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1章 お爺ちゃんとVR

027.お爺ちゃん、娘達を見送る

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「お爺ちゃーん!」

「おお、お帰りなさい美咲」

「ただいま!」


 一足先にゲーム世界から帰宅していた私は、茶の間でくつろいでいた。ホログラフ映像の番組を切り、ダッシュで駆けてきた孫へと向き直る。


「お爺ちゃん、ブログ見たよ! 凄かった」

「そうかそうか。だったらお爺ちゃんもがんばった甲斐があったなぁ」


 身振り手振りで感動を伝えてくる孫に相槌を打つ。
 なんというかいつにも増して元気だ。
 言動はふわふわとしすぎて何をどう感動しているのか一切伝わって来なかったが、彼女がこうして話しかけてくれるきっかけになったのなら私も書いてよかったと思う。
 なにぶん、自分でも結構わがままな行動をしていると自覚しているからね。
 

「美咲、そろそろお夕飯だから手洗いとうがいをしてらっしゃい」

「はーい」

「私も付き合おう」


 孫を連れて洗面所へ。
 この家のルールでは外から帰ってきたらうがいと手洗いは徹底する。
 如何にVRの世界であろうともだ。
 それにずっと動かずにああして眠った状態というのは体が凝り固まってしまうので軽いストレッチもしておくのを忘れない。
 孫と一緒にそれらを終わらせ、キッチンへと戻ると夕食の支度を終わらせた娘から声がかけられた。


「お父さん、今度はどこに行ってきたの?」

「そうだなぁ……」


 一瞬喉まで出かけた言葉を飲み込む。
 ここで話してしまってもいいが、今日の出来事のほとんどはブログに書いてしまった。ここでネタバラシしてしまうより、後でブログを見てもらったほうがいいかと考えた。

「いや、辞めておこう。さっきブログをアップしたからそっちをみてくれた方が早いだろう。だいたいそっちに書き込んでしまったからね。今言うと盛大なネタバレになってしまう」


「ケチィ、教えてくれてもいいじゃない」

「私は見てきたよ。相変わらずお爺ちゃんはお爺ちゃんだなーって」

「それじゃあ全然わからない~」


 ムキーと膨れる娘を中心に笑いが起こる。
 そこで時間になっても現れない人物に気づいた。


「そう言えば秋人君は?」

「少し遅れるから先に食べててって。さっきコールを貰ったの」

「急ぎの仕事かい?」

「そうらしいわ」


 なんともはや、よく働く人だ。そういえば彼は私の働きを参考にしていると言ったか? 何度振り返ってみても、私の生き方で参考にするところなんてあったかなと思い悩む。


「お母さん、今日のお夕飯は?」


 そんな悩みを和ますように空腹の孫は娘へと尋ねていた。
 キッチンに香る匂いは肉を香ばしく焼いた匂い。
 そこまでわかっていながらもあえて聞くのはそれを確認したいからだろうか? こういった何気ない日常のやりとりが行える関係性を家庭内で築けているのはひとえに秋人君の人徳だろうね。私であればこうはいかない。


「今日は美咲の好きなハンバーグよ~」

「わーい、ハンバーグだー」


 元気いっぱいに答え合わせをして、配膳に取り掛かる。
 ただ焼いただけでは芸がないと言わんばかりに少し手間をかけて煮込みハンバーグになっていた。デミグラスソースの香りがキッチンに漂い、空腹を誘う。
 皿に盛られたハンバーグを凝視する孫の瞳はいつも以上に輝いていた。大好物というだけはあるな。薄らよだれが溢れそうだ。


「少し作りすぎてしまって、お父さんの分もハンバーグにしちゃったけどいい?」

「あまり量は食べられないけど、ありがたく頂くよ」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」


 感謝するのはこちらの方だ。生活費も払わずに三食世話になっているのだから。その上でメニューにまでケチをつけていたらどれだけわがままなんだとなってしまう。

 食後。少し胃もたれをする胃を押さえながら、しばらく肉料理はいいかなと考える。よそってもらった手前、お残しをするのはあり得ないと少し無理をしすぎてしまったようだ。


「お爺ちゃん!」

「しっかり温まったかい?」

「バッチリ!」


 一番風呂を浴びてきた孫を膝の上に乗せて雑談に至る。
 明日も休みと言うことで、今日の進捗を伝えたくて仕方がないようだ。少し髪の渇きが甘いのも、それだけ急いでいた表れだろう。
 彼女の話は街の外から次の街に行くまでの間、ずっと続いた。
 肝心の場所は第二の町近辺だと言う。


「随分と遠いね。戦闘ができないお爺ちゃんでも大丈夫かな?」

「私とユーノが護衛するからバッチリ!」


 むふんと鼻息を鳴らし、なんとも心強い限りだ。
 しかしおんぶに抱っこというのも悪い。何かこちらでもしてやれればいいが……
 そう思いつつ、孫からの提案に乗っておく。あまり返事を待たせるわけにもいかないからね。大船に乗ったつもりで任せてみようか。
 きっと彼女も任せて欲しいのだろう。私も若い時、そう言う時期があったものだ。
 

「そうか、なら安心だな」

「任せて! ちょっとユーノと相談してくる! お爺ちゃんはここで待っててね」

「あまり向こうさんに迷惑をかけないようにね?」

「はーい」


 思い立ったら即行動。膝の上から自室に飛び込んでいく孫を見送り、少し手持ち無沙汰になる。さっきまでそこにいた孫の愛用していたシャンプーの匂いが微かに残る空間で、元気だなあと孫を思う。


「ごめんなさいねお父さん。あの子ったら思い立ったら一直線で」

「いや、いいよ。そういえば由香里も子供の時そういうところあったなと思い出した」

「えー、やめてよ私も覚えてないこと言うの」

「ふふ、冗談だよ。おっと、秋人君のお帰りだ」


 彼の部屋の扉が開くところが座っている場所から見えたのでそう伝えてやる。


「ただいま」

「おかえりなさいあなた」

「おかえり、秋人君」

「ただいま帰りましたお義父さん。お、今日はハンバーグか」

「煮込みなので余計な脂分はすっかり流れ落ちてるよ」

「それは助かります。最近脂っこいのが不得意でして」


 よれたワイシャツの首元を緩めながら秋人君は指定の位置に座ってそう語った。まだ若いだろうにと言いながらも、私のお腹に放り込まれたハンバーグも消化が一向にされていない。


「そういえばお義父さん、ブログアップされたそうですね」


 おや、耳が早い。しかしどこでそれを仕入れた?
 美咲が室内に入ってから彼は現れた。キッチンでの会話も聞こえていまい。


「そうらしいわね」

「由香里は何も聞いてないの?」

「お父さんたら見てからのお楽しみだー、の一点張りで」

「ああ、それはそうでしょうね。実にお見事でした。お、こいつはうまそうだ」


 配膳されたハンバーグを目にしながら意味深なことを述べる秋人君。
 もしかして彼が遅れてきたのは一度向こうにログインしてきたからだろうか?
 どうも仕事帰りにしては向こうの情報に精通しすぎている気がした。

 彼が食事を終えるまで待ち、好例のゲームの話題で盛り上がる。
 おおよそは私の体験談に始まり、それとイベントの準備や運営についてだ。
 
 どうもこのゲーム、話を聞いている限りでは運営が主催するイベントの類がないようだ。
 イベントそのものはいくつも点在しているが、プレイヤー参加型のイベントは個人で開催できるらしい。そう言う自由度の高さがこのゲームに人が居ついてる人気のところだそうだ。
 全員が全員、そう言うのが得意じゃないって人もいるが、そうやって知名度を上げて名前を売ってクランを大きくしていくのが主流だそうだ。

 そこでプレイヤーが発見したイベントをクランで取り扱って行うイベント企画もあるのだとか。今回秋人君のクラン『精錬の騎士』も私の起こしたイベントを取り立て、中堅クランから一歩前に出る行動に移しているらしい。
 
 特に防衛戦は人数確保が肝だ。如何に参加者を募るか、興味を引く報酬を用意するかが重要である。こういったプレゼンもクランリーダーの秋人君の仕事。私の発見した写真などから結構な情報を仕入れており、準備は整っているそうだ。
 あとはイベントの期間と参加者がどれだけ集まってくれるかでクランの今後が決まるといっていた。
 
 すごい熱意だ。私だったらゲームにここまで熱を入れられるだろうか? それも自分だけじゃなく、その他大勢を楽しませようと多種多様な仕掛けを考えている。私なら絶対に真似できないな。いまの時代を生きてる彼だからこその戦略だろう。いやはや、えらい人物に慕われてしまったな。今から墓穴を掘らないように気をつけなきゃいけないな。

 そんな風にクランの展望を聞かされ、苦笑いをする私を他所に秋人君が緊張した面持ちで由香里へと話題を振った。


「あ、そうそう由香里」

「なに?」

「どうも目標の卵形ユニットに動きがあったようだ」


 二人の間に緊張が走る。
 私も二人ほどではないが、冷ややかな汗が流れ落ちる気がした。
 たかがゲームと言えど、あんなにリアルな人々が住まう街。
 それに数日過ごした街だ。思い入れだってある。
 死んだ人間は元に戻らない仕様らしく、二人の表情には決意が滲んでいた。


「ごめんなさい、お父さん。これからログインしなくちゃいけなくなったわ」


 娘は主婦の仕事を切り上げ、チラリと美咲の部屋を眺めた。


「美咲の事は私に任せてそっちを頑張ってきなさい」

「ありがとうございますお義父さん」

「なに、こちらも発見者として責任を感じているからね。無理はしないように。責任者だからと言ってなんでもかんでも背負いすぎないようにね?」

「はい」

「ではこれからファストリア防衛隊として頑張ってきます」

「いってらっしゃい」


 私はゲーム世界に旅立つ二人を見送り、孫の部屋に説明しに向かった。
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