りないのか?
この時金狼を襲った感情は社会に出た時以上の葛藤を募らせた。
今にして思えばそれすらも嫉妬で、どこかで内心敵わないと諦めていた。だが、それは今日をもって終わりにする。終わらせる。それくらいの覚悟で金狼はこの試練に参加していた。
金狼にとって会社とは守る物だった。しかし挑戦し続けるアキカゼ・ハヤテに父が惹かれたというのなら、自分もそれを倣おう。流石にリアルでそれをやってまずいことはわかっている。
だからこそゲーム内でそれを父に見せるのだ。
後追いは癪だが、現在クリア者が一人しかいない一の試練をクリアすることで思い知らせる。自分の息子は最高だと言い聞かせる。それだけだ。たったそれだけのことに今まで時間をかけてきた。
そんな過去を振り払い、金狼は一歩前に出る。
踏み締める雲。
向かって来る突風を紙一重で回避した。
姿勢はブレない。されど前方に掴める雲は存在せず、しかして退路はない。
後方で見守る師に恥じぬ姿を見せるとつい先ほど強がって見せたところだ。
「──シッ」
力点となる利き足に力を込め、爆発的な瞬発力を生み出す。
今金狼は風になっていた。しかしそれを抑え込もうとさらなる暴風が猛威を振るった。
最初あれだけあった勢いは殺され、スタート地点まで戻されてしまった。
「参ったな。体の軽さが裏目に出たか」
重力無視とは別の道にある『肉体空虚』は力を捨てて回避に特化した逃げのスキルである。
だが金狼はこれを空の上での戦いに用いてその派生形を伸ばしてようやくこの場所までやってきた。
「もうギブアップかの?」
「おおっと、まだこっちの手は出し尽くしてませんぜ? 勝手に終わらせないでください」
「そうじゃったか。ワシならばどう立ち向かうか考えていたら体が滾ってしまっての。早うせぬか、師匠思いのない弟子め」
「ハハッ、こればかりは譲れませんなぁ」
獰猛にはを剥き出しにし、笑う。
自分でもここまで物事に夢中になったことはあまりない。
ゲームの中もリアルと同じように結果だけがついてきた。
しかしどんな場所にも上には上がいる。
リアルの父親のように、ゲーム世界の爺さんの様に。
置いてかれない様に金狼は必死でもがき続ける。
(あともう少しで、掴める)
──ここだ!
突風が叩きつけられると同時に『肉体空虚』をオフにして、重力を得る。
重さが一瞬突風に逆らうようにして、中程まで抗うと、虎の子の『空歩』を足場にして第二歩を進める。
手を伸ばした先には雲があり、それが空を切る瞬間に『肉体空虚』を発動させた。そして雲の上に滑り込み、過呼吸気味にやり遂げた実感が去来する。
「ブハッ──ハッ、ハッ。やったぞ! やった!」
ようやく成し遂げた。そう思った矢先、新しいコースが金狼の目の前に現れる。今までのはほんの小手調べだったかのように、新しいコースは一切の予断も許さぬ突風が吹き荒れていた。竜巻が、金狼の前に立ち塞がったのだ。
(冗談だろう?)
それはまるで子供の中でトップを取って浮かれて、社会伸ばした出て父親の偉大さに気付かされた時のような、焦燥感を金狼に与えていた。
「やってやる。俺は親父の息子だから凄いんじゃない! 俺は俺だから凄いんだってことを見せつけてやる!」
咆哮を上げ、意地を通すと天に誓い身を投げるようにしてコースに潜り込む。迫ってくるのは風で作られた壁だ。
こんな物にやられてる程度じゃ親父に飽きられちまう。
「なら!」
霊装を解放し光の如き速度で駆け抜けるまでだ!
風の壁はやり過ごせたが、渦を巻く竜巻は光すら飲み込んで金狼の身体を真上へと打ち上げた。
「──まだ、まだぁ!」
ストックした霊装を全て失う覚悟で足を進める。
簡単にクリアできるだなんて微塵も思っちゃいない。
だからこその全力。
風が抜けるたびに毛皮が真後ろに持っていかれる。
「──っしゃオラァああ!」
いつになく必死な掛け声は天に届き、気づけば暴風は後ろに置いてきていた。だからこそ新しく出てきたコースの内容に金狼は訝しむ。
「これですらチュートリアルってか? おもしれぇ、やってやらぁあ!」
威勢良く跳び出し、竜巻にあっけなく弾かれてコースアウトした金狼がスタート地点まで戻ってきた時、そこには新しいクリア者の名前が書き記されていた。
[一の試練:クリア名簿]
アキカゼ・ハヤテ『桜町町内会AWO部』
師父『乱気流』
「クソッ、あのジジイ抜け駆けしやがった!」
敵は身内にいたかと苦虫を噛み潰し、金狼のあくなき挑戦が幕を開けた。
それから通うこと一週間。
ようやくそこに自分の名前とクランの名前が手に入り、金狼はご満悦になった。
これで自分は父親に認めてもらえるだろうと。
しかし、自分の見積もりの甘さを父と会って再認識するとは思いもしなかった。
「はぁ。金狼、あの人と張り合うと疲れるだけだからやめておいた方がいい」
開口一番憎まれ口で始まるあたり、父にとってもアキカゼ・ハヤテの存在は頭痛の種であるようだ。
「だが親父!」
「それでもどうしても勝ちたいと言うのなら、完膚なきまでに叩きのめしなさい。けどあの人はそれすらも余裕で超えていくから君はきっと僕と同じように頭を掻き毟るだろうね」
「親父も苦労してるんだな」
「そうなんだよ。母さんの手料理が唯一の癒しでね。そうそう、これが新作のダークマターだよ。お前も試練を突破したならわかると思うが、APを大量に消費するだろう? これはその消費を抑える物なんだ。持っておきなさい」
手渡された調理アイテムは本当に食べれるのか怪しい色合いをしていた。父親がここまで人にものを押し売りしてくるのも珍しい。一口食べたら意外と美味しく、食べる手が止められなくなるのが困り物。
だがそんな父がアキカゼ・ハヤテの話題を出すときはどこか楽しそうに話すのを俺は知っていた。
憎まれ口を叩きながらも、何処かで羨ましそうに話すのだ。
「……敵わないな。追いかける背中はまだ遠いか」
「何か言ったか?」
「いいや、お袋にも無理をするなと伝えておいてくれ。俺は試練を全制覇するまで合わせる顔がない」
「はいはい、期待せずに待ってるよ」
「おう、行ってくるぜ!」
「いってらっしゃい」
家ですれ違い生活をしていた当時、こんな風に声をかけてくれることさえ稀だった。家に帰ってこない母より、ちゃんと帰ってくる父に振り向いて欲しくて自分は頑張っていたのだと今にして思う金狼。
「さて、次の試練も頑張るか」
風の中に消えるようなか細さで、背中を丸める父を背後に金狼は新しい大地を歩き始めた。
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